こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2009年07月31日

トップではないからこそ

社長など、経営のトップはもちろん会社のことを大切にしています。
ですが、ちょっと目を転じると、No.2以下の幹部社員さん達の中にも、本当に人生を懸けて会社を大切にしようと思われている方達がたくさんいます。
そういう方々の頑張りを、これまで私はずいぶん拝見してきました。
トップではないからこそ、ある意味冷静に物事の判断のつくこの方達が、ここぞというところで踏ん張りを効かすことで、その会社は道を切り開きます。

「この厳しい状況だからこそ、これだけは絶対に大切にせねばならない」

・・・それこそが、その組織の真本音です。
幹部社員さん達の想いが組織に真本音を創り、それが会社を救うことも、たくさんあるのです。
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2009年07月30日

我意を超える

コーチングでも、クライアント企業様との打合せでも、最近は「お手上げ状態」になることがとても多くなってきました。
どうにも問題の打開の方策が見つからない、という状態です。
今日もそういうことがありました。
「さすがに、これはもうダメかもしれない。」
思わず心の中で、そう呟いてしまいました。

すると私は、心の中で白旗を揚げます。
そしてお手上げポーズを取ります。心の中で。
本当に考えた末に、それでも答えが見つからない場合は、そうします。
そうしながらも、でも、決して諦めません。
心の中でお手上げポーズを取りながらも、クライアントさんに向き合い続けます。

この場合のお手上げとは、思考モードレベルでのお手上げであり、諦めです。
そして、竹内直人という人間の能力と経験では何ともならない、というお手上げであり、諦めです。
そこを諦め切ることにより、初めて本当の「共に向き合い、共に創る」という状態が起きやすくなります。
つまりは、直観モード(共創モード)の発動です。
すると、「決して道はないだろう」と思っていたところに、ほんのわずかな隙間を見つけられることがあります。
そこに、小さな小さな一歩を踏み込むことが、結果として大きな道を創ることにもつながります。

つまりは、我意を超える。
そこに本当の道が存在することが多いのです。
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2009年07月29日

私の役割

今日は、研修の打合せや営業活動で一日が終わりました。
すでに私共の研修の開催が決まっている企業様での打合せも、これから私共の研修を取り入れていただくための営業の場でも、私のすることは同じです。
つまり、先方の方々が本当に望んでいるものをコーチングしながら見つけ、そして最もツボをついたご提案をすることです。
その際、売る側・買う側という立場や、発注側・受注側という立場は完全に超えねばなりません。
そして「共に向き合い、共に最善の答えを見つける」のです。
ですから、こういった場では私は研修の時と全く同じ精神状態を創り、臨みます。
そして、直観モード(共創モード)ですべての判断と行動を決めます。
それが私の役割です。

リスペクトという最高のプロデューサーがいるからこそ、できることです。
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2009年07月27日

刃(やいば)

人に対する苛立ちの気持ちが止まらないとき、
私達の心の奥では、自分自身に対して苛立ちを感じ続けているのです。

人に対する罵り(ののしり)の気持ちが止まらないとき、
私達の心の奥では、自分自身を罵り続けているのです。

自分が自分に向けた、その刃(やいば)を認識し、
「もう、いいじゃないか」と許すことができたとき、
私達の心は一気に調和され、
私達は、初めて本当に人を許すことができるのです。
posted by はーん at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月26日

毅然4

今日、私は名古屋でお仕事でした。
今日の名古屋はとても不安定な天気で、ちょうど私が外にいる時に、突然もの凄い雨が降って来ました。
その中をズブ濡れになりながら歩いたのですが、歩いているうちに、妙に気分が楽しくなり、そして心がしだいに静謐になっていくのがわかりました。
なんだろう、これは?
この気分、どこかで味わったことがあるぞ?
と思っていたら、思い出しました。
昔の登山でした。

