こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年12月30日

8次元の愛 128 〜希望の一年へ

上手くいったこと。
上手くいかなかったこと。
年の暮れを迎えますと、
そんな視点から一年間を
振り返る人も
多いと思います。

今年は充実していたなぁ。
今年は停滞したなぁ。
一年を通じての印象も
人によって様々です。

どのような一年だったとしても
その一年は次の一年に
つながります。

地球が太陽の周りを一周する。

その周期に合わせ私達は
人生の節目を決め、
その節目節目に
自分自身を振り返りながら
生きています。

節目をつくることも自然の流れ。
節目を大切にすることで
私達は、私達自身を
自然な状態に戻そうと
しているようです。

・・・・・
希望。

今年ほど、
この一言が身に沁みる一年は
ありませんでした。

私達は
希望と絶望の狭間で
生きています。

絶望を避け、希望に向かいたい、
と誰もが望んでいますが、
現実は、そんな私達を
まるでもてあそぶかのように
絶望の方向へ
引きずり込むことがあります。

そして、
絶望を避けるために現実を避ければ、
私達の絶望はさらに深まります。

絶望を避けるために現実と向き合えば、
私達の絶望の中に
かすかでも、希望の光が
灯り始めます。

その極限における人生の選択を
迫られた人が多かったのが
この一年でした。

それは何も大震災のことだけを
言っているのではありません。

大震災は、
今年の私達の人生で起きていることの
一つの象徴です。

大震災に直接関わりを持たなかった人でも
希望と絶望の狭間で翻弄された人は
今年は特に多かったようです。

・・・・・
自分の人生と真摯に向き合うことを
今の私達は、求められています。

人生と向き合うとは、
自分の心と向き合うこと、
自分の現実と向き合うこと、
です。

私達には、私達の課題があります。
人生の「今のテーマ」があります。
それが何か?を真摯に見つめ、
そのテーマに向かい続ける覚悟が
本当に必要とされる一年でした。

そんな視点から振り返ると
いかがでしょうか?

私は、
私の「今のテーマ」と
真摯に向き合っただろうか?

テーマから
目をそらしていなかっただろうか?

テーマに向かう次の一歩を
淀みなく踏み出し続けていただろうか?

自分自身のテーマを
愛し続けていただろうか?

「今のテーマ」とは、
私達が私達自身に向けた
人生のプレゼントです。

それに真摯に向き合い続けることで、
私達の心も現実も
必ず開かれていきます。
向き合えば向き合うほど、
楽になっていくのが、
本来のテーマです。

一年前の自分よりも
今の自分の方が、
ちょっと苦しいかな、
と思われる人は、
今一度、自身のテーマを
しっかりと見つめてみましょう。

・・・・・
来年、2012年は、
とてつもなく重要な年となります。

この一年の在り様で、
人類の歴史は変わります。

真本音の時代に入れるかどうかは、
この一年の私達に
懸かっています。

だからこそ、
楽に自然に生きていきましょう。
肩の力を抜いた状態で
進みましょう。

風を感じる一年にしましょう。
自然にあるものを、
ありのままに感じ取れる
自分でいましょう。

希望の一年となれるよう、
今のこの瞬間に
私達の希望を抱きながら
楽しく進みましょう。

つづく

2011年12月28日

8次元の愛 127 〜迷いの中の確信

人生を生きる意味を
自らに問い続けている人が
増えています。

しかしその答えは、
なかなか見つかりません。

残念ながら、
頭で考えただけで発見できる
答えではありません。

問い続けることに意味がありますが、
問い続けるだけでは
決して答えには行き着きません。

かと言って、
問い続けないと、
答えには近づきません。

人間とは、
人生を生きるから人間です。

ということは、これは
人間そのものが何か?
を問うています。

そして、
自分とは何か?
を問うています。

様々な角度から
一般論として答えることはできるでしょうが、
それだけでは納得しないのが
今の私達です。

一口に
「人生を生きる意味」と言っても、
求めている答えは、
人それぞれだからです。

・・・・・
今、
人生を走る人も増えています。
増えている、というよりも
急増している、と言った方が
よいでしょう。

これまで経験したことのないスピードで
走り始めています。

それは未知のスピードですが、
自分がなぜ走り始めたのか?
わからないままに
走り始めています。

時々、
自分が走っていること自体に
気づいていない人さえいます。

問い続ける人が増え、
走り始める人が増えているにも関わらず、
誰も、その答えや理由を
知りません。

それが今の時代の特徴です。

・・・・・
私達の欲しい答えは、
もはや、外にはありません。

いかなる情報を探しても、
本当に満足のいく答えには
巡り合えません。

答えは、
自分自身の中にしか
存在しないのです。

自分の答え、
を自ら見つける他に
方法はありません。

しかしそれは
考えても見つかりません。

・・・・・
あなたはなぜ、
人生を始めたのですか?

あなたはなぜ、
前に進むのですか?

あなたはなぜ、
走り始めたのですか?
もしくは、
走り始めようとしているのですか?

