こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2016年08月01日

8次元の愛 344 〜3年後のスタート

3年前の今日、
世の中は私の表現では

『真本音の時代』

という新たな時代に
入りました。

それから3年。

大変でした。笑

それまでの「反応本音の時代」とは、
いろんな意味で
無理をし過ぎた時代
です。

人間の体に喩えれば、
常に無理に体を捻り続け、
体の骨組みも、内蔵の位置も
筋肉の働き方もすべてが
不自然になってしまう
苦痛の時代でした。

しかしその不自然さが
「自然である」と思い込まれて
いました。

その不自然な体を
まずは自然に戻さねばならない。

それがこの
3年間でした。

言ってみればこの3年は
マラソンのスタートをする前の
ストレッチをしている段階、
つまりは、
準備運動の段階でした。

不自然な体を
まっすぐに伸ばすわけですから、
それはもう
痛いのなんの。

みんなヒィヒィ
言っていました。

こんなことなら、
前と同じままでよかった。

そんな声も
たくさん聴かれましたし、
以前の自分達に戻ってしまおう、
とする人達も
随分いました。

そこに収拾をつけるのが
想像以上に大変でした。

でもなんとか、
・・・本当になんとか、
準備運動を終えることが
できました。

なんか、
準備運動で
全力を使い果たしてしまった感じ。笑

でも、準備運動を
しっかりしたからこそ、
本来のパワーが
湧き上がってきています。

やっとやっと
マラソンのスタートです。

この3年間は、
大きな意味では、
何も進んでいません。

同じ場所で
体をほぐしただけです。

病気の体を健康体に
戻しただけです。

これからやっと
スタートです。

ただ、残念ながら、
一気に全力疾走とは
いきません。

まだ病み上がりです。

徐々に歩き始め、
体を前に進ませることに
慣らしながら、
スピードを上げて行きましょう。

進む者と、
進まざる者。

これからは、
これまで以上に
その差が明確に現れるでしょう。

今、自分は
スタート地点に
立てているな。

そう実感できる人は
これまでの自分がどうであれ、
堂々と胸を張って
進みましょう。

つづく

2016年04月28日

8次元の愛 343 〜ここから始めよう

自分の中の
”祈り”
に気づけた人は
強いです。

人の心の中心には
魂があり、
魂の中心には
“祈り”があります。

その“祈り”は
言葉には
ならないものです。

無理に言葉に
しようとすると
違和感が出ます。

だから私達は
ただ
祈ればよいのです。

その”祈り”は
命の光です。

生命力の
源です。

ですから“祈り”に
気づいた人は
自分の中心から
止めどなく溢れるパワーを
実感するはずです。

あとはそのパワーに
自分の心身を
委ねるだけです。

以前、ある人から
「どうすれば、いつも
 ゆとりのある自分に
 なれますか?」
という問いを
いただきました。

その時に
自然に答えが
浮かんできました。

「自分の“祈り”に
 気づくことです」
と。

人は
“祈り”の結晶体
です。

ですから自分自身の
その本質に気づけば、
ありとあらゆるものに対する
自分の目線が
自然に変わるでしょう。

あぁなんだ、
それだけのことなんだ。

じゃあ、
一つ一つ
がんばろう。

ここから
始めよう。

にこやかに
そう思えるでしょう。

人のすべての
願いのもとは
“祈り”なのですから。

つづく

2016年04月15日

8次元の愛 342 〜辛くても楽しくても

生きることは
辛いですか?

それとも
楽しいですか?

その辛さは
本物ですか?

その楽しさは
本物ですか?

その辛さから
抜け出たいですか?

その楽しさの中に
ずっといたいですか?

その辛さの
発生源はどこですか?

その楽しさの
発生源はどこですか?

その辛さの先に
何がありますか?

その楽しさの先に
何がありますか?

その辛さは
必要なものですか?

その楽しさは
必要なものですか?

その辛さは
あなたですか?

その楽しさは
あなたですか?

辛さの先に
楽しさあり。

楽しさの先に
辛さあり。

そんな人生は
どうですか?

本当は
あなたは
何を望んで
いるのですか?

本当の
あなたは
何を望んで
いるのですか?

