こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年07月31日

8次元の愛 42 〜争いから本質へ

プラスとマイナス。
メリットとデメリット。
私達の住む3次元世界におけるすべての物事は、その両面を持っています。

何がプラスで、何がマイナスか?
何がメリットで、何がデメリットか?
それらは、その物事を見る私達の解釈です。
その解釈は、状況が変われば、すぐに変化します。
誰がそれを見るかによっても、大きく変化します。

そして私達は、「プラス(もしくは、メリット)を追い求めたい」と思っています。

しかし物事の本質は、その「プラスかマイナスか?」「メリットかデメリットか?」を超えたところにこそ存在しています。
その本質を掴んだとき、プラス・マイナス(もしくはメリット・デメリット)という視点は、意味のないものとなります。

これまで私達は、メリットを追い求め合う時代を生きて来ました。
それはある意味、メリットを奪い合う時代、と言ってもよいでしょう。
結果として、戦争もたくさん起こりました。
戦争までいかずとも、世の中は、争いの渦です。

争いを続けることよりも、
そしてさらに、争いをやめることよりも、
私達には、することがあります。

それは、「何が本当は大切か?」という眼差しを持ち続けることです。

「何が本当は大切か?」・・・それこそが「本質」です。
本質を見極めようとする目線を、私達は取り戻す必要があります。

愛とはパワーです。
そのパワーが広がりゆく方向に、すべての「本質」は向いています。
「本質」の向く方向こそが、私達が進むべき方向です。

今の世を、否定してはなりません。
むしろ、すべてを存在承認します。
プラス・マイナスという解釈を超えて、存在そのものを承認し、あるがままに観察します。
すると初めて、その「本質」が観えてきます。

それこそが愛の眼差しです。
8次元の愛の眼差しです。

つづく

2011年07月29日

8次元の愛 41 〜自分に委ねる2

委ねる人生は楽です。
自分に委ねる人生は楽です。
自分にすべてを委ねれば、すべてが自由になります。

私達はもともと、委ねる存在です。
「委ねる」とは、私達の最初の姿です。

委ねるとは、受け身的な行為でしょうか?

いえ、違います。
人生の開拓者になればなるほど、私達は委ねている自分を発見します。

委ねることですべてが観えてきます。
どこに本当の流れがあるのか?
その流れは、どこから来て、どこに向かっているのか?

そして、その流れそのものが、自分であることを。

すべては「私」です。
「私」は、すべてです。

「私」に委ねることは、すべてに委ねることに他なりません。

8次元の愛を人に注ぎ、
8次元の愛を人から注がれるとき、
私達は、すべてに委ねる勇気を手に入れます。

いえ、「もうすでに委ねている自分」を発見します。

つづく

2011年07月28日

8次元の愛 40 〜勇気の意識

勇気をもって新しい一歩を踏み出そうとするとき、言いようのない清々しさを感じるのはなぜでしょうか?
その清々しさは、心の不安をものともせず、私達が前進する原動力となります。

勇気とは、どこから来るものでしょうか?
勇気とは、心の強さのことを言うのでしょうか?

いえ、勇気とは、自らが決めた人生の道のりを、予定通り進もうとする力です。
では、その人生の道のりは、いつ決めたのでしょうか?
それは最初から決めていたものです。
最初、とはいつのことでしょうか?
最初は、最初です。

「最初」がいつであり、「最初」がどこであったのか。
それをすでに私達は知っています。
そのすべては、私達の9次元の意識が開放されることで、思い出すことができます。

8次元の愛とは、8次元の意識を開花する力を持っています。
そして、8次元の意識の開花は、次の9次元の意識の開放につながります。
それは「開放」と呼ぶにふさわしいものです。
まさに、開放され、私達は自由となります。

なぜ、私はここにいるのか?
その答えは、誰もが「知りたい」と思っています。
しかしその答えは、誰も教えてくれません。
なぜなら、自分自身が一番よく知っていることだから。
それを思い出すだけ。
私達の抱いている「知りたい」という欲求は、実は、「思い出したい」ということなのです。