その問いには、
必ずその人が主体となる
その人ならではの
意図があります。

魂の意図です。

・・・・・
さて、結論です。

答えを見つけるためには、
見つかる場所まで進むことです。

今、見つからないものは
ここでは見つかりません。

見つからないままに
進むのです。

問いのみを持ち、
進むのです。

すると、
問いを大切にし続けた人のみ、
必ず、答えの見つかる場所に
たどり着きます。

その場所に立つことです。
それが、唯一の方法です。

・・・・・
自身に問いを投げ続け、
しかし、頭で解釈はせず、
ただただ
現実と向き合い続けます。

現実をよく観て、
次の一歩を
最も素直に出し続けます。

気持ち悪い方向には
行きません。

最も素直に
気持ちのよい方向にのみ
進みます。

それがわからない場合は、
そこでわかるまで
待ちます。

以上を行ない続けることで、
自然に
その場所に、
私達は向かいます。

そして、
そんなに遠くない未来に
答えのある場所の存在を
感じ始めるでしょう。

・・・・・
私達は迷える存在かもしれません。
でも、どれだけ迷っても
次の一歩だけは、
必ず、いつかはわかるように
なっています。

その、
わかることを
わかるまで
しっかりと待ち、
わかったら
わかった通りに
進むのです。

それが、
探している答えのすべてを
見つけられる道となります。

迷いながらも、
確信をもって
進みましょう。

つづく

8次元の愛 126 〜私達のハーモニーを

明日には明日の風が吹く。

その通りですよね。
ただ、明日の風を吹かせるのは
今日の自分です。

今の自分です。

そして風は、
吹く風しか吹きません。
吹かない風は
決して吹きません。
当たり前のことですが。

吹いてくる風は、
すべて必然です。

そしてそこには、
私達の表層の意図、
つまり、反応本音レベルの意図を
超えた意味があります。

吹いて来る風と向き合うことは
大切です。
しかし、
吹いて来る風の意図を、
考え過ぎても
決して、本当の答えには
たどり着けません。

私達は、
風をありのままに感じ、
その風に委ねながら、
しかし、次の一歩は自ら決め、
踏み出し続けるのです。

自らの表層の意図に基づいた解釈でなく、
委ねることで自然に理解できる
風本来の意図をキャッチすることです。

風の声を聴くことです。

すると、
すべてのことに合点がいき、
自分が今ここにいる意味と
自分かこれからすることの意義を
実感できます。

・・・・・
時には人は、
風そのものになることも
あります。

人は自ら起こした風に乗り、
風そのものとなって
多くの人の心に
流れ、触れ、影響を与えます。

風とは音楽のようなもので、
複数のものが合わさり、
一つになったり、
調和(ハーモニー)を
奏でたりします。

風の音を聴いていると
メロディーを感じることが
ありますね。
私達には私達それぞれの
メロディーがあります。

自分の本来のメロディーを
奏でることができれば、
そのメロディーと共鳴し、
ハモれる風が、
自然に集まって来ます。

・・・・・
私達人類は、
明日、
どのような風を吹かせ、
どのようなハーモニーを
奏でるのでしょうか。

それは不協和音になって
しまうでしょうか。

それとも
美しい旋律を
響かせるのでしょうか。

いろいろな思考錯誤を経て、
不協和音を経て、
初めて本当のハーモニーは
生まれます。

整い過ぎるハーモニーよりも
ちょっと遊び心があり、
さらにさらに良くなっていく
可能性を感じるハーモニーが
楽しいですね。

小さくまとまってしまうハーモニーよりも
多少ハチャメチャなくらいが
我々人類っぽいですね。

人間っぽいですよね。

私達らしいハーモニーを
奏でればよいのです。

綺麗にしよう、とか、
美しくあろう、とか、
考えるよりも、
自由に素直に、
心を開放し、
自らの愛を開放し、
楽しくハモりましょう。

すると、
結果的に、
これまで見たこともないような
美しいハーモニーが
生まれるかもしれません。

逆に言えば、
これまで見たことも
経験したこともないくらいの
ものが生まれる。
という大きなチャンスに、
今の私達は
いるということです。

反応本音の時代から
真本音の時代への転換点。

それは、
今、
しかないのですから。

つづく

2011年12月26日

8次元の愛 125 〜果てしない道のリーダー

見渡す限り続く荒野が
あったとします。

そこに、ポツンと
一人で立っているとします。

頭上には、
どこまでも青空が広がっています。

見えるものは、
大地(荒野)と青空しか
ありません。

たった一人です。

あなたはその時、
孤独を感じますか?
自由を感じますか?

不安を感じますか?
希望を感じますか?

・・・・・
そこで何を感じるか?は、
その人の個性によるものでは
ありません。

その人の、その時点での
意識の次元によります。

意識の次元が低ければ、
その人は、
孤独と不安を感じます。

意識の次元が高ければ、
その人は、
自由と希望を感じます。

同じ現実であるにも関わらず、
その捉え方は正反対。
そして、
その後の行動も大きく変わります。

孤独と不安を感じる人は、
「この世は苦しみだ」
と言うでしょう。

自由と希望を感じる人は、
「この世は楽しい」
と言うでしょう。

現実は同じ。
捉え方の違い。
それを生み出すのは、
次元の違いです。

・・・・・
真本音の時代に入る、とは
端的に言えば、
人類の次元が一気に
高まることを言います。

それにより、
同じ現実が、
違ったものとして捉えられ、
私達は、
これまでとは違った道を
拓くことができるようになります。

ただしそれはゴールではなく、
始まりに過ぎません。
真本音の時代に入った私達は、
そこからさらに
次元を高め続けます。

その先には、
果てしない道のりがあります。
今、イメージしていただいた
大地と青空よりももっと
ずっとずっと
果てしなく続く道です。

しかしそれは、
進めば進むほど、
幸せに満ち溢れる道です。

・・・・・
その道に入れるかどうか?
その瀬戸際に
今の私達はいます。

瀬戸際では、
様々なことが
必然的に起こります。

混乱、混沌、破壊、崩壊。
その一方で、
創造、開拓、安定、調和。
両方が同時に起こります。

前者も後者も
私達自身が起こしていることです。
両方を起こしながら、
私達は、自分自身を試しています。

我々は、価値ある存在かどうか?
本当に、道に入っていける存在かどうか?

自分自身でしていることです。
私達が
私達自身を試しているのです。

・・・・・
真本音の時代に入るための
奇抜な方法は
ありません。

真本音の時代に入るためには
今ここにおける「一歩」を
大切にすることです。

次の一歩、次の一歩を
大切にすることです。

それは地道な道ですが、
それこそが、最大最高最善の
歩み方です。

それを私達一人一人が
行ないます。
自分の人生を、とことんまで
大切にするのです。

これまでの時代のように、
特定の人がリーダーとなるのでは
ありません。
すべての人が
リーダーです。

自分自身をリードする
開拓者です。

社会的なリーダーとは
「役割」に過ぎません。
リーダーに依存する時代は
終わりです。

自分の人生は
自分が創る。

そのシンプルさ。

それが世の中全体を
調和します。

リードしましょう。
自分自身を。
それが最も幸福なように、
私達人間はできているのですから。

つづく

2011年12月25日

8次元の愛 124 〜楽な方へ行くからこそ

苦労は買ってでもしろ。
という言葉があります。

とても大切な言葉だと思いますが、
真本音の時代では、
ちょっと違和感が出ます。

真本音の時代では、
自ら苦労に飛び込むことは
回り道になります。

心の楽な方へ、
楽な方へと進むことで、
道が開くようになります。

そしてその道を進むことで
必然的に、苦労はついてきます。

しかしその苦労とは、
本人は「苦労である」とは
思っていません。
本人は至って楽しんでいます。
ただ、
周りからすれば、
よくあんなに頑張れるなぁ・・・。
という風に映るだけのこと。