20代の中盤くらいまで、私は登山に明け暮れていました。
特に学生の頃は、岩登りとかはしないのですが、かなり激しい縦走登山をしていました。
山の中に2週間も3週間も入るのですが、そんな時には必ず一度は、今日のような激しい雨に見舞われました。
雨だけならまだよいのですが、雷雨になったり、台風が来たりすると、それこそ生死に関わる状態になります。
一応カッパを着るのですが、そんなものは何の役にも立ちません。
全身、川の中に放り込まれたようになります。
しかも、ザック重量は50kgほどもありましたので、それが雨を吸い込んで、いったい何kgになっているのか考えたくもないくらいの重さになっていました。

でも実は、そういう激しい状況の中で一歩一歩歩いていると、不思議なことに心がどんどん静まっていくのです。
そして一歩を踏み出すその瞬間瞬間に妙な幸せを感じるのです。
それは何なのでしょうか。
一歩を踏み出すことのみに集中しているからでしょうか。生きている実感のようなものを感じるのですね、きっと。
で、ずっとこの状況が続けばいいのに、とさえ思います。
これって、マゾ?
そしてそういう中でこそ、通常では考えられない気づきとか、発想が生まれたりします。

今日は、そんなに長い時間ではなかったのですが、ズブ濡れになりながら歩いていますと、やはり通常では生まれない発想が生まれました。
そして、心がとても元気になりました。

昨日のブログでも書きましたが、今の景気低迷の中で、だんだんと復活の狼煙を上げ始めている企業も出てきてはいますが、私の実感としては、まだまだ多くの企業が苦しんでいます。
これから本格的な苦しさに突入しそうな企業もあります。
今日のような豪雨の中を歩いて経営をしているようなものです。
それはそれは大変な現実ですが、でもだからこそ、今の一歩に集中することができるのかもしれません。

今この瞬間の最善の一歩を。
今この瞬間の最善の一歩を。
人としてできる最善の一歩を。
必死に必死に踏み出し続けることができるのかもしれません。

豪雨の中でこそ毅然と一歩を踏み出す。
そのサポートが、私の使命でもありますね。
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現実を開く

いやぁ、苦しいですね。現実は。
今の経済状況の中で、とても苦しんでいる企業様が多いです。
その中でも、私共の研修を取り入れてくださるのですから、ありがたいことです。
いや、それどころか、「こんな時期だからこそ、この研修を続けねば」という覚悟を持っていただいている企業様もあります。
そうなると、これは大袈裟ではなく、命のやりとりのような研修となります。
そのお覚悟にお応えする場を創るのが、私共の使命です。

人生は、八方塞がりになるときがあります。
もう、どこに向かっても、どうしようもない状態。
諦めるしかない状態。
自分の無力さを痛感する状態。

でも、そんなときこそ、私達にできることを思い出しましょう。
私達には、私達にできることしかできないのですから。
できる最大のことをするしかないのですから。
最善を尽くすしかないのですから。

では、何が最善なのでしょうか?
それは、私達の真本音の示す一歩が最善なのです。
その答えは、私達自身が一番よくわかっているのです。
どのような結果になろうとも、今の最善の一歩だけは、私達の真本音が知っています。
それを見つけ、今、ここで、その一歩を踏み出すしかないのです。
今、ここで、その一歩を踏み出しましょう。

同じ倒れるなら、そうしましょう。

それはとても心細い一歩かもしれません。
でもそんな一歩一歩を踏み出し続けることにより、全く見えていなかった道が見つかるかもしれません。
いや、これまでは、真本音で一歩を踏み出す人のほとんどには、そういった道が「引き寄せられてきました」。

最後は、自分自身の真本音を信じましょう。

posted by はーん at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

心のホームドクター

今日、半年以上ぶりにお会いするクライアントのAさんのコーチングがありました。
Aさんのコーチングは、すでにその半年前に終了していたのですが、
「久しぶりに一度だけ、コーチングしていただけないでしょうか?」
というご連絡が入り、今日お会いしたわけです。