すべてを思い出す次元。
それが9次元です。
8次元の愛の実践者が増えることで、すでに9次元の意識が開放される人が出始めています。
どうやら、真本音の時代の流れへの一歩を、世の中は歩み出したようです。

新しい一歩を踏み出すときの清々しさ。
それは、なにも個人だけに言えることではありません。
今、世の中全体がその清々しさを感じる方向に、歩みを転換しました。
古いものを壊しながら、新たなものを創造する勇気。
世の中全体の9次元意識が、徐々に灯り始めています。

つづく

2011年07月27日

8次元の愛 39 〜静謐の力

「愛されている」と実感するとき、私達はそれを、どこで感じているでしょうか?

愛とはパワーです。
パワーであるが故に、それは一見わかりづらいものです。
目に見えないからです。
しかし、パワーであるが故に、私達はそれを敏感に感じとっています。
そして、愛のパワーの深い人に、私達は自然に惹かれます。

本当に深い愛を受けたとき、私達は「静謐さ(せいひつさ)」を感じます。
何かに満たされる感覚と同時に、自らの心がどんどん静まっていくのを感じます。
それは、私達の魂が静まっているからです。

魂の静謐さは、エネルギーを生みます。
それは、無尽蔵のエネルギーとなることさえあります。
人の本来の可能性とは、魂が静謐であることによって、開かれます。

鏡のように静まりかえった湖をイメージしてみてください。
そこに石を投げ入れます。
ほんの小さな石であったとしても、その湖面には石の波紋が永遠に淀みなく広がりゆくでしょう。
静謐さとは、すべてにまっすぐな影響を与えます。
大きく広く、与えていきます。

私達の真本音は、多くは魂の中に存在しています。
そして真本音とは、静謐な存在です。
真本音が本来の静謐な姿のままで私達の心に現れれば、私達は湧き上がるようなエネルギーと力を感じます。
そのためには、真本音を守っている魂に、やすらぎを与え続けることが大切です。

8次元の愛。
それは、魂から発する愛です。
そして、魂にやすらぎを与える愛です。

人の持つ可能性を開花できる愛なのです。

つづく

2011年07月25日

8次元の愛 38 〜魂の愛

かつて正しかったことが、今では全く「間違っている」と認識されていることは、かなり多くあります。
かつて「すばらしい」と思われていたことが、今では全く評価されないということも、多くあります。
「正しい、間違っている」も「すばらしい、つまらない」も、すべて人の解釈です。
人の解釈とは、時代と共に変化し続けます。

しかし今も昔も変わらずに、脈々と流れ続けているものもあります。
それを「本質」と言います。
「本質」を外すと、すべての物事は淀みを起こしやすい状況となり、
「本質」を大切にすれば、すべての物事はスッキリと前進しやすくなります。

これからの時代は、「本質」をどれだけ掴めているか?ということに敏感な時代となります。
つまり、本質を掴んでいる人には、あっという間に道が開けていく。
そうでない人は、何をしても上手くいかない。
・・・そんな時代となりつつあります。

では、人の本質とは何でしょうか?

人の本質とは、魂(たましい)です。
心ではなく魂、です。

「魂」の声のことを、真本音と言います。
「心」の声のことを、反応本音と言います。
どちらも人にとっては大切なものですが、残念ながら自身の魂の声(=真本音)をしっかりと聴き、受け止めている人は、まだまだ少ないようです。
心は大切にしていても、魂を大切にしていない人は多いようです。

魂が活性化することで、人は本質的に元気になります。
そして、人の魂に力を与えることのできるのが、「8次元の愛」です。
6次元の愛も人を元気にしますが、それはまだ「心の元気」レベルです。
しかし愛の次元が8次元を超えますと、それは「魂」に直接パワーを与えます。
その影響は、測り知れません。

私はこの一週間、何人もの皆さんが、どんどん「8次元の愛」を開花させていく姿を目の当たりにしました。
人の可能性、を目の当たりにしました。
「8次元の愛」とは、誰もがもともと持っているもの。
それを思い出すことで、私達は本来の自分を取り戻せます。

人の本質とは、魂です。
そして、人の本質とは、愛です。
魂のそのものの放つ愛が、「8次元の愛」に他なりません。

つづく

2011年07月18日

8次元の愛 37 〜混沌と調和

からまった糸がほぐれるように、自分の心と相手の心がつながり合う瞬間があります。
すると、これまでどれだけ説得しようとしても届かなかった言葉が、何の努力もなしに、まるで吸い込まれるように相手の心に届くようになります。
これまでどうしても聴き入れることのできなかった相手の言葉が、まるで自分自身の言葉であるかのように、何の抵抗もなく響いてくるようになります。

人と人の調和とは、突然にやってきます。

調和の前には混沌があります。
残念ながら、混沌のない調和はありません。
大掃除をするときに、一度は部屋の中が混沌とするのと同じです。

愛とは、調和を生むものです。
その一方で、愛とは、混沌も生み出します。
調和に向かう混沌を、必然的に生み出します。
愛という土台があるがゆえに、私達は混沌を迎え、越えることができます。
愛のない混沌は、ただの混乱に過ぎません。

6次元の愛の実践者が、8次元の愛に進もうとするとき、心が混沌としてしまうことがあります。
本当の愛とは、なんだろう?
・・・それが全くわからなくなってしまうことがあります。
6次元の愛と8次元の愛が心の中でバッティングし、葛藤を起こすかもしれません。
それらはすべて、8・9次元の自分自身が、意図的に起こしていることです。
それは、愛を進化させるための必然です。
もし混沌に入ってしまったら、その混沌を堂々と味わいましょう。
何をどうしてよいのか、完全にわけがわからなくなってしまったとき、
そのときこそ、混沌の奥から明確な答えが、燦然と姿を現わします。

すべての答えを、私達は知っています。
答えはつくるものではなく、見つけるものです。
見つかるためには混沌が必要です。
混沌は希望の兆しです。

今、世の中は混沌としています。
これからさらにこの混沌は増して行きます。
それらの現象を、希望の兆しとして捉える人がどれだけいるか?
それによって、その後の調和度が大きく変わります。
私達は、この混沌と、しっかり向き合っていきましょう。

つづく

2011年07月14日

8次元の愛 36 〜人生の壁

壁があります。
かなり高そうな壁です。
これを越えてゆかねばなりません。
さぁ、どうしましょうか?

壁の向こうには、何があるのでしょうか?
壁を越えれば、どのような自分になれるでしょうか?

後ろを振り返ってみます。
すると、後ろにも、いくつもの壁があります。
それらは、これまで越えて来た壁達です。
「小っさいなぁ〜。」
あんなに小さな壁だったかな?
越えるときには、あんなにも大きく感じたのに・・・。

越えるまでが大変なのが壁。
越えてしまえば、越えた今の自分が「当たり前の自分」。
そしてそれまでの自分を忘れてしまうことさえあります。

壁、壁、壁、・・・。
私達の人生の旅路は、壁の連続です。
越えても越えても、次から次へと現れます。

しかし、私達はそのうちに気づくことになります。
「なんだ。壁とは、自分自身が創り出していたものなんだ。」と。

ときには、こんなこともあります。
目の前に壁があると思い込んでいたのに、
ちょっと視点が変わったら、
その壁が一瞬にして消えてしまった。・・・

・・・・
壁を越える最善最大の方法。
それは、壁をしっかりと観る、ということです。
しっかり観ることで、「自分が何を壁として創り出しているか?」がわかります。
壁の正体がわかるのです。
壁の正体は、すべてが「自分の心の何か」です。

人生と向き合うとは、自分自身の心と向き合う、ということです。
自分自身の心と向き合うためには、現実と向き合うことが一番です。

人生の壁の正体がわかってくると、人生から壁の存在が消えます。
人生から壁が消えるということは、心から壁が消えるということです。
心から壁が消えた人は、壁のない心のままに人と向き合います。
そのときです。
愛のパワーはまるで放流のように、目の前の人に注がれます。

8次元の愛を育む方法の一つ。
それは、自らの心の壁を取り除くことです。
そのためには、自らの心の壁をしっかりと観ること。
さらにそのためには、現実としっかり向き合うこと。
結局は、そこに行き着きます。

人生の壁は何ですか?
その正体は何ですか?
それは、自分のどのような心が創り出していますか?
その心を、本当はどうしたいですか?
本当は、どうすることが、本来の自分だと思いますか?

つづく

2011年07月11日

8次元の愛 35 〜自分に委ねる

昨日の自分と、今日の自分の違いはわかりますか?
自分はいつも、同じ自分ですか?
いつも変化している自分と、変化を全くしていない自分、両方の認識はありますか?
しかしよくよく観ると、変化をしていない自分も、わずかずつ進化しているのはわかりますか?

「変化を感じる」というのは、大きな力です。
それは環境の変化もそうですし、自分自身の変化に対しても言えます。

昨日の自分と、今日の自分。
さきほどの自分と、今の自分。
そのわずかな変化を感じ取れるようになれば、私達は「人生の波」を掴むことができるようになります。

「波に乗る」という言葉がありますが、
実はその「波」とは、多くの場合、自分自身が創り出しています。
自身の起こした波に、自身が乗ることで、人生の航海は大きく展開します。

では、いつ私達は「波」を起こしているのでしょうか?
答えは、「いつでも」です。
常にどんなときも、私達は「今ここ」で、波を起こし続けています。
その波は、必ず3次元世界の何かにぶつかり、その反射が私達自身に返って来ます。
「今ここ」で最善の波を起こし、返って来た最善の波に乗ることこそが、人生の醍醐味の一つと言ってよいでしょう。

そのメカニズムは、高次元の自分、・・・特に8・9次元の自分が開花すればするほど、手に取るようにわかるようになります。
「今ここ」でどのような選択をし、どのような行動をとることが、最善の波につながるかが、確信をもってわかるようになります。
そして、その波が自分自身に返って来たとき、「あぁ、あの時に起こした波だな」と、これもすぐにわかるようになります。
ということは、「では、次はどんな波を起こせばよいかな」ということも瞬時に判断がつく、ということです。

この状態を一言で表現すると、「委ねる」という言葉になります。
一見、見当違いのような言葉に聞こえますが、これこそが「委ねる」という状態です。
何に委ねているか?
「自分自身」に委ねています。
そして、「現実」に委ねています。
「すべて」に委ねています。

すべてに委ねる人生は、とても楽です。
しかも冒険的で、刺激に満ち溢れています。
楽しいです。
どのような現実にさらされたとしても、明日が待ち遠しくなります。

「変化を感じ取れる自分になる」とは、そのような人生の出発点です。
そして、自分も周りも、すべてをあるがままにしっかり観ることが、変化を感じ取れる自分創りのスタートとなります。

人生の舵取りは、私達自身がしています。
自分が自分自身に委ねることができる、というのは素敵なことです。
それは、自分自身に向ける「8次元の愛」の一つのカタチです。

つづく

2011年07月10日

8次元の愛 34 〜転機の時代

自分にとって未知なるものに向かおうとするとき、皆さんの心はどのように動くでしょうか?
新しい何かを体験するワクワクや、知らない世界に入る不安や・・・。
きっと様々な心が入り混じるでしょう。

ある意味、心は混沌状態になります。
その混沌状態が、好きですか?
嫌いですか?

私達の心の中には、「自分を守ろう」という欲求があります。
その欲求は、「平穏」や「平和」や「安心」を望んでいますから、「混沌」を好みません。
ですから一般的には、心の混沌状態を避けるために、「未知なるものにはあまり進みたくない」という心が働くケースが多いです。

しかしその欲求を完全に超えてしまうくらいに、「未知なるものに飛び込みたい!」という気持ちが高まるときがあります。
私達人間には、「進化したい」「自分の世界を広げたい」という欲求も存在するからです。
「自分を守ろう」とする欲求と、「自分の世界を広げたい」という欲求。
その二つの欲求をいつも抱えながら、私達は生きています。

人生には、転機があります。
転機とは、「新たな世界に進むとき」です。
その転機を、転機であると認識することが大切です。
人生の転機に、勇気をもって進むべき道を選択できるかどうか?
そこで、その後の人生の「すべて」が決まります。

「人生は、やり直しが効く」と言われます。
確かにその通りです。
しかし、その転機を自ら逃してしまうと、その「やり直し」は非常に難しくなります。
なぜなら、転機とは、8・9次元の自分自身が自分に与えているチャンスだからです。
8・9次元の自分が、このコントロールの難しい3次元世界の中で、心を込めて創り出したチャンスだからです。
それはわずかな回数しか創り出せません。
しかしそのチャンスは、自分の人生に大きなプレゼントをもたらしてくれます。
人生の転機に応えるということは、8・9次元の自分自身の願いの応えるということなのです。

今。
人生の転機を迎えている人。
人生の転機を迎えようとしている人。
そんな方々が、急増しています。
恐らくこの傾向は、これからさらに高まっていくでしょう。
今は、「転機の時代」に入ったと言ってもよいでしょう。

自分の目の前にある「現実」が、今が「転機のとき」であることを教えてくれます。
「転機のとき」と、しっかり向き合いましょう。

そしてそんなときほど、空を見上げてみましょう。
周りのあらゆるものに目を向けてみましょう。
もし空の青さを、ありのままに観つめることのできる心の状態になれたら、それは心が自然体を取り戻した証拠です。
心が自然体になれば、「自分を守ろう」とする欲求の枠をあえて超えてまでも、「自分の世界を広げる」ために進む勇気は生まれやすくなります。

最後にもう一つ、重要なことがあります。
人は人の愛を受けているとき、心が自然体になります。
このブログをお読みいただいている皆様へ。
皆様の愛のパワーを、どうか、周りのたくさんの方々へ注いでください。
一人でも多くの方々が、自然体の心で転機と向き合い、越えて行けますように。

つづく

2011年07月08日

8次元の愛 33 〜あやふやだからこそ

ある時ふと、仰ぎ見る空の青さに茫然としたことはありませんか?
いつも見慣れたはずの街の景色が、全く違ったものに見えたという経験はありませんか?
これまで全く気づかなかった物がそこに在ったり、逆に、これまで当たり前のようにそこに在ったものが、いつの間にか消えていたり・・・。

3次元の世界とは、結局のところ、私達が自分の目と耳と体で捉えている世界です。
ということは、私達の心が変化し、捉え方が変わることで、3次元世界の「現実」も変わります。
過去だって変わるのです。
恐らく、タイムマシーンが本当に発明されて、過去にもどることができたとしたら、
そして実際にもどって過去のできごとをもう一度見直したとしたら、
恐らく、私達の中に記憶として残っているできごととは随分と異なった様相として見えることでしょう。

3次元世界とは、「確固たる世界」であると私達は思い込んでいますが、どうしてどうして、こんなにもあやふやな世界はありません。
私達は、あやふやな世界の中で翻弄されながら生きている、と言ってもよいでしょう。

だからが故に、です。
だからが故に、3次元の「現実」はしっかりと観ましょう。

ありのままに現実を観る、そして向き合う、というのは、私達の高次元の意志です。
特に、8次元9次元の私達は、それを望んでいます。
逆に言えば、ありのままに現実と向き合う人生を歩んでいる人は、8次元9次元の意識が活性化しやすい状態にあります。

そして8次元の愛とは、「ありのままの愛」です。
そこには、何の意図も思惑もありません。

私達が目の前の人と、ありのままに向き合っているとき、私達の愛は自然に注がれています。

空を、ただありのままに観上げているとき、私達は、その空を愛しています。
空に愛のパワーを注いでいます。
街並みを、ありのままに観渡しているとき、私達は、その街並みを愛しています。
街並みに愛のパワーを注いでいます。

8次元以上の愛のパワーを多く注がれた場所のパワーレベルは、明らかに上がります。
パワースポットとは、8次元以上の愛のパワーが集約されている場所である、とも言えます。
そういった意味では、地球全体をパワースポットにするこさえできるのです。
それこそが、地球の進化、かもしれません。

私達は、せっかく3次元世界に生きています。
であればせっかくですから、この世界を満喫し、愛しましょう。
いろんなものを、あるがまま、ありのままに観て、感じて、体験してみましょう。
それが、私達の人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。

つづく

2011年07月05日

8次元の愛 32 〜永遠の目線

私の始まりとは、何だろう?
・・・と、考えたことはありますか?

私達すべての存在には、「始まり」があります。
どこから始まったのか?
なぜ始まったのか?
どのように始まったのか?
これらは根源的な問いかもしれません。
根源的であるがゆえに、答えにはたどり着かないだろう、と誰もが思っています。

しかし、やはりこの問いの答えですら、私達はすでに明確にわかっています。
わかっていることを知らない、だけです。

3次元世界では、「始まり」があり、そして必ず「終わり」があります。
3次元世界では、何をどれだけ創造しても、それらは必ず壊れる時がきます。
そのようにできているのが、3次元世界の特徴です。
しかし4次元以上の世界では、「終わり」はないようです。

「永遠の目線」。
これを持つとき、私達の高次元の意識は活性化します。

私達は、3次元における「現実」を目の当たりにし、その「現実」の反応として気持ちを動かしています。
これを「反応本音」と言います。
反応本音に基づいて、次の一歩を決めるケースが多いです。
しかしそれでは、「現実」を主にした「反応としての自分」が人生を創ることになります。
「現実」が変われば、「反応としての自分」も変わり、人生そのものが右往左往します。

どのような「現実」を前にしても、「永遠の目線」で向き合ってみます。
「永遠の目線」とは、「永遠に変わらないだろう」もしくは「永遠に変えたくない」と思えるものを大切にした目線です。
私達はその目線で「現実」に向かい合うとき、「何か」から開放されます。
「現実」とは、自分を縛りくるものではなく、「ただそこに在るもの」として認識されます。
「ただそこに在るもの」を「ただそこに在るもの」として捉え、「永遠の目線」から次の一歩を決めます。
それにより人生は、その「一歩」から変わり始めます。
「永遠の目線」に立った私達の心を「真本音」と言います。

そして8次元の愛とは、「永遠の目線」に立った愛であると、表現することもできます。
ですからそれは揺らぐことはありません。
永遠に、です。

8次元の愛の実践者は、次に9次元の意識が開放されるようになります。
以前にも少し書かせていただきましたが、9次元とは「すべてを思い出す」次元です。
自分の始まり、とは何だろう?
その答えを、思い出すことができるのです。

つづく

2011年07月04日

8次元の愛 31 〜8次元の願い

ある日、突然自分が生まれ変われるとしたら、どのような人生を望みますか?
どんな自分に生まれ変わりたいですか?
どんな人と関わりたいですか?

人は、生まれ変われます。

もちろん、この3次元世界には、思い通りにいかないことはたくさんあります。
自分の置かれた環境に「しがらみ」となるものはたくさんあります。
しかし、人は、生まれ変われます。

生まれ変わる、とは「自分が生まれ変わる」ということですから、実は環境は関係ありません。
同じ環境下、同じ状況下でも、生まれ変わることは可能です。
自分が変わるだけですから。

ところが、「自分を変える」というのは、「環境を変える」ことよりも格段に難しいときがあります。
人には、執着があるからです。
「ここは変えたくない」という執着です。
特に自分自身に関しての執着は、とてつもなく強かったりします。
その執着が、自分自身が望んでいることであればまだよいのですが、自分が望んでもいないことに執着してしまっているケースも多々あります。

しかしながら、あえて断言してしまいましょう。
「執着」とは、単なる執着に過ぎません。
それは永遠に続くものではありません。
私達の中には、執着よりも、もっと強いものがあります。
執着とは次元の異なる強さを持ったものです。

それが、「真本音の願い」です。
執着を超えるための最大の力となるのが、真本音の願いと言ってよいでしょう。

真本音の願いということは、「本来の自分の願い」であり「人生の願い」です。
そして、その願いとは多くの場合、8次元以上の自分が「決めている願い」です。

なぜ今、8次元の愛が必要なのか?
それは、8次元の愛とは、人々の8次元以上の意識と願いを喚起し、自らを苦しめている執着から自らを開放させる力となるからです。

冒頭の3つの問い。
その自由発想をしてみてください。
どのような答えが浮上するでしょうか?