今のあなたの
魂は、
にこやかですか?

辛くても
楽しくても
にこやかでいますか?

もし
にこやかであるならば
辛くても
楽しくても
そのまま進めば
よいですよ。

つづく

2016年04月12日

8次元の愛 341 〜人生、遊びのごとし

自分自身が決めた
使命であるにも関わらず、
その使命が
自分を阻害してしまうことが
あります。

物事が上手く
進まなくなったり、
突然、電源が切れたように
パワーが出なくなったり、
えも言われぬ恐怖に
見舞われたり。

いろんな症状が
ありますが、
原因は一つです。

『使命に依存している』

のです。

それがどれだけ
本気の使命だったとしても、
それがどれだけ
純粋な使命だったとしても、
人は自分自身の
使命にまで
依存してしまう可能性が
あるのです。

その使命があるから
私はがんばれる。

その使命があるから
私は生きて行ける。

その使命があるから
私は私でいられる。

じゃあ、
その使命がなかったら?

使命が
わからなくなったら?

その時、自分はどうなる?

使命がなくなることの
恐怖を感じるのであれば、
それは
使命に依存している
証拠です。

人は、
使命なしでも
充分に
生きていけます。

どんな道だって
よいのです。

選択肢は
自分で定められるし、
どれを選ぶかも
自由です。

どの道でも
行ける自分。

それが最も
自然です。

でもその前提の上で
「私は私の使命に生きよう」
とすれば、
それはとても
心の満ちた人生と
なるでしょう。

使命に
生きなきゃ
意味がない。

使命に
向かわなきゃ
価値がない。

そのように
人生を深刻に
捉えるのではなく、
もっと自由に
もっと軽やかに
捉えてみませんか?