実は、こういうパターンは結構多いのです。
なんて言えばよいのでしょうか。
「心のホームドクター」みたいなものです。
必要に応じて、ちょっと呼んでいただき、ちょっと診察して元気を取り戻す、みたいな。
もちろん私が行なうのは診察ではありませんが、心を「本来の場所にもどす」お手伝いはできます。
SCC流に言えば、「真本音にもどる」と言ったところです。

半年ぶりにお会いして、一見してAさんの雰囲気が以前よりもさらにすばらしいものになっているのがわかりました。
Aさんはまだお若く、ある組織のリーダー的立場の方なのですが、人間的大きさが前以上にこちらに伝わってきます。
「どうされたのですか?」
「いや、どうもしていません。」
「へっ・・・?」
というところから、コーチングは始まりました。

面白いコーチングでした。
Aさん、元気にお帰りになりましたが、次はいつお会いできるのでしょうか。
posted by はーん at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すべての始まりは

自分の心と向き合えば向き合うほど、私達は自分自身に興味を覚えます。
自分の心と向き合えば向き合うほど、私達は人間に興味を覚えます。
そして人を理解し始めます。
そしてさらに、人生への探究心が高まります。
それは即ち、主体的に人生を生きる、ということです。
人生のハンドルを自分で握る、ということです。

つまり、自分自身とありのままに向き合うところから、すべては始まるのです。
posted by はーん at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月22日

真本音の伝播

真本音というのは、伝播します。
つまり、真本音で生きる人(Aさん)がいるとして、その人が別の人(Bさん)と向き合うと、Bさんの真本音が刺激されて、活性化するのです。
そして結果として、Bさんも真本音で生きることにつながります。
それが、真本音の力の一つです。

ですから、組織の中の一部でもよいのです。
真本音で生きる人が存在する組織は、真本音組織となりやすいのです。
そしてもし、真本音で生きる人が、真本音が伝播しやすい「向き合い方」を知ることができれば、真本音の伝播スピードは各段にアップするのです。

私共が、真本音を見つける研修と、向き合い方を学ぶ研修を併用するのは、そこに意図があるのです。

posted by はーん at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

「ありがとう」

先日、ある方からこんなお話を聴きました。

「ありがとう」という言葉を、自分の年齢×400回 唱えると、
自分の頭だけでなく、心も体もすべてが「ありがとう」そのものになるそうだ。

以前もこれに似たお話を聞いた気がします。
これ、あながち根拠のないことだとは思いません。
例えば、私の知り合いの経営者Aさんは、毎朝一番にAさんの会社の理念やミッションを唱え続けているそうです。
すると、Aさんの思考や行動のすべてに、理念・ミッションにつながる一貫性が取れて来ます。
言霊(ことだま)という言葉がありますが、言葉の持つ力というは凄いものがあります。

そう言えば、SCCが推奨していますセルフコーチングの手法の中にも「ねがいのもと、そのものとなる」やり方があります。
これは、言葉を投げかけて行なう方法とは根本的に異なるものですが、自分の頭だけでなく、心も体もすべて「ねがいのもと」そのものになるということでは、「ありがとう」そのものになるのと、状態としては似ているかもしれません。

ところで、最近私は、リスペクト主催セミナーで「ありがとう」をテーマにした講演をさせていただいています。
「ありがとう」が循環する職場を創るにはどうすればよいか、というテーマです。
このテーマで行こう、と提案してくれたのは、リスペクトのスタッフです。
それどころか、「今後の竹内さんは、“ありがとう”をキーワードに発信し続けるとよいですよ」とまで言ってくれます。
が、実は当初私はこの「ありがとう」という言葉が子っ恥ずかしかったのです。
だって、私は「ありがとう」や「感謝」をテーマにできるほど、人間ができているとは思っていなかったからです。