自分が楽しく進む道の途上で出会う苦労こそが
本来の苦労であり、
魂の成長につながるものです。

それが、より明確になるのが
真本音の時代の特徴であり、
すでにその兆候は
あらゆるところで現れています。

・・・・・
表面上の「楽」と、
心の深奥における「楽」とは、
真逆になることもあります。

例えば、最も顕著なのは、
「逃げよう」と思って選んだ道が、
最も厳しかったという現実です。

反対に、
無理を承知で、勇気をもって進んだ道が
あっという間に開け、
何の苦もなく進むことができた、とか。

こういったご経験は
どなたにもあるのではないでしょうか。

反応本音レベルで感じる「楽」ではなく
真本音で感じる「楽」を選ぶことが
ポイントですね。

・・・・・
くどいようですが、
真本音で生きるのは、楽ちんです。

反応本音のみで生きるのは、
苦しいです。

人生は苦しい、という観念は、
反応本音で生きることで
強化されます。

真本音で生きれば、
いつも道は開けている実感が
あります。

その道で、どのような苦労に出会っても、
どうしても
道が閉ざされているとは
思えないのです。

思おうとしても
思えないのです。

悲観的になろうとしても、
なれないのです。

いつも、自分の先には
明るい未来が輝いています。
それは思い込みではなく、
実在の明るさです。

思い込みの明るさは、
自分をより不安定にさせますが、
実在の明るさは、
自分をより安定させてくれます。

その中で出会う苦労が
いったい、
いかほどのものでしょうか。

・・・・・
真本音で生きること。
それは、特別なことではありません。

それこそが、
私達の自然体です。

私達は、
自然に戻るだけです。

正常に戻るだけです。

それが真本音の時代。
皆が素直になれる時代。
皆が自然に生きる時代。

人間が
本来の人間としての幸せを
取り戻す時代です。

つづく

2011年12月24日

8次元の愛 123 〜早く思い出せるといいね

何の意図も持たずに
ここにいると、
自分の本当の意図が
観えてきます。

私達は、私達自身の本当の意図を
知らないことが多いです。

しかも、
本当の意図は、
知らない方がよい、ことも
多いです。

意図を知らずして
意図通りに生きている。
「なんで、こうなっちゃうんだ!」
と憤慨している人ほど、
実は、意図通りに生きている。

私達には
そんな面白い一面があります。

・・・・・
やがて私達は
知ることになるでしょう。

私達に共通している
本来の意図を、です。

なぜ私達が
ここまでこうして歩んで来たか?
なぜ、
今、こうしてここにいるのか?
そしてこれから
何をしようとしているのか?

私達には
共通の願いがあります。
それに基づいて、
今ここにおける共通の意図を
お互いに確認し合いながら
関わりを持ち続けています。

魂のレベルでの話です。

・・・・・
魂のレベルでは、
いつも私達は表層とは随分様相の異なる
会話を為しています。

表面上はケンカをしていても
魂同士は、
愛を確認し合っているというケースは
非常に多いです。

逆に、
仲間としての行動をとりながらも、
魂同士が
お互いにもっと距離を置こうと
し合っているケースも
非常に多いです。

私達の魂は、
共通の意図に基づき、
お互いの関わり方や
今、共に何をすべきか?
今、共に何をすべきではないか?
などを、ちゃんと確認し合いながら
共に選択しています。

そのコラボレーションを
キャッチできるようになると、
人の営みがいかに尊いものか、を
感動と共に理解することができます。

・・・・・
愛とは、
一緒にいることだけが
重要ではありません。

離れることにより、
愛のパワーを与え合うことも
もちろんできるのです。

3次元レベルでは
愛のカタチは様々です。

しかし、
魂のレベルでは、
私達はいつも「一つ」として
物事を観ています。

「一つ」だからこそ
共通の意図を持てるのです。

3次元のカタチに揺らされるよりも
私達の内側から湧く
素直な発想を、
「一つ」から生まれる発想を
まずは信じ、
実行してみましょう。

そうすれば
私達が、共通の意図を思い出せる日も
より近づくことでしょう。

つづく

2011年12月22日

8次元の愛 122 〜まだ間に合うから

またたく間に
時は過ぎてゆきます。

一日一日、
一年一年、
あっという間に
過ぎ去っていきます。

同じ時は二度と
戻って来ません。

今この瞬間は、
二度と
現れることはありません。

これが私達の世界の原則。

この原則。
結構、きついっすね。

・・・・・
もし、
時を自由に戻すことができるなら、
私達はもっと
心穏やかに
今を過ごすことが
できるかもしれません。

でも、
今というこの瞬間に
向けられる真剣さは、
かなり減退するでしょう。

私達は真剣です。
今を生きることに真剣です。

もちろん、
心の表層では、
真剣ではない人は多いです。
でも、
心の根底では、
皆、真剣に
今を生きています。

今は、
今ここにしか
存在しないからです。

・・・・・
人生に
後悔はつきものです。

後悔するから
成長にもつながります。

何度もやり直せられる世界なら、
後悔というものは
あまり意味を成さなくなります。

ですから、
後悔するときは
思いっきり後悔することですね。

・・・・・
人生では、
後悔もあれば、
一方で、
満足を感じることもあります。

これも、
今は今にしか存在しないからこそ、
感じられることです。

満足の瞬間は
誰もが増やしたいと
思っています。

後悔よりも満足の人生がいい!
と思っています。

その願いも、
今は今にしか存在しないからこそ、
強く湧くものです。

・・・・・
3次元の世界は、
時間が一方向にしか
流れません。

3次元の世界は、
きついっすね。

でも、この世界にあえて
私達は生を受けました。

今が今にしか存在しない世界に
私達は覚悟をもって
生まれてきました。

その覚悟を
今こそ、
思い出し、
尊重するときです。

この世界だからこそ
できることが何か?
私達は
よく知っています。

この世界だからこそ
できることを
実践するために
私達は
ここに来ました。

その、願いを
今こそ、
思い出し、
尊重するときです。

・・・・・
私達は、
今ここからしか
始めることは
できません。

私達は、
今この瞬間に
生きることしか
できません。

今、
を大切にしましょう。

今ここにしかない今を
尊重しましょう。

始めるのは
今です。

願いに向かうのは
今です。

まだ
始めていないな、と
感じる人は、
今こそ
始めるときです。

今なら
まだ
間に合います。

つづく

2011年12月21日

8次元の愛 121 〜運命を開放する

運命って、
何だと思いますか?