それができる人こそが
本気で使命に向かう
ことができるのです。

使命に依存することなく
使命の道を
ひた走る。

そういった人の
心と魂は
軽やかです。

『人生、
 遊びのごとし。』

あなたに
贈ります。

つづく

2016年04月08日

8次元の愛 340 〜心を込めて伝えたい

変わろうとする人。

変わろうとしない人。

どちらも自分の選択です。

しかしその後の「道」には
あまりにも顕著に
結果が現れます。

変わろうとする人には
道は予想もしないところから
開かれます。

変わろうとしない人には
道は予想もしない原因によって
閉ざされます。

変わるには
勇気が必要です。

しかしその勇気とは
『たったの一歩』
なのです。

一歩を踏み出せば、
次の瞬間には
「こんなことなら
 もっと早くから
 進めばよかった」
と、思うでしょう。

「こんなにスムーズに
 進んでもいいの?」
とびっくりするでしょう。

一方で
道が開かない人は、
変わろうとしていない、
ただそれだけのことです。

これまでの自分に
しがみついています。

自らしがみつきながら
「自分を変えるのは
 難しいのだ」
と自分に言い聞かせています。

そうこうしているうちに、
本当に変わるチャンスは
失われ、
後で最大の後悔が
きます。

とても残念なことですが、
あと一歩で
変わろうとしない人を
他者が変えることは
できません。

私もこれまで
自ら道を閉ざしていく人を
ただ傍から
見守るしかない
ということが
何度もありました。

それは何度体験しても
悲しい光景でした。

それは
自ら決めれば
すぐにその瞬間に
踏み出せる一歩なのに。

なのに、
踏み出さない。

そして
心がどこまでも
堕ちてゆく。

もう
泣くしかありません。

できればもうこれからは
そういった悲しい体験は
一度たりとも
したくありません。

変わる変わらないは
その人の自由です。

でも、
変わらない人は
10人中10人、
後悔をします。

だから私はやはり
心を込めて
お伝えします。

変わってください。

今が、
変わる大チャンスです。

このチャンスを
もう逃さないでください。

つづく

2016年04月05日

8次元の愛 339 〜人生は山道だけど

笑顔にも
自然な笑顔と不自然な笑顔が
あるように、
人生にも
自然な人生と不自然な人生が
あります。

ただ、
その選択は
自由です。

自由ですが、
不自然な人生という
選択肢しかない中で
生きている人が多いのが
現状です。

自分の不自然さを
自分で認識することが
自然な人生への
第一歩ですし、
それができた時点でもう
自然な人生は
確実に始まっています。

不自然な人生とは
疲れる人生です。

人生は疲れるのが当たり前
と、思い込んでいる人が
どれだけ多いことか。

こういう世の中だから
しょうがない、と
あきらめている人が
どれだけ多いことか。

疲れるか疲れないか?は
本当は
環境によるものでは
ありません。

そのほとんどは
外的な要因では
ありません。

その事実を
受け止められれば
本当に楽になります。

「疲れ」の99%は
心の疲れです。

心の疲れとは、
辛い現実があるために
発生するのでは
ありません。

その現実に対して
自分が本心から望む
向き合い方を
避けていることから
発生します。

望む生き方と
違う生き方。

その蓄積が
心の疲れとなります。

心の疲れは
ある一定以上溜まると
実体化します。

それを
「エンティティ」
と言いますが、
重いエンティティを
みんな背負いながら
生きています。

喩えて言えば、
50kgくらいの思い荷物を背負い
山道を歩いているようなもの。

荷物を降ろせば、
もっと楽に楽しく進めるのに、
自らそれを
放棄しているのです。

もちろん山道には
危険もあり、
アップダウンもありますから、
体力的に疲れるものですが、
それでも
今の多くの人達の疲れの
根本原因は
50kgの荷物を背負っている
ことにあります。

荷物、
降ろしませんか?

本気になって
荷物降ろしませんか?

そして、
身軽な状態で
周りの景色を楽しみながら、
人生という山道を
歩いてみませんか?

つづく

2016年03月28日

8次元の愛 338 〜人はシンプル

私達は
先のことを予測します。

上手くいくか
いかないか?

予測のもとで
今の行動を
決めようとします。

その習慣を
思いきって
手放してみませんか。

予測するのではなく、
『今』
に集中する。

『今』
自分は何をしたいか?
に集中する。

『今』
の自分に素直に
従う。

それのみに
生きてみませんか。

その途端に
私達は
自由になります。

すべてから
解放・開放
されます。

本当の自分が
顔を覗かせます。

すべての
真実は
今にあり。

すべての
答えは
今にあり。

すべての
道は
今にあり。

過去も
未来も
今にあり。

それが
自然の摂理です。

私達人間は
自然の摂理を
忘れたところで
生きている度合いが
高まり過ぎでは
ないでしょうか。

普通に
淡々と
進めばよいのに、
自ら複雑に
不必要なことをし過ぎて
わけがわからなく
なっている。

それが
今の私達では
ありませんか?

もっと
シンプルに。

本質はすべて
シンプルです。

もっと
素直に。

真理はすべて
素直なところにこそ
存在します。

人は人。

人はシンプル。

人は真理。

もっと
楽に生きませんか?