ところが、昨晩、あることに気づきました。
そう言えば、私は毎朝毎晩、「ありがとう」を唱えてるじゃないか、という事実にです。
わたくし、いつも朝起きた後と、夜寝る前(お風呂に入っているときなど)、必ず、私といつも関わっている人達や、その日にお会いした方々のお顔を思い浮かべます。
改めて数えてみたら、いつも35名〜40名くらいの方々のお顔を、一人一人思い浮かべています。
そして、思い浮かべた皆さんに向かって「ありがとうございます」って呟いているのです。合掌しながら。
私は何か特定の宗教をしているわけではないのですが、これを私は小学生の頃からずっと毎日欠かさずに続けているのです。
ここ数年は、最後に私自身の真本音と反応本音に対しても「ありがとう」を伝えるようになりました。
これらは恐らく、私の両親の影響だと思います。
私の両親は小さな会社の経営を行なっており、昔から寝る間を惜しまずに仕事をしまくっています。今も現役で。
で、いつもいつも神棚に向かって、感謝の念を唱えています。
その姿を幼い頃から見ていたので、自然に私もそれに近いことをするようになったのでしょう。
この行為、私にとっては、あまりにも日常の当たり前の行為となっていましたので、毎日「ありがとう」と唱えているのにもかかわらず、そう唱えている自分を認識していない、という状態になっていました。

で、本当に昨晩になって初めて気づいたのです。
なんだ、私も「ありがとう」を大切にしているじゃないか、と。
35〜40名くらいの人達のお顔を思い浮かべながら、だいたい平均17回の「ありがとう」を唱えます。(改めて数えてみたんです。笑)
それを一年365日行なっていますから、 17回×365日=6205回 の「ありがとう」を、少なくとも私は一年間で唱えている計算になります。
そこでさっきの話ですが、年齢×400回唱えるとよい、とのことでしたね。
私は今、41歳ですので、 41歳×400回=16400回 です。
で、さっきの6205回でそれを割ると、2.643。
つまり、2年半ちょっとくらい続ければ、「ありがとう」そのものになれるということです。
でもこれを私は小学生時代からずっと続けていますので、2年半どころの騒ぎではありません。
ということは、私はもう、「ありがとう」そのもの?
う〜っむ。・・・
とてもそうは思えませんが、でも、それだけ「ありがとう」を大事に人生を生きて来たわけですから、「ありがとう」をテーマに講演をするのもよいのではないか、と思えるようになりました。

そうか。
「ありがとう」とは、ずっと私の傍らに在り続けた言葉だったのですね。
これからも、大事にし続けましょう。

ということで、これから不定期に「ありがとう」をテーマにしたブログを書いてみようかな、とも思っています。
posted by はーん at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月20日

スタバで

毎年、夏場は研修が少し落ち着くのですが、では仕事が落ち着くかと言いますと、なかなかそうもいかず、秋以降の準備に向けて、様々な書類の作成やノウハウ・テキストの整備などであっという間に時間が過ぎて行きます。
その分、パソコンとにらめっこする時間が伸びるのですが、今日は久しぶりに気分を変えて、スタバで仕事をしました。
明るい窓のそばで外の風景を見ながら仕事をするのもオツなものです。

私の仕事は考えることが多いですので、頭が異常なくらいに疲れます。
いや、正確に言いますと、直観モードを喚起するために思考モードを使いますので、自分の意識のコントロールに敏感です。
そういう時にいつも役に立つのが音楽です。
ジャズです。
もっと特定すると、マイルスです。
前にもブログに書きましたが、彼のトランペットの音色は、私の真本音を直撃します。
それにより、真本音がとても活性化するのです。
気分転換にもなりますしね。

マイルスの音楽は50年代も60年代も70年代もすべて大好きなのですが、特に凄いなぁ、と感嘆することが多いのは、彼の晩年の音色です。
88年、89年くらいの彼のトランペットの音は、もう、トランペットの音ではないですね。
魂の響きそのものです。

