こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年11月25日

私の使命について18 〜900の境界

反応本音とは、もともとは真本音から生まれたものです。
真本音が現実世界に向かうために生み出したのが反応本音です。
真本音が反応本音を活用しながら、私達は現実世界に矢印を出して行く。
それが、私達人間の本来の姿であり、最も自然な状態です。
つまりは、真本音に基づいて行動するのが、人間のもともとの姿です。

ところが反応本音のいくつかは、ある時から真本音との結びつきを忘れてしまいます。
結びつきを忘れてしまった反応本音が、さらに次の反応本音を生み出し、そしてその反応本音も、さらに次の反応本音を生み出し、・・・
それらを繰り返すうちに、私達は、私達自身の原点でもある自身の真本音そのものを忘れてしまいます。
それが真本音発揮レベル(=パワーレベル)を下げる原因です。

パワーレベルが900を超えますと、私達はほぼ、本来の心の状態を取り戻します。
どのような心模様であったとしても、どのような反応本音があったとしても、そのほとんどすべては、真本音との結びつきを思い出している状態です。
つまりは、いついかなるときも、真本音で判断・行動できる状態を取り戻しています。

すると、たとえ心の中に不信があっても、不安があっても、道は一つとなります。
つまりは、真本音の決める通りの道です。
それは最善の道。
最善の道は一本。
一本道です。

すべての「現実」の前で、真本音は必ずその一本道を選択します。
心がどんな状態でも、その最善の道を、・・・一本の道を正確にたどっていくのです。
ただそれだけです。

あぁこの道が最善なんだ、と頭で理解しても、しなくてもよいのです。
そこに意図があっても、なくてもよいのです。
後悔しても、しなくてもよいのです。
その時の心の調子が良くても、悪くてもよいのです。

心と体がどのような状態であっても、その後の展開がどのような状況となっても、
必ずそれは最善。
その時の最高。
・・・自らがそんな選択をし続けているということが、理屈ではなく、確信としてわかります。
それが900の境界、「一本道の境界」です。
この境界を超えると、心は完全なる自由を手に入れます。

ここに来て、私達は初めて本質的な意味での、「自分の本当に望む生き方」を実践しきれます。
なぜなら、どのような生き方をしても、ちゃんと一本の道(最善の道)を歩んでくれるのです。
どのような生き方であっても、結果は変わらないのです。
であれば、一瞬一瞬、自分の望む生き方をすればよいのです。
それだけのこと。

例えば登山で、頂上までの最善の道が決まっていて、その道を行けばよいことが完全にわかっていれば、あとは一歩一歩を自分なりに楽しめばいい。
ある人は景色を楽しみながら。
ある人はお花を楽しみながら。
ある人は歌を歌いながら。
道は一つであるとわかっているなら、「今」を自分なりに満喫しながら行けばいい。
それと同じことです。

そういう意味で、人生は完全に決まっている。
自分の道は完全に決まっている。
決まっている通りに、自分は自分を運んでくれる。
・・・それは、自分自身を完全に信じ切れている状態であり、はかりしれない安心感を根底に感じている状態です。

900を超えると、頂(1000)への道のりが観えて来ます。
あと一息です。

つづく

2010年11月21日

私の使命について17 〜800の境界

今の時代、日本においては、96%の人が、人生における目標パワーレベルを800以上に設定しているようです。
800とは、「無限の境界」と言います。
自分の使命(自分の命の使い方)を見出した人が、その道を一歩ずつ歩む過程で、「この道における自分の可能性は無限大である」と確信(理屈ではありません)できると、この800の境界を超えることができます。
つまりは、「自分の道を自ら決め、自分の可能性を完全に信じる」心の状態の実現を、真本音では誰もが望んでいる、ということです。

私の経験では、700を超えた方は、それまでの道のりに比べますと、比較的早く800を超える方が多いようです。
考えてみれば当然のような気もします。
自分の「本当の道」を見つけられれば、人はその道に邁進します。
すると「自分の可能性」は、いやでも開花します。
開花すれば、可能性の無限さを実感できます。

可能性の無限さを実感する、というのは「自信がつく」ということではありません。
「自信」という観点から言えば、たとえパワーレベルが1000になったとしても、「自信のない心の状態」は起こり得ます。
なぜなら「自信のある・ない」というのは、反応本音レベルの話だからです。
人の心から反応本音が消えることはありません。
ですから、人の心から「自信がない」という心の状態が完全に消え去ることは永遠にありません。

可能性の無限さを実感する、というのは「自信」ではなく「確信」の状態です。
「確信」とは、真本音レベルの心の動きです。
「自信のある・なし」に関わらず、「確信」とは、そこに在ります。
「確信」を持って物事に当たる人は、「自信のある・なし」には全く影響されない動きを見せます。
どれだけ怖いことでも、どれだけ不安なことでも、「確信」を持った物事であれば、人は必ずそれをします。

「確信」とは、独りよがりなものではありません。
独りよがりの「確信」がもしあるとすれば、それは「確信もどき」です。
「確信」とは、人類の真本音である「源(ソース)」から来るものです。
つまり、「自分にとっても環境(まわりの人達など)にとっても最善の道であること」が「確信」として発想されます。
独りよがりの道、自己満足の道、とは弱々しいものです。
私達は、本当の「確信」に基づいて動くことにより、力強い道を拓くことができます。
それは何も特別のことではなく、人間誰しもが当たり前のように持っている力です。
もともと持っている力です。
その、もともと持っている力を思い出したい。
・・・すべての人の真本音は、それを望んでいます。

パワーレベル800を超えるということは凄いことです。
しかし、人間にとっては普通のことです。
今現在、この800を超える方が続々と増えています。
私達は、確信の時代に入ろうとしているのです。

つづく


2010年11月18日

私の使命について16 〜700の境界B

使命が決まるということは、本当の意味で「主体的な人生を送る」ということになります。
主体的とは、「自分が主である」ということ。
「自分がすべての物事の源である」ということを、完全に引き受けた状態です。
そうなると、その人は「自分の人生そのものを完全に引き受けた」ことになります。
何のために生まれて来て、何のために人生の時間を使い、どのように自分自身を活かすか?
それを、真本音で実践することができます。
その状態に入れるのは特別なことではなく、すべての人類が可能です。
そしてその状態に一刻も早く、一人でも多く入っていただくためのサポートが、私共SCCの使命です。

そうです。
私(とSCC)の使命の第一は、パワーレベル700(最低値も)以上の方が一人でも多く増えるためのサポートです。
これをこの3年間やり続ける必要があります。
1分1秒でも早く。
一人でも多く。
それが、私(とSCC)のやるべきことの一つです。
3年間が勝負なのです。

人類はこれまで、一歩ずつ進化・進歩して来ました。
もちろん、様々な意味での退化もあったでしょう。
しかし、進化・進歩を求めない生き物はありません。
私達全員の真本音には、共通の「悲願」があります。
その「悲願」を果たせるかどうか、その境目が、3年後です。
それは一つのゴールであり、次へのスタートです。
良いスタートが切れるように、私達人類は、最大の力を振り絞る必要があります。
微力ながら、私(とSCC)もそのためにできることは精一杯させていただきます。

私にできること。
それは、一人ひとりの方々と、向き合うこと。
一人ひとりの方々の真本音の声を聴くこと。
一人ひとりの方々の真本音の願いや使命をサポートすることです。
私にできることは、これだけしかありません。
ですから、これだけをし続けます。

そしてその先に、もう一つの大きな使命があります。
それはまた、何回か後にお話しできると思います。
そのためにも、このブログの先を急ぎましょう。
次回からは、パワーレベル800に突入です。

つづく

2010年11月16日

私の使命について15 〜700の境界A

使命(自分の命の使い方)が見つかると700の境界を超えることは、前回書かせていただきました。
ここで言う使命とは、もちろん独りよがりなものではありません。
ここまでですでに「共感の境界」も「直観の境界」も超えていますので、700を超える人は「個と全体」という二つの視点を持ちながら、「自分は何をすればよいか」を理屈ではなく直観で知ることができます。

以前、有名な経営者の多くは、パワーレベル400台の後半の方が多いということを書かせていただきました。
ビジネスというのは当然「勝つか負けるか」という要素が強いですので、そういった組織を引っ張るリーダーが、500である「共感の境界」を超えることは、逆に非常に難しいことです。
しかし、ごく稀に500を超えている経営者がいらっしゃいます。

名前は出しませんが、現在、日本にお一人だけ、パワーレベル700(最低値も)という、とんでもなくパワーレベルの高い経営者がいらっしゃいます。(Aさんとします。)
その方ご自身も会社も有名です。
実は、数年前にその企業様に、SCCのパートナーであるリスペクトが、ある重要なプロジェクトのご提案をしました。
それはコンペで、リスペクト以外にも2社ほど、コンペに参加されていました。
コンペでは、その経営者Aさんに直接プレゼンをしました。
プレゼンをしたのは私ではなく、リスペクトのトップである岡田さんです。
リスペクトは零細企業です。
他の2社は、世界的に有名なコンサルタント・ファームでした。
通常では絶対に勝てるはずがないのですが、経営者Aさんは、ほぼ即決に近い形でリスペクトを選択されたのでした。
パワーレベルの高い人同士、・・・というよりも真本音の使命を持った者同士の共鳴(共振)が起きたとしか言いようがありません。

そう言えば、私共がここ数年ずっとお仕事をいただいているある大手企業様ですが、今はお亡くなりになりましたが、そのご創業者は驚くべきことに、パワーレベルが805でした。
恐らく、経営者という肩書を持つ方としては史上最高ではないでしょうか。
その方は、「市場のシェアを奪い合うような商売はしたくない。だからシェア100%となれる新市場を自ら開拓し続けるのが我社である」ということを、もう50年以上も前から言われ続けていました。
そして世界初の製品を次々に生み出し続けられました。
そんな方の創られた組織にお世話になっているというのも、何となく必然的なご縁を感じます。
ありがたいことです。

使命と使命は、深い部分での共感や共振を起こします。
使命と使命のコラボレーションによって、新たな何かが生み出され続けます。
最近の私共の企業研修では、やはりほぼ100%の方が、この700の境界を超えられます。
700を超えた者同士の組織は、本当の意味での人と人の相乗効果を起こしやすいのです。

つづく

2010年11月13日

私の使命について14 〜700の境界

さて、いよいよパワーレベルも700以上について書かせていただきます。
著書「パワーか、フォースか」では、700以上に関しては、またさらにスピリチュアルな表現が為されていますが、やはりこのレベルとなっても、人として普通ですし、誰もがこの境界を超えることができます。
と言うよりも、今の時代、できればすべての人がこの境界を超えることが求められています。
つまりはこの700の境界を超えることが、今の人類の共通の成長テーマである、という言い方もできます。(あくまでパワーレベルの視点で表現すれば、ですが。)

700の境界を「使命の境界」と言います。
使命とは、「命の使い方」。
つまりは、「人生において私は自分の命をどのように使って行きたいか?」、
「私の人生の目的は何か?」、
「何のために生きていきたいか?」、
などの答えが明確になりますと、この境界を超えることができます。
本によりますと、マザーテレサやガンジーが(最低値も)ちょうどこのレベルにあったようです。

ただ、このように書きますと、700を超えることが特別なことであったり、何か世界規模の大きなことを成さなければならないようにイメージされますが、さきほども書きましたように決してそうではありません。
自分自身の人生の方向がしっかりと見つかれば、誰もがここを超えられます。
しかしその方向とは、「本当に望む方向」であることが条件です。
つまりは「真本音の望んでいること」です。

ところが、これまで私が見たなかでは、非常に面白い現象が起きています。
どういうことかと言いますと、その人の心の中(潜在意識の中)では、完全に人生の方向が見つかっており、パワーレベルも700を超えているのにも関わらず、顕在意識でそれに気づいていない、というケースが多いのです。
もう答えが明確に出ているのに、その答えに本人が気づいていないのです。
(正確に言いますと、本人の顕在意識のみが気づいていないのです。)
しかし、だからと言ってその答えを他者が教えるわけにはいきません。
他者が教えることで、その道が遠のいてしまうことがあるからです。
ですから、もうわかっているはずなのに気づいていない答えに気づいていただくためのサポートをする、・・・というケースが、最近は非常に増えています。

恐らく今の時代、パワーレベルが急激な高まりを見せていますので、パワーレベルの高まりのスピードに、ご本人の顕在意識がついていっていないのだと思います。
「本当は気づいていることに気づく」。
最近の私のコーチングは、その類ばかりになってきたような気がします。

つづく

2010年11月07日

私の使命について13 〜600の境界B

私達のパワーレベルがいくら上がったとしても、私達の中から反応本音が消えることはありません。
例えパワーレベルが1000になったとしても、私達は人間であり、神様ではありません。
人間には反応本音があり、反応本音があるからこそ、人間です。
そこに、人としての存在意義があります。

ですから面白いことに、パワーレベルがどれだけ高まったとしても、それを指摘されないと自覚できない人がとても多いのです。
もし真本音・反応本音という概念を知らずに生きているとすれば、その人は例えパワーレベルが600以上だとしても、反応本音に従って生きています。
しかしその反応本音の多くは「真本音とつながっている反応本音」ですから、結果として真本音で生きていることになるのですが、その自覚はありません。
そこで、そう言った方々に真本音・反応本音の概念をご説明すると、その途端に、「あぁ、真本音、私にも確かにあります。」となります。
そして、「そうか、私はこれまで確かに、真本音で生きて来ました」と、そこで初めてご自分の生き方を自覚されます。
人というのは本当に面白いなぁ、と思います。

自分がこれまでどのような生き方をして来たのか。
どのように心を動かしながら生きて来たのか。
それらを客観的に自覚されている方は、残念ながら本当に稀です。
それは非常にもったいないことだと思います。
なぜなら、心に一貫性が取れ、本来の自分の心のパワーを発揮できるようにするためには、自分自身の心と、心の動かし方を観ることは必須だからです。
自然な心の動かし方を知り、自分の本来の心(つまりは真本音です)を発動させ、自分の本来の望みの方向に自ら人生の舵を切っていく。
・・・一人でも多くの方々が、一刻も早くそう言った生き方をされることが急務です。
それが今の時代であり、時代が求めていることです。
そのサポートをさせていただくのが私であり、私共SCCです。

なぜ、今の時代はそれを求めるのか?
その具体的な理由に関しては、もう少し先の方で述べさせていただきます。
次回からはいよいよ、パワーレベル700以上についてご説明します。

つづく

2010年11月05日

私の使命について12 〜600の境界A

このブログでは、以前から「直観モード」という言葉をよく使っています。
直観とは、直感とは少し違い、「物事の本質を見極め、今何が最善か?」を見出す意味でのひらめきのことを言います。
別の表現を用いますと、「確信」という言葉に近いです。
私達の心には、頭で考え答えを出そうとする「思考モード」と、この「直観モード」の二つの階層があります。
直観モードは、真本音の発揮度合いが高まれば高まるほど発動しやすくなります。
なぜなら直観モードとは、「真本音の発想」そのものだからです。

真本音発揮度合い60%以上、つまりパワーレベル600以上となりますと、この直観モードが飛躍的に高まります。
ですから、これを「直観の境界」と呼んでいます。

私の企業研修をいつもコーディネイトしていたリスペクトのスタッフの一人が、ある時私の研修を後ろで見ている最中に、この「直観の境界」に近づきました。
研修が終わってから、彼が「面白いように発想が浮かんだので聴いてください」と言うので、二人で喫茶店に行って、彼の話を聴きました。
それまで彼は、今後、自分が社会の中でどのような役割で何をしていけばよいのか?をずっと悩み続けていました。
そして発想が浮かぶ度に、その発想を私に教えてくれたのですが、それは断片的なもので、彼自身がまだ納得し切れていないようでした。
ところが、この時の彼の話を聴いて、びっくりしました。
これまで断片的だと思われた彼の発想が見事につながり、「あぁ、そういうことか」という、まるでこれまでのすべての「答え」が見つかったかのような話だったのです。
そして、それ以上にそれを話す彼の説得力が尋常ではありませんでした。
話の内容をこちらが理解するとかしないとかの次元ではなく、彼のすべての話がスーッと私の心に沁み渡りました。
その時彼は、600の境界にいたのです。

シンクロニシティ(共時性)というものがあります。
ご存知の方はよくご存知だと思います。
これは、「意味のある偶然の一致」ということですが(例えば、「何かの答えを知りたい」と思っていたときに、偶然その時に出会った人が、自分の知りたかった答えを教えてくれた、等々)、要するに「物事はすべては必然である」ということを実感できる場面に、私達は人生の中で幾度となく出会います。
シンクロニシティという視点を持つだけで、私達のシンクロニシティ体験は増えます。
そして真本音発揮度合い(パワーレベル)が200、300、400・・・と高まれば高まるほど、やはりその体験は増加します。
ところがその増加率は500を超えることで急増し、さらに600で圧倒的なものとなります。
シンクロニシティという言葉を使うこと自体に不自然さを感じるくらいに、日々、必然的なことが起こるようになります。
いや、すべては必然的に自分自身が起こしていることに気づきます。
そしてその自分自身の行動そのものも、すべてその必然の流れの只中にあることも。
それは理屈ではなく、当たり前の感覚として自分の中に存在するようになります。
つまりそれが直観モードそのものであり、直観モードを引き起こすものでもあります。

パワーレベルが最低値も600を超えることで、基本的には「人生の迷い」というものはなくなります。
いや、これも実は表現は難しいのですが、「人生の迷い」は当然あるのですが、それはただ「迷っているだけ」という状態です。
迷っていることも必然。そしてその後、きちんと道ができることも必然。
すべてを「必然」として、見つめることができるようになります。

さて、さきほどのリスペクトのスタッフですが、彼の発想を聴いたのが今年の2月くらいだったでしょうか。
そしてこの11月1日に、彼は独立をしました。
彼自身の人生の道を創り上げるために。
彼自身の翼を広げながら。

つづく

2010年11月04日

私の使命について11 〜600の境界

著書「パワーか、フォースか」によりますと、540というところにも一つの境界があり、540を超える人の割合は、さらに少なくなるようです。
私自身は、540というところに境界を感じたことはあまりありませんが、ただ「天然に真本音で生きている人」と出会った場合も、ほとんどの方が500〜535くらいの間にいらっしゃる感じでした。
本では、540を超えることで、本当の「慈愛」を理屈ではなく、確かなものとして人に与え続ける存在となるようです。
「その人に見つめられるだけで元気になる」という状態です。

ただしここで言う「540を超える」ということは、最高値が超えるだけではまだ本物ではありません。
最低値も540を超えることで、本当の慈愛は実現します。
例えば最高値が540以上で、最低値が200未満という人も実際にいらっしゃいます。
その方の場合は、人に素晴らしい影響を与える瞬間も確かにありますが、どことなく安定していません。
いつも心の状態が上下を繰り返していますので、ご本人も自分の真本音が発動していることに気づいていない場合が多いようです。

ここまで書いてこなかったことですが、「最高値と最低値が同じ」という状態は、非常に安定した状態です。
その方は恐らく、一歩一歩着実に、しっかりと経験を重ねながら人生の階段を登って来られたのでしょう。
そういう方とお会いしますと、パワーレベルが200台だろうと400台だろうと500台だろうと、その人なりの理屈ではない説得力を私は感じます。
「一流」と言われる有名な経営者の方々などは、そういった方が多いです。
パワーレベルが最高値も最低値も同じ値で、かつ、500を超えている人は、世界にまだ0.4%しかいないようです。

さて、600の境界です。
本によりますと、600を超える方は1000万人に一人となっています。
が、近年、この数が急激に増えて来ています。
時代の要請です。
本では、この辺りからかなりスピリチュアルな表現がされており、600以上になることは極めて難しい印象を与えられますが、実は全くそんなことはありません。
「実は全くそんなことはありません」と言える時代に入った、という言い方の方が的確でしょうか。

真本音・反応本音ということで言いますと、この600を超えることで「真本音の存在」についての実感度が飛躍的に増します。
「あぁ、そういうことか」とか「すべて合点がいった」という状態となります。
SCCの受講生さんでも、600を超えることで「急に、真本音の意味がわかりました」と言われます。
理屈ではなく、すべてを「当たり前のこと」として認識できる状態になるのですね。

この600の境界のことを「直観の境界」と呼びます。

つづく

2010年11月02日

私の使命について10 〜500の境界A

「現実と向き合う」ことと、「現実に囚われる」ことは、違います。
パワーレベルが500を超える(=真本音発揮度合いが50%を超える)ということは、本当の意味で「現実と向き合う」人生のスタートとなります。
特に、私達の目の前の現実には、「人」がいます。
自分以外の「人」の存在があります。
「人」とあるがままに向き合うことができるようになるのが、この500の境界です。

私はいつも企業研修をしておりますので、500を超えた瞬間の場の空気の変化を毎日のように目の当たりにしています。
それはもう、傍から観ていますと、劇的なものです。
あえて言葉で表現しますと、お互いの間に何となく存在していた見えない壁のようなものが取り払われ、お互いが「つながった存在」となります。
というよりも、もともとつながっていた自分達本来の姿にもどる、という感じでしょうか。
皆さんの目は、まるで子どものように可愛らしい光を取り戻し、その眼差しでお互いと向き合うようになります。
かと言って、話す内容から厳しさが消えるわけではありません。
仕事に関する話し合いをすれば、当然厳しい話も出ます。
しかしそれは、お互いを否定し合う厳しさではなく、共に厳しさに向き合うための厳しさとなります。

このように、人としての根底のつながりを持った向き合い方ができるようになるスタートラインが、500の境界です。
私共がこれを「共感の境界」と呼ぶのは、ここから来ています。

以前にも書きましたが、この「共感の境界」を超えた状態でミーティングをするのと、そうでない場合では、同じテーマでも、その後の展開が根本的に変わります。
様々なことを勉強し、様々なことを経験し、様々な力を持っている人であればあるほど、人生で培ったそれらのものを本当の意味で活かすためにも、500の境界を超えることは重要です。
自身の人生の道のりを「宝物」として活かすためには、それを活かす自身の心のパワーが必要である、ということです。
そしてその心のパワーとは、「真本音で生きる」ことによって一気に高まるのです。

つづく