つづく

2016年03月24日

8次元の愛 337 〜堂々と混乱

混乱した現実の中に
いる人が
増えています。

多くの人が
混乱から逃れようと
もがいています。

でも安心してください。

その混乱は
必要なものです。

逃げる必要は
ありません。

むしろ、
我を失うくらいに
徹底的に
混乱した方がよいです。

混乱とは、
再構築の前提です。

混乱がなければ
再構築はありません。

再構築とは
新たな自分の
・立ち位置
・基点
・起点
を決めることです。

それを決めたら、
新たなスタートを
切ります。

これまでの人生とは
根本的に異なる
これまでの次元とは
根本的に異なる
日々が始まるのです。

ですから
とても幸せなことです。

その幸せを
手に入れるために
必須なこと。

それが
今の混乱です。

どうか、
堂々と混乱を
受け入れてください。

堂々と
我を失ってください。

そうできればできるほど、
その混乱は
短期間で完了します。

混乱が終われば、
すべてが
違って観えるでしょう。

同じ環境、
同じ景色なのに、
すべてがまるで
初めてのように
新鮮に感じるでしょう。

それこそが
新たなスタートの合図です。

早くその
スタート地点に
立ってください。

勇気をもって
その混乱に
埋没しましょう。

つづく

2016年03月14日

8次元の愛 336 〜やさしさと厳しさ

「厳しさ」の本質は
「やさしさ」です。

「やさしさ」の本質は
「厳しさ」です。

やさしさのない厳しさ、
そして
厳しさのないやさしさ、
それらはすべて
自己満足です。

本当の意味で
人を叱るとき、
心の根底には
笑顔があります。

そして本当の意味で、
人にやさしくするとき、
心の根底には
厳しい眼差しが
あります。

二つは
相反するものではなく
同じものです。

つまりは
一つ、です。

人生が思うように
進まないとき、
私達はついつい
周りの人達に
やさしさのない厳しさ
で接してしまいます。

その根本原因の一つは
自分自身に対して
やさしさのない厳しさを
向けているのです。

なぜそうしてしまうか?

自分に
本当の意味で
やさしくないからです。

多くの人達は
自分で自分を
責め過ぎです。

もちろんそれは
無意識に
行なわれています。

やさしさのない厳しさを
自分に向け続ければ、
心は大きく
傷つきます。

その傷の痛みに
耐えられず、
今度は人を傷つけるように
なります。

人から傷つけられる
その痛み。

自分を傷つける
その痛み。

その両方が
常に襲いかかって
きます。

それが現代社会の
典型的な姿の
一つです。

ここを私達は
打破していかなくては
なりません。

最近の私はよく
断言します。

自分で自分を責めるのは
自己満足であると。

それくらい断言しなければ、
皆、止めようとしないのです。

それくらいに
自分で自分を責めることに
慣れてしまいました。

そのクセを
いかに取り払うか?

これが、
9割以上の人達の
共通テーマです。

今のこの世の中は
自分を責め続ける世の中
と言っても
言い過ぎではありません。

人は変わります。

人は変われます。

そのための
第一歩は、
自分自身に
本当のやさしさを
向けることです。

厳しい眼差しが
あるからこその
やさしさ。

それを常に
自分に向け続ける人は、
周りの大切な人達にも
同じやさしさを
向けることができます。

そうやって
一つずつ、
この世の中に
真のやさしさと
真の厳しさを
植えつけて
いきましょう。

つづく

2016年03月12日

8次元の愛 335 〜顔を上げよう

後悔のない人生を
誰もが望んでいます。

しかし、
人生とは後悔の連続
かも知れません。

私はいつも
思います。

後悔すべきところで
しっかりと後悔することは
とても尊いことだと。

後悔するからこそ
「次」
のステージに
進めるからです。

ところが・・・。

後悔する必要の
ないところで
後悔し続け、
歩みを止めてしまう人が
増えています。

今は加速を
しなければならないのに、
後悔を理由に
歩みを止めるのです。

残念ながらそれは
ただの怠慢です。

怠慢と
本当の後悔の
区別がつくとよいですね。

人は
本当の後悔と
向かい合っているとき、
膝はガックリと落ち、
涙も流れますが、
顔だけは
最後まで毅然と
前を向いています。

後悔のふりをして
怠慢に入っている人は
顔を下げ、
周りのすべてを
シャットダウンし、
見ないようにします。

それを現実逃避と
言いますが、
現実逃避からは
何も生まれません。

そして
現実逃避をすることで、
私達の心の根底の
ストレスは
二次曲線的に
増加します。

そのうちに、
あまりのストレスのために
本当に前を向けなく
なってしまいます。

昨日、ある企業での
チームコーチングにおいて、
とても深い悲しみに
落ちている人がいました。

これだけの悲しみの中で
立ち上がることは
無理だろう、と
私は思いました。

ですから、
今は何もしなくてよいですよ、
とアドバイスしました。

しかし私は
はっきり感じました。

その人は
決して顔を
下げようとしていない。

到底、立ち上がることなど
無理である状態でも、
顔だけは
決して下げようとしない。

未来に
向かおうとする。

その姿に、
私は
人の尊厳を
みました。

顔さえ下げなければ、
必ず何かは
目に映ります。

それが、
次の一歩を
いつか必ず
示してくれます。

人には
できないことがあります。

でも人には
どんなときも
できることがあります。

それが、
顔を上げること
であると
私は思います。

つづく