スタバでそれを聴いていると、ついつい時間の経つのを忘れてしまいます。
い、いかん。
休憩時間のつもりが・・・。
そんなことをやりながら、コツコツと一人で時間を過ごしている今日でした。
posted by はーん at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

毅然3

今、心の中心に「信」があるのか「不信」があるのか?
それにより、物事の進み方は全く変化します。

周りに対する「不信」の根本原因は、自分自身に対する「不信」です。
「不信」である自分が選択し、創り上げている「現実」(=周り)ですから、
それは信じられるはずがありません。
そして、周りを信じられないことにより、そう言った現実を創っている自分自身に対して
さらに「不信」の念を抱きます。
それが悪循環になります。

誰もが、「信」と「不信」を両方持っています。
そして誰もが、中心に「不信」を置いているとき、その人から「毅然」は消え去ります。

「信」とは、ある特定のものを信じている状態ではなく、
「すべてを信じている」状態です。
えっ? なに? そんな心の状態が現実に起こり得るの? と言われそうですが、
誰もが、そう言った状態を知らず知らず創り出しながら生きています。
それは特別なことではありません。
そして「すべてを信じる」ことができるとき、私達は誰もが「毅然」としています。
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2009年07月18日

リスペクトのコラム

よくこのブログでも出てくる潟潟Xペクトは、SCCのパートナー企業です。
パートナー企業と言うとちょっと堅いですが、ほとんど一心同体関係です。
いつも企業サポートにおける私のプロデュースをしていただいています。

リスペクトの社長の岡田さんとは、もう10年以上のお付き合いです。
SCCを立ち上げる前は、同じ会社を一緒にやっていた時期もありました。
SCCで言うところの「ねがいのもと」に基づいた活動を、ビジネス社会で実践し続けているのが岡田さんです。
今日は、そんな岡田さんのコラムをご紹介します。
リスペクトのホームページの中にある1ページです。
もしよかったら、他のページも覗いてみてくださいね。
SCCのビジネスバージョンと言ってもよいような文章がたくさん載っていますので。
そして私がいつもどんな研修をさせていただいているのかも、ちょっとはわかるかな。

では、こちらからどうぞ。
→ 岡田さんコラム
posted by はーん at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

今日も講演でした

今日は、リスペクト主催のセミナーで講演を行ないました。
2時間の講演です。
昨日のブログにも書きましたが、慣れないパターンですので、いつも以上に緊張しました。
でも、短いからこその楽しみ方もだんだんとわかってきました。
受講される方々とのキャッチボールは非常に少なくなってしまうのですが、
会話のないキャッチボールは、いつもの研修と同じようにできますので、そこに集中したやりとりが楽しかったです。
それに初めてお会いする企業様ばかりですので、新たな出会いということでも、とても楽しいですね。

この手のセミナーはこれからもどんどん回数を増やすつもりです。
世の中への発信の重要な一環として、継続していきたいですね。
posted by はーん at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

講演でした

今日は、ある経営者団体で講演をさせていただきました。
「チーム・モチベーション」をテーマに90分の講演です。
わたくし、実は講演というものをほとんど数えるくらいしか、やったことはありません。
いつもは企業様でドップリと浸かった(なんちゅー表現だ)研修ばかりですので。
だから、とっても緊張しましたし、難しかったですね。
でも、ご参加の皆様はとても熱心な方々ばかりで、講演後はたくさん喜びのお声をいただきました。
アンケートにも丁寧にご記入いただきましたので、皆様がどんなところでどのようにお感じになったのか、とても参考になりました。
そしてまた、楽しい方々ばかりでしたので、懇親会も盛り上がりました。

で、実は明日も講演です。
このパターンが増えてきましたね。
posted by はーん at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

パラダイムシフト

昨日ブログで書いた気づきですが、これ結構大きいです。
時間が経つほどに、それがわかってきました。
ひょっとしてこれ、私にとって人生を変えてしまうほどの気づきかもしれません。