「運命」とは
「命を運ぶ」と書きますが、
その本来の意味は、
「命の軌跡」
ということです。

つまり、
私達の命がたどってきた足跡
ということです。

つまりそれは、
過去のことです。

つまり運命とは、
過去に向けられた眼差し
から生まれるものです。

・・・・・
私達は、
自分自身の過去の軌跡を振り返り、
そこに「運命」を
感じます。

そして、
その延長線で
未来を見つめます。

「私には、こういう運命があるのだ」
という眼差しで
未来を見つめます。

・・・・・
それは、
自分の未来に対する
自分の解釈
に他なりません。

思い込みです。

そして、ある程度
その思い込み通りに
実際の未来は創られます。

それを体験して
また私達は思います。
「これが私の運命だ」
と。

・・・・・
つまり、運命とは
自らの解釈(思い込み)により
創られる、
ということです。

運命に縛られる生き方とは
自分自身の解釈に縛られる生き方
ということになります。

これが、
反応本音の時代の
特徴です。

・・・・・
今、私達は
真本音の時代へ
入ろうとしています。

そこで最も大切なことの一つは、

運命の開放

です。

自分自身を見つめる
自分自身の解釈からの
開放です。

開放のために必要なこと。
それは、
自分自身をもっと愛すること
です。

・・・・・
愛とは、
一つに向かうパワーです。

私達の心は、
一つではありません。
私達の心の中には、
様々な自分が
分離された状態で存在しています。

それらの自分は、
自分同士なのに、
足を引っ張り合うこともあります。

分離された自分達を
一つに統合、融合させていく。
それが、
自分を愛する、ということです。

・・・・・
そして、統合・融合のための
第一歩は、
自分自身の中のリーダーを決める
ということです。

その時点での
最高のリーダーを決め、
リーダーに基づいて
いつも行動します。

それにより、
私達の心は徐々に
統合されていきます。

・・・・・
リーダーとは
その時点での最高次元の自分が
最も適任です。

次元が高まるほど、
私達の心は、
強く、大きく、広く、深く
なります。

その時点で最も
強く、大きく、広く、深い
自分をリーダーとします。

つまり、それこそが
真本音です。

真本音とは、
その時点での最高次元の私。
自分自身の心の
リーダーたり得ます。

・・・・・
真本音で生きること。
それによる影響は
計り知れません。

真本音で生き続けることで
私達は、
これまで全く知らなかった自分と
出会うでしょう。

でも、それこそが
本来の自分です。

本来の自分と出会うことで、
私達は、
自分の運命を
超えて生きることが
できるのです。

運命とは、
ただの軌跡。
未来とは、
完全なる自由をもって
展開する。

それが、
真本音の時代の
特徴です。

つづく

2011年12月19日

8次元の愛 120 〜シンプルな影響

私達が生きている限り、
私達は自分以外の何かに
何らかの影響を
与え続けています。

そして同時に、
自分以外の何かから
何らかの影響を
受け続けています。

影響の与え合い。

それが
生きる、ということ。

ところが、
すべては一つです。

一つである私達は、
影響を与え合うことにより
何をしようと
しているのでしょうか?

・・・・・
その答えの一つは、
進化です。

進化とは、
一つである私達が
一つである意味と意義を
身を持って体験することにより
為されます。

それは、
世界の進化とも言えますし、
宇宙の進化とも言えます。

宇宙とは、
私達の外部にありますが、
同時に
私達の内部にも
まったく同じものが
存在しています。

私達一人ひとりの体験と成長は
宇宙全体の進化に
直結しています。

・・・・・
影響を与え合うことで
私達がしようとしていること。
そのもう一つは、

「新たな調和」

を創ることです。

私達一人ひとりが成長をするとき、
心の内部(在り様)が変化します。
それと同様に、
一つである私達全体は
成長することで
宇宙に新たな秩序を
創造しようとしています。

それが、
新たな調和です。

3次元のこの世界では、
一つの創造をするためには
どうしてもその前に
何かを壊さなければなりません。
それが、大規模な創造であればあるほど
破壊の規模も大きくなります。

厳しい世界です。

今の時代の私達が
根底からの不安定さに
揺れているのは、
かなり大規模な創造を
しようとしているからです。

新たな創造、
その結果としての
新たな調和の基礎ができあがるまで
この不安定さは続きます。

・・・・・
言うまでもなく、
調和の基礎を創るのは、
私達一人ひとりです。

残念ながら、
「それは誰かがやればよいことだ」
という意識があるだけで、
そのスピードは減退します。

世界の現実を
自分事として捉える眼差しが
今は、まさに
求められています。

とは言え、
私達がすることはシンプルです。

自分の本当に望む人生を
一日、一日、
創り上げるだけのことです。

目の前の現実と向き合い、
自身の真本音に基づき、
次の一歩を決め、
その通りに行動するだけです。

それ以上に
有効な方法は
存在しません。

・・・・・
私達は生きている限り、
影響を与え合っています。

であれば、
自らの真本音に基づいた影響を
発し続けましょう。

真本音からの影響は、
力強く、周りに波及します。
真本音の波は
次の真本音の波を起こします。

それは、
一人の心から
もう一人の心へ、
一つ一つ丁寧に
流れて行きます。

それが、
真本音の時代への道です。

つづく

2011年12月16日

8次元の愛 119 〜はっきり伝えよう

はっきりものを言う。
自分の意見を
しっかりと伝える。

淀みなく伝える。

普段、どれくらい
できていますか?

単純な話、
それができていないと
私達は
ストレスを溜めます。

しかしなかなか
できない人が多いようです。

できない理由の多くは、
それをすれば、
そこに、ぶつかり合いが
起こるから。
もしくは、
波風が立ちそうだから。
それが、疲れるから。・・・

なるほど。
そうかもしれません。

でも、
自分の意見を伝えることで
ぶつかり合いや、波風を
立たせている人は、
本当は、
本当の自分の意見を
伝えていないのです。

自分の言いたいことを
言っているつもり、
なのです。

だから、
波風が立ちます。

つまり、
意識的にも
無意識的にも
自分の「本当の意見」を
伝えないことによって、
私達の心も現実も
荒れていくことになります。

・・・・・
自分の意見を伝える、とは
争いを起こすことでは
ありません。

調和を生み出すことです。

調和とは、
「すべては一つ」であるという
真理の土台の上に
現実(現象)が
成り立っていくことです。

調和のために
3次元レベルでは、一時的に
波風が立つこともあるかもしれませんが、
それは、必要なステップであり、
そういった波風は、
むしろ心地よいものとなります。

最も大切なことは、
「自分の本当の意見とは何か?」
です。

・・・・・
自分の本当の意見とは、
一言で言ってしまえば、
「真本音の意見」です。

つまり、
その時点での
最も高次元の自分の意見
です。

真本音の意見とは、
その時の状況に揺らされることのない
本当の本音です。

本当の本音で、
今の自分は
何を思っているのか?

それが
自分自身でわかることが
とてつもなく重要です。

自分の意見をわかっているつもりで
それを表明し、
すぐにぶつかり合ってしまう人は、
それが
自分の真本音ではないのです。

その時の状況で生じた
反応的な本音、
つまり、反応本音だからこそ
ぶつかり合ってしまうわけです。

・・・・・
真本音と反応本音の見分け方。

それは、
その自分の意見を
しっかりと自分が見つめることです。
ありのままに
観ることです。

しっかり見つめた結果、
それが、だんだんと消えてしまったり、
それが、揺らぐような感覚がしたり、
それを表明することに
ほんのわずかでも抵抗感や疲労感が
ある場合は、
すべて反応本音です。

しっかり見つめれば見つめるほど、
心が開放される感覚があり、
自由になれるイメージがあり、
道が広がる気のするもの、
そして
見つめれば見つめるほど、
心が自然に安定してくるもの、
確信に満ちるもの、
それらが真本音です。

見つめることが大切です。

・・・・・
真本音の意見がない場合は、
何も言う必要はありません。

どれだけ反応本音が出ようとも、
何も言う必要は
ありません。

真本音の意見が出た場合のみ
それを、
明確に
淀みなく
相手に伝えてみましょう。

真本音であれば、
明確に
淀みなく
伝えられるはずです。

それのみを続けていけば、
コミュニケーションは
飛躍的に楽になります。

自分の意見を伝えれば伝えるほど
その場には
調和が起こるようになります。

真本音コミュニケーション。
これが
真本音の時代の
象徴の一つです。

つづく

2011年12月14日

8次元の愛 118 〜このブログ(テーマ)の意味

まっすぐに歩いて
生きていきたい。

誰もが、
そのような欲求を持っています。

しかし、
まっすぐに歩けない。

だからしょうがなく、
曲がる。

一度、曲がったら、
さらに曲がらなければ
ならなくなった。

で、さらに曲がる。

すると、さらにさらに
曲がらなければならなくなった。

で、さらにさらに曲がる。

そのうちに、
あれっ?
私はもともと、どこを
歩いていたっけ?

どこに行こうと
していたっけ?

わからなくなってしまいます。

曲がらなければ
生きていけないのが
現実世界の一つの
大きな側面です。

しかし、
曲がりながらも
私達は
自分自身を見失ってしまう
こともあります。

まっすぐに生きるとは、
自分に素直に生きること。
だから私はまっすぐに
生きるんだ!

と言いながら、
多くの敵をつくっている人も
います。

この現実世界で、
いったい私達は
どのように生きれば
よいのでしょうか?

・・・・・
紙に一本の線を横に引いてみてください。
5cmくらいの線で結構です。
その下10cmくらいのところに
点を描きます。

点が、私達だとします。
点は、今から上に向かって行きます。
だんだん上に向かうと、
さきほどの線にぶつかります。
その線のさらに上に行くには、
どうすればよいでしょうか?

紙の中は2次元の世界です。
ですから、5cmほどの線の横を回り込む
しかありません。

もし回り込んだ先に、
またもや別の線があったら
どうしましょう?

さらに回り込むしかありません。

これが何度も続けば、
最初に自分のいた場所、
これから進もうとした道のりから
かなり離れてしまいますね。

これを回避する方法は
二つあります。
線のあるなし、に関わらず、
とにかく自分の行きたい方向に
突っ切ってしまう、
というのが一つ。
しかしそれでは必ず、
線とぶつかります。
そこで闘いが起こります。

もう一つは、
2次元の世界から抜け出ることです。
3次元の世界であれば、
線を飛び越えることは
容易なことです。

・・・・・
今の私達にも
まったく同様のことが言えます。

3次元世界で曲がってしまうのであれば、
自分自身の次元を高めればよいのです。

心の次元を高めます。

すると、
簡単に、
答えが見つかります。

簡単に、
です。

・・・・・
3次元とは、
私達の心の反映として
現実化した世界です。

私達の心は
4次元以上の世界です。

そして自分のその時の心の次元の中で
私達は悩んでいます。

ですから、
4次元の心の人は5次元へ。
5次元の人は6次元へ。
6次元の人は7次元へ。
7次元の人は8次元へ。
と、
自分の次元を一つ高めれば
よいのです。

次元が高まることで、
これまで自分の抱いていた悩みが、
悩みではなくなります。
しかし今度は、その次元での
悩みが出てきます。

人間である以上、
悩みというのは尽きませんが、
ただ、一つ言えるのは、
高い次元での悩みであればあるほど、
それは、自分自身の使命や願いと直結した
ものとなり、
その悩みに向き合うことそれ自体に
使命感や幸福感を
感じるようになります。

そこまで来れば、
もうそれは、
悩み、とは言えなくなりますね。

・・・・・
そんな状態になれる
大きな境界線は、
8次元です。
まずは、多くの方々が
8次元までたどり着くとよいな、
と思っています。

そのために
このテーマ「8次元の愛」を
続けさせていただいてます。

今は、
読むだけで、高い次元の自分が
活性化する
という文章のみを
書かせていただいています。

できましたら、
理屈で内容を捉えるよりも、
文章を読むことで
心の奥底に
何となく生じる「何か」を
大切に抱いてください。

その「何か」は
皆様の高次元の意識からの
メッセージかもしれません。

ということで、
このテーマ、
まだまだ続きます。

つづく

2011年12月12日

8次元の愛 117 〜やめちゃえーっ!

やめたいこと、って
誰にもあると思います。

「ここは直したい」とか
「やめるべきだ」という
やめたいこともありますが、
ただ単純な希望として
「やめたい」と
思っていることもあります。

ところが、
自分の希望として「やめたい」ことを
やめられない人が多いようです。

それをやめることは、
自分のわがままなのではないかと
思われているようです。

もちろん、
やめることで、明らかに周りに
迷惑をかけてしまうことも
あるかもしれません。

でもあえて、ご提言します。

「やめよう」と思ったことは
やめちゃえーっ!
っと。

・・・・・
とりあえず
やめてみるとどうなるか?
を試してみてもよいと思います。

一時的でもよいので、
自分自身からそれを
手放してみましょう。

それを手放したことで
どれだけ自分が身軽になれるかを
体験してみるのです。

もしその身軽さが
心地良ければ、
いっそのこと本当に
やめてしまいましょう。

・・・・・
どうも私達は、
無駄なことを多く抱えすぎのようです。

ここで言う「無駄」とは、
私達自身の真本音にとっての無駄
ということです。

自分の望む人生にとっての無駄
ということです。

私達は、
もっともっと
シンプルに生きられるはずです。

シンプルになればなるほど、
私達の魂は活性化し、
真本音も活性化します。

これまでいろんなものを
抱え込んでいた自分が
とても滑稽に思えてきます。

・・・・・
そうです。
滑稽です。

無駄なものを必死に抱えて歩くのは
滑稽です。

5分外出するのに、
1週間分の生活用具を持って
「重い、重い」と言いながら
歩く人がいれば、
それは滑稽に見えるでしょう。

それと同じことをしている人は
実は、多いです。

馬鹿にしているわけではありません。
そんな自分を後から振り返れば、
自分自身で「滑稽だったな」と
思ってしまいます。

もっと楽に生きることができたのに。

それをするのは、
自分の意思一つだったのに。

と、後からわかります。

・・・・・
余分なものを降ろし、
身軽になって、
シンプルに自分らしく
自分の本当に望むペースで
歩いていきましょう。

スキップをしたいときはスキップをし、
駆け足をしたいときは、心地よく走り、
ゆっくり歩きたいときはゆっくりと、
止まって休みたいときはのんびりと。

そのように
自由自在に進みませんか?
自分の人生ですから。

これは、
わがままでも何でもありません。

面白いことに、
こういう生き方ができる人ほど、
周りの人が幸せになりますし、
自分の使命も願いも観えてきます。

そして身軽な分だけ、
周りの人達に意識を向け、
共に楽しく歩めます。

それは誰もができる生き方。
それこそが、
真本音の時代の生き方です。

つづく

2011年12月10日

8次元の愛 116 〜やさしくしてもいいよ

やさしさって何でしょう?

と、ある人に問いかけたら、

厳しさ、だと思います。

・・・と返ってきました。

では、
厳しさ、とは何でしょう?

・・・・・
人生とは、厳しいものですか?
それとも、やさしいものですか?

確かに、
厳しさとやさしさとは、
相反するものではありません。

むしろ、それは
共にあるもの。
一つであるものです。

それらをよくわかった上で、
あえてここでは
申し上げましょう。

私達は、
もっと自分を、
やさしくしてあげても
いいですよ。

・・・・・
本当の厳しさとは、
「厳しくしよう」
という意図のもとで
生まれるものでは
ありません。

本当に自分にやさしくなれば、
自分の真の願いや
自分の真の使命を
自分自身が、誰よりも
尊重し始めます。

そして
それに向かいます。

何としてでも、
それに向かいます。

無理に向かっているのでは
ありません。
本当に向かいたいので
自然に向かっています。

そんな人を
傍から見ると、
あぁ、自分に厳しい人だなぁ、と
見えるだけのこと。

本人はいたって
自分にやさしく接しています。
そこに悲壮感は
微塵もないのです。

真本音の時代を迎えるにあたり、
今の私達が
よくわかっておくべきこと。

それは、
悲壮感のある厳しさは、
本来の厳しさではない、
ということです。

本来の厳しさとは、
心の中が笑顔で溢れます。
自分の原点から
パワーが溢れ続けます。

そのパワーは、
やさしさの生み出すパワーと
何ら変わりません。

つまり、やっぱり
厳しさとやさしさは、
同じものなのですね。

・・・・・
本来のやさしさへの第一歩。

それは、
自分の「願い」や「望み」を
大切にすることです。

それができる人は、
自分自身だけでなく、
周りの人達の
「願い」や「望み」を
尊重できるようになります。

そうして
やさしさは広がり、
それに伴い、
厳しさも深まります。

やさしさも、厳しさも
その根元は同じ。
そこには必ず、
人々の「願い」が
あるのです。

真本音の時代とは、
願いの時代、です。

つづく

2011年12月09日

8次元の愛 115 〜私の原点は何色?

あなたの原点は
何色だと思いますか?

人には、原点があります。

それは、自分自身の源です。
その源は、
すべての源と一致しています。

しかし、
自分自身の源ですから、
その人ならではの、
「色」があります。

その色を認識することは、
これからの時代、
特に大切です。

例えば、
本当は、黄色の原点を持っているのに、
青い生き方をしている人がいます。

自分は「青の人間だ」と、
思い込んでいます。

そんな人が、
本当は、自分の原点は「黄色だった」と
知ることで、
人生は圧倒的に楽になり、
その人の輝きは増し、
あらゆる物事が、
自然に進むようになります。

ですから、
自分の中心に問いかけてみましょう。

「私の原点は、何色?」
と。

・・・・・
ところで、
地球の原点は
何色だと思いますか?

実は、ほんの少し前まで
それは、濃い赤色。
つまり、えんじ色でした。

しかし、最近それが変わりました。
少し淡い黄色となりました。

地球の本質的な個性に
変化が現れました。
真本音の時代の前兆です。

原点の色が変わっても、
すぐに現実が変わるわけではありません。
しかし、
現実を創り出す根源的な流れが
変わります。
それは、徐々に
現実世界に影響を現わしてきます。

・・・・・
自分の原点の色と、
隣の人の原点の色は、
お互いを打ち消し合うことは
決してありません。

自分の原点の色がわかれば、
それをお互いに
活かし合うことができます。

例えば、「赤」と「緑」。
真逆に位置する色同士だとしても、
赤と緑だからこそ創り出せる
独特のグラデーションを
現実世界に醸し出します。

赤と緑って、
クリスマスみたいで
楽しそうですよね。

・・・・・
真本音の時代とは、
そこに存在するすべての人達が、
その人達だからこそ醸し出せる
グラデーションを
共に描き続ける時代です。

しかも、
そのグラデーションは
常に進化を続けるでしょう。

赤と緑が反発するのではなく、
赤と緑が愛し合う時代。

愛とは、
「一つ」に向かう力。

様々な「色」があるからこそ、
愛も進化します。

それが、真本音の時代です。

そのためにも、
まずは自分自身に目を向けましょう。

あなたの原点は、
何色でしょうか?

つづく

2011年12月08日

8次元の愛 114 〜お気楽に迷いをなくす

あがく時は、あがく。
委ねる時は、委ねる。
そのメリハリは、
とても大事です。

私達がストレスを生み出す
最大の要因の一つは、
心の中途半端さ、です。

今、どうしようか?と、
心の中に迷いを持ちながら動けば、
迷いのエネルギーによって
動きのエネルギーが減退します。

迷いのエネルギーとは、
心の中の引っ張り合いによるエネルギー、
負のエネルギーです。
綱引きのように、
それはとても疲弊します。

せめて、
心の中の綱引きを終えてから、
動き出すことをお勧めします。

・・・・・
ところが、
それができれば、
最初から苦労はしません。

人生、
迷うことばかりです。
迷わずに行けることの方が
圧倒的に少ないでしょう。

今日、何食べようか?

その問いすら、
迷いの一つです。

・・・・・
人生とは、
迷うようにできています。

それが3次元世界の特徴です。

3次元世界では
いついかなるときも
その時その瞬間に選べる選択肢は
たった一つです。

私達は、
一つに意識を向け、
一つの行動しかできません。

ところが、心の中には
複数の選択肢がありますから、
迷うのは当然です。

・・・・・
しかしそれでも
迷わずに生きる方法を
皆、求めます。

そして、
それは可能です。

選択肢を観た瞬間に、
確信が生まれ、道を決める。
そんな生き方は
誰もが可能です。

それをするためには、
心の中がクリアであること。
それが必須条件です。

逆に言えば、
心の中をドンヨリとさせるもの
があります。
そのドンヨリを生み出すものが、
また、
迷いでもあるのです。

つまり、
迷う癖のついている人は
どんどん心がドンヨリとし、
余計に迷いやすくなる
ということです。

・・・・・
その悪循環を断ち切る方法。
その最も楽な方法は、
心の中心で決める、
ということです。

頭で考え、
思考を経て決めるのを
もう、やめてしまうのです。

心の中心とは
おへその奥です。

そこで、決めてみます。

最初は、怖いかもしれませんので、
安全だと思えるところから
試してみてください。

今日、何食べようか?

このあたりから
やってみてはいかがでしょう?

・・・・・
迷いのない人生にするための取り組みは、
お気楽に行なうのが一番です。

心の中心に行けば行くほど、
私達の意識の次元は高まります。

高い次元の自分自身に
委ねてしまっても
よいのでは?

それを、しやすい時代に
今は、入りつつあるのです。

自分の確信を信じるスタートとして、
自分の中心を信じるところから
始めてみませんか?

つづく

2011年12月07日

8次元の愛 113 〜帰る場所に帰ろう

帰る場所。

帰る場所がありますか?

それはどこですか?

そこには、何がありますか?

それは、
どのような場所ですか?

もし、それがなくなったら、
どうなりますか?

もし、それが変容したら、
どうなりますか?

もし、それが進化するなら、
どのように進化してほしいですか?

帰る場所。

それは、何ですか?

あなたにとって、
何ですか?

・・・・・
帰る場所をわかっている人は
幸せです。

しかし、
「ここが帰る場所である」と
わかっていても、
どうもしっくりこない、
違和感がある、
という場合もあります。

そんな場合は、
その「違和感」を
大切にしてみましょう。

それは、
本当の帰る場所の
ヒントであったりします。

・・・・・
結論を申し上げます。
すべての人には、
きちんと
帰る場所があります。

しかし、すべての人が、
それを正確に知っているか?
と問われれば、
NOとなってしまいます。

本当の帰る場所は、
必ずあります。

ならば、そこに
帰りましょう。

・・・・・
帰る前に、
私達には、すべきことが
あります。

したいことが
あるはずです。

すべきこと、
したいことを
しっかりと為すことで、
私達は本当に、
帰ってもいいな、と
自分自身にYESを出します。

逆に言えば、
YESを出すまでは、
帰る場所には帰りたくない、
というのが、
実は私達の本能です。

それに素直に生きる人は、
為すべきことをきちんと為し、
願っていることを
きちんと叶えます。

一つ、一つ、実践し、
一回、一回、
きちんと帰ります。

そのメリハリが、
力強い道を創ります。

それは、
私達だからこそ
生み出せる道です。

・・・・・
人にとって、帰る場所とは
なくてはならないものです。

だからこそ、
大切にしたい。

だからこそ、
素直に帰りたい。

そういった
私達自身の望みを
私達自身が
大切にしましょう。

つづく

2011年12月06日

8次元の愛 112 〜自分を一つに戻そう

「本来の自分」と
「今の自分」が、
分離した状態で存在する。
・・・という人がほとんどです。

これが本来の自分だ!
と思っても、
さらにその奥に、「本来の自分」が
顔を覗かせます。

奥へ行けば行くほど、
次々に、自分を取り戻す実感を得ますが、
それは、永遠を思わせるくらいに
果てしなく続きます。

「自分」とは、
奥深いものです。

・・・・・
「本来の自分」が
「今の自分」を見兼ねて、
声をかけてくることもあります。
「ちょっと、ちょっと、
 そっちじゃないよ。
 本当は私は、
 こっちに行きたいんだよ!」
と。

それはまるで、他人から
語りかけられているようです。
本当は、その声こそが「本来」なのに、
「自分がおかしくなってしまった」と
勘違いする人すら、います。

何が「本来の自分の声」で、
何が「ただの反応の声」なのか?
その区別がつくようになれば、
人生は、とても楽ちんです。

・・・・・
私達には翼があります。
それは、その人なりの翼。
個性的な翼です。

「本来の自分」は、
自分がどのような翼を持っているか?を
誰よりもよ〜く知っています。
そして、
その翼を活かす術も知っています。

翼があるにも関わらず、
その翼を活かさない方向に
私達が人生を進めようとすると、
「本来の自分」は
それを止めようとします。

心の中に何となく抵抗感を持ちながら
生きているな、と感じたら、
「本来の自分」のメッセージを
きちんと聴くとよいでしょう。

「本来の自分」は
いつでも私達にメッセージを
贈り続けています。
それは、
あたたかいメッセージです。
間違っても、
自分を責めることはしません。
誰よりも、
自分自身を励まし、
勇気づけようとしています。

いつも、自分自身を
見守っています。

その眼差しを感じることのできる
私達でありたいものです。

・・・・・
私は、
私を活かそうとしています。

現象に反応するだけの私ではなく、
本当に大切なものを
大切にできる私として、
生きていきましょう。

そうすれば、
私は、
完全に「一つ」に
融合されます。

それが、
「もとに戻る」ということ。
「本来に戻る」ということです。

皆が
「一つ」に戻るためには、
まずは、
自分自身が
「一つ」に戻ることですね。

つづく

2011年12月05日

8次元の愛 111 〜情けないままに

人は、情けないところを
たくさん持っています。

情けないところは
誰にも見せたくありませんし、
自分でも見たくありません。

なので、目をつぶります。

目をつぶるのですが、
それは、そこにちゃんとあります。

人は、その情けないところを
直したい、と思います。
そして、努力します。

しかし、なかなか直りません。

なんで自分には、
こんなに情けないところがあるのだろう?

なんで人には、
こんなに情けないところがあるのだろう?

なんで、どれだけ直しても、
情けなさは、次から次へと生まれるのだろう?

嘆きたくなりますね。

・・・・・
やがて私達は、
「真本音の時代」を迎えます。

そこでは、
多くの人達の可能性が
開花し始めます。

「これが人間の限界である」と、
これまでの私達が思い込んでいたものが、
徐々に外されていきます。

私達が不可能であると思い込んでいた
諸々の物事が、
解決されるようになります。

人生の悩みも、苦しみも、
そして「情けなさ」も、
これまでとは違った次元と視点で
観えてきます。

特定の誰かが、他の誰かを引っ張ることで、
その時代を実現させるのではありません。
一人ひとりの生き方そのものが、
時代を自然に創るのです。

「真本音の時代」とは、
「情けなさ」が「可愛げ」に変わる時代、
と表現することもできます。

・・・・・
目の前にある、
ありとあらゆるものが、
これから次元を高めていきます。

見えるカタチは同じでも、
そのカタチを「形創っているもの」が
変わります。

すべての「現象」は結果です。
その結果を生み出す「原因」が
変わります。

共に、「真本音の時代」に
行きましょう。
今の「情けなさ」を
そのまま持ちながら。

自分を直そうとする必要は、
もはや、ありません。

本来の自分を出しましょう。
もっともっと、
自分の「あるがまま」を
開放しましょう。

それが、「真本音の時代」を迎える
最大の「原因」となるのです。

つづく

2011年12月04日

8次元の愛 110 〜自分と向き合う法D

私達はいつか必ず、
自分の最期を体験します。
それが、いつどのような形で
訪れるのかは、
わかりません。
しかし、必ず訪れることは
誰もが知っています。

そしてそれを受け入れています。

死を受け入れた上で進むのが、
私達の人生です。

死は怖いです。
私達は、死を避けようとします。
それが、人間の、というより生物の
本能の一つです。

死を受け入れる根底の自分の上で、
死を避けようとする自分がいます。

これは矛盾でしょうか?

いいえ、そうではありません。
それが、人間です。
それが、生き物です。

・・・・・
宿命。
避けては通れない道。

死も宿命の一つですし、
人生を生きるということそのものも
宿命かもしれません。

私達の魂には、
役割があります。

それぞれの役割。
これも宿命でしょう。

・・・・・
私達は、「宿命」を
どう取り扱ったらよいのでしょう?

「宿命」と
どう向き合えばよいのでしょう?

多くの場合、
私達は、「宿命」を重く捉える傾向があります。
深刻に捉える傾向があります。

宿命から逃げてはならない、と
自らを鼓舞する傾向があります。

しかし本当は、
「宿命」とは、
私達を楽にしてくれる
最大の要素なのです。

別表現を使えば、
「宿命」とは
私達の魂の力となるのです。

決して、
私達を縛ったり、阻害するものでは
ありません。

・・・・・
自分自身の「宿命」だと思われることを
一つ挙げてみましょう。

そして、それを観つめます。
ありのままに観つめます。
さらに観つめます。
もっと観つめます。
もっと、です。

観つめることで、
心が苦しくなるかもしれません。
しかしそれに負けずに、
観つめ続けます。
あまりに苦しくなったら休憩します。
しかし、時間をおいて
観つめ続けます。

観つめて、観つめて、観つめます。

すると、ある瞬間に、
フッと、
心が開放される感覚を
得られるはずです。

すると、
その「宿命」の様相が、
変化しませんか?

これまで、重いもの、深刻なものとして
受け止めていたそれが、
まったく別のものとして
認識されませんか?

それが、
明るく、光り輝きませんか?

それが、その「宿命」の本質です。

理屈ではありません。
そう感じるまで続けるとよいですね。

「宿命」が、光り輝くものになった後、
意識を「現実」に戻します。
そして、いつものように生きていきます。

世界の何かが、変わるはずです。
人生の何かが、変わるはずです。

あまり無理をせず、
できそうなときに試してみてください。

「宿命」とは、
私達のパワーです。

つづく

2011年12月03日

8次元の愛 109 〜自分と向き合う法C

私達には個性があります。
個性とは、環境の影響で変化するものですが、
変わらずに、
根底に在り続ける個性もあります。

そしてその根底の個性を、
ほとんどの人は認識していません。
いや、むしろ
誤解しているケースが多いです。

根底の個性を自ら認識すると、
その瞬間から、
人生が劇的に楽になります。

人生とは、楽な方に進めばよいのだ。

という真理に気づきます。
根底の個性を活かす方向は
楽な方向です。

心を開放する方向です。

・・・・・
「心を開放するのは怖い。」
そう言われる人も多いです。

「心を開放してしまっては、
 社会が(もしくは、組織が)
 成り立たなくなる。」
そう言われる人も多いです。

ところが、それは逆です。

心が開放されていないから、
私達は心に疲れと淀みを起こし、
結果として、
他者との本質的つながりを
減退させてしまいます。

人は、
開放されればされるほど、
人と、
深くつながり合えます。

その真実を知る人は、
人生が、とことん楽になっていきます。

その中でこそ、
その人本来の個性が
ニョキニョキと顔を覗かせます。

そのニョキニョキが
気持ちよいのです。

・・・・・
人生は、あっという間に
過ぎていきます。

その中で、
私達はどれだけ本来の個性を
発揮できるでしょうか。

「この環境では、
 私は個性を発揮できない」
と、諦めてしまうのではなく、
まずは、できるところから
自分を開放してみましょう。

そして、
開放したときに現れる自分を
観ます。
できるだけ、ありのままに
観ます。
でも、それで終わりに
しないでください。

開放された自分を観れば、
その奥に、さらに
「開放されたがっている自分」が
いるはずです。
それを見つけましょう。

それが見つかったら、
また開放します。
すると、さらにまたその奥に
「開放されたがっている自分」が
いるはずです。

そうして、一つ一つ
自分自身を開放します。
開放すればするほど、
奥から出てくるのは、
より高次元の自分です。

・・・・・
自分を開放するのが怖い人は、
開放できるところまでで
結構です。

ただし、開放できた自分は
必ず、しっかり観ます。

それを続けるだけです。

さぁ、まずは
どの自分を開放してみたいですか?

つづく

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