いくつかは、「今の環境に対する不満」からの発想が生まれるかもしれません。
いくつかは、「今の自分に対する不満」からの発想が生まれるかもしれません。
つまりは、「満たされないものを満たしたい」という発想です。
しかし、この問いを続けますと、満されているとか満たされていないということとは関係ない次元で、どのような状況下でも、どのような環境下でも「実はこうしたいのだ!」と、自然に湧いてくる発想も生まれるでしょう。
環境や状況、今の満足度に関わらない「純粋な想いや願い」。
これこそが、高次元の自分につながっている可能性のある発想です。

これらの発想を、発想として留めるのではなく、「毎日の日常生活」の中で大切にし続けることで、私達の高次元の意識は活性化し始めます。
そして、愛の次元も高まり始めます。

ある日、突然生まれ変わるとしたら、どうしたいですか?
その純粋な「どうしたい」を、ゆっくり育ててみませんか?

つづく

2011年07月03日

8次元の愛 30 〜片鱗から完成へ

まるでパズルのように一つ一つのピースを当てはめながら、私達の人生は進みます。
「ここにはこのピースだ」と自信をもっていても、微妙に形が違い、その違いに気づかずに後で大変な目にあったことが、誰しもあるのではないでしょうか。
完成図が始めからわかっていればそんなに楽なことはありませんが、人生を終えてみるまで、残念ながらそれを観ることはできません。
それどころか、人生を終える段になっても、わからぬままの人も多いでしょう。

完成図は、私達自らが決めています。
全員がそうです。
他者から決められた完成図を作成する人は、一人もいません。
自ら決めた完成図を、自らの手で完成させたい!
と願うのは、私達人間の本能と言ってもよいくらいです。

では、自ら決めた完成図をあらかじめ知ることは絶対に不可能なのでしょうか?
実はそうとも限りません。
完成図のすべてを知ることは無理かもしれませんが、その片鱗を知ることは可能です。
むしろその片鱗が、自らのビジョンとなり、願いとなり、人生の指針となってくれることもあります。

そしてさらに言えば、その片鱗は、すでにほとんどの人が、観えています。
観えているのですが、観えていることに気づいていない人が多いのです。
自分が本当に望む人生とは何か?
その答えは、もう、観えているのです。

人は、8次元の愛を注がれると、その片鱗に気づきやすくなります。
8次元の愛を注ぐ人のそばにいると、望む人生が、どんどん観えてきます。
自分のすでに持っているパズルのピースが次々に見つかります。
あっ、これはここにはめればいいんだ!
次は、ここだ!
・・・と、人生の一歩一歩が格段に速くなります。

そして、完成図の片鱗に基づいて人生の道を歩み始めることで、その人の意識の次元も一気に高まります。
その人自身が、8次元の愛を発するようになるでしょう。
すると、さらに片鱗に気づく人が多くなり、その人達も愛の次元を高め、・・・。

愛とは「一つ」に戻るパワーですが、「一つになる」とは、一人ひとりの「開放」を意味します。
一人ひとりが自身を開放させ、本当に自分らしく人生の完成図に向かうことで、私達は「一つ」に戻る道を、全体で歩むことができるようになります。
つまり、人類の進化とは、一人ひとりが本当に望む人生を目指すことによってのみ、成されます。
それ以外の道は、・・・ありません。

自分の開放。
願いの開放。
今、私達が最も望んでいることです。
その望みを「大切にすればいいんだよ。」と、伝える存在が必要です。
それが8次元の愛の実践者です。

つづく

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。