反応本音というのは、正負に関わらず、すべてエネルギーだということ。
こんな単純なこと。
よ〜くわかっていたはずなのに、わかっていなかったこと。
私に一つのパラダイムシフトが起こりました。

ご安心いただきたいのは、このパラダイムシフトが起きたからと言って、これまでお伝え続けてきたセルフコーチング法が変わってしまう、ということは一切ありません。
それどころか、これまで構築してきたことが、いかに自然の理にかなっていたか、ということがより一層明確になりました。
と同時に、「ねがいのもとコーチング」や「ねがいのもとグループコーチング」の意味と意義がより深まりました。
これはやっぱり、もっともっと世の中に広めねばなりません。

そして今日さらに、次の命題が浮かびました。
反応本音とはどこから来るのだろうか?
なぜ、人間の心の中から、絶えることなく途切れることなく反応本音は湧き続けるのだろうか?

これもずっと探究し続けるテーマです。
posted by はーん at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

反応本音の力

次のうち、どちらがエネルギーの高い人だと思います?

@真本音のみで生きている人
A真本音と反応本音、両方で生きている人

答えは・・・
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posted by はーん at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

SCC創設当時の文章1

昨日のブログで、「初心にもどって」という言葉を書いたのですが、何かの縁なのでしょうか、今日たまたま書類の整理をしていたら、私の昔の文章が出て来ました。
SCCを立ち上げる少し前に、私は一人で有限会社を立ち上げました。
その当時の私の文章です。
約7年前の文章です。

当時は私は四字熟語を自分で創るのを好んでいまして、その四字熟語を表題にして文章が書かれています。
それ読むと、結構いいんですよ。笑
文章が上手いとか下手とか言うことではなく、とても想いが込められています。
少し長いのですが、ここに載せますので、時間のある方は読んでみてください。
文章は二つ。
そのうちの一つを今日は載せます。
そして明日以降に、もう一つを載せますね。

まぁそれにしても、当時の私の想いは、今も脈々と続いていまして、それが素直に嬉しいなと思いましたね。
では、どうぞ。・・・
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2009年07月12日

デビュー戦

7月11日って、確か私が初めて研修講師をさせていただいた日だったと思います。
初めて研修そのものを任されたのは2月7日ですが、7月11日は、ある研修の一部分の講義をさせていただいたのです。
つまり、本当の意味でのデビュー戦。
で、結果はボロボロ。
当時の師匠が怒って帰ってしまうほど、自己満足の講義を行なってしまいました。
遠い遠い昔の話です。

それから10数年経った今、今日もSCCコーチング講座をさせていただきました。
受講生さん達とキャッチボールをさせていただきながら共に場を創っていますと、改めて「この仕事をやってて良かったなぁ」としみじみ・・・。

7月って、始まりの月、というイメージが私の中では強いです。
今日をまた一つ始まりとして、初心にもどって明日からもがんばりましょう。
posted by はーん at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

ポンっと

若手の管理職Aさん。
ある一つのプロジェクトについて、全く発想が浮かばない状態になってしまい、それを今日のコーチングのテーマとしました。
深刻そうなお顔。
でも、とても真剣です。

コーチングでは、「答えはその人の中にある」ということを基本的に大切にしています。
こういう時こそ、それが活かされます。
つまり、その人が真剣であればあるほど、悩みが深ければ深いほど、すでに答えはそこにある可能性が高いのです。
あとはそれを見つけるだけ。

そのために私の場合は、心の状態を良くするサポートをします。
つまりは、真本音の場所にもどるお手伝いをします。
するととたんに直観モードが働くようになります。
直観モードが働けば、そこにある答えが、ポンっと出て来ます。

今日も、ポンっと出て来ました。
そのとたんに、Aさんスッキリ。
とても晴れやかなお顔となりました。

「なんだかワクワクしてきました。」
その一言を残して、軽やか足取りでお帰りになりました。

そして、残った私の心にも、ワクワクが息づくのです。
posted by はーん at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする