こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年12月02日

8次元の愛 108 〜森を超える

木々の生い茂る森があります。
太陽の光すら届かない深い森です。
その中に迷い込んでしまったとき、
どうしますか?

ひたすらに歩きまわりますか?
それとも、木によじ登りますか?
助けを求め、大声を出しますか?
とりあえずの寝床を確保しますか?

そんな日々が毎日続いたら
どうなるでしょう?
自分の心は
どのような状態となるでしょう?

明日のことがわからない。
一寸先の運命がわからない。

その状況を、
私達は恐れます。
その状況が長く続けば、
私達は、平常心を失うかもしれません。

平常心を忘れた私達がとる道は、
二つに一つです。
破滅への道か?
希望への道か?

私達人類は、恐らく
今、この状況に近いでしょう。
だから、平常心を
失いつつあります。

今後、私達人類は、
二つの道に分かれて行くでしょう。
破滅に向かう人と、
希望に向かう人、です。

ちょっと、怖い表現ですね。
でも、よ〜く日々の現実を観ていると、
そんなに大袈裟な表現には思えません。

・・・・・
永遠に続く森はありません。
森には必ず出口があります。
その出口にたどり着くためには、
実は、
「出口にたどり着こう」としても
難しいのです。

「森」を超えるのです。

森の中にいるから、
私達は迷います。

森を超えれば、
森そのものに、
意味はなくなります。

出口も入口も
意味はなくなります。

私達は、自由となります。

それが、
希望への道です。

・・・・・
森を超えることを、
これまでずっと
「次元を高める」と
表現してきました。

意識の次元を高めることで、
これまで「森」であると思い込んできたものが、
全く別のものとして認識されます。

紙に四角形を書いてみてください。
その四角形の中に点を書きます。
その紙の中(2次元の世界)では、
点は四角形から出ることはできません。
しかし、
3次元の私達からみれば、
紙に書かれた四角形など、
何の制約にもなりません。

意識の次元が高まることで、
同様のことが起こります。

・・・・・
私達人類は、
森の中に迷い込んでいる、と
思い込んでいるふしがあります。

だからこそ、
余計に迷います。

次元を高めるのです。
それが、
ここから抜け出す
唯一の道です。

次元を高めるのは、
私達一人ひとりです。

そして次元を高める最善、
最楽な方法が、
自らの真本音で
一歩一歩生きる、
ということです。

私達人間は
破滅の存在ではなく、
希望の存在です。

なぜなら、
自ら意図的に
次元を高める力を
持ち合わせているからです。

それを知る者が、
これからの時代を
築いていくのです。

つづく



2011年12月01日

8次元の愛 107 〜自分と向き合う法B

もう一度、やり直せるとしたら、
人生をやり直したいですか?

それとも、どこかの「選択」を
やり直したいですか?

私達の人生には「後悔」がつきものです。
後悔しても後戻りできないのが人生ですが、
それでも「やり直したい」という
強い気持ちが止まらなくなるときもあるでしょう。

真本音で生きることの素晴らしさは、
そういった気持ちが
ゼロになることです。

全く、なくなります。

理想通りの道を行けるかどうかは
わかりません。
しかし自分の選択がすべて
「最善であった」と
自然に思えます。

そう思えることで、さらに
次の一歩に集中できます。
それがまた、
最善を創ります。

最善を尽くす人生となります。

・・・・・
最善を尽くす、とは、
いつも全力を込める、
ということではありません。

最善を尽くすためには、
ゆとりが大切です。
いつも自然体で、
ニュートラルな自分でいられる
心の状態が大切です。

行くぞーっ!と力を込めるのも
時には必要でしょうが、
心が自然体であれば、
本当に必要な瞬間に、
「全力を超える力」が、
自然に溢れ出ます。

・・・・・
自分が「全力である」と思っている力。
それは残念ながら
本当の全力ではありません。

私達人間の力とは、
その程度のものではないのです。

「全力を出している」という意識が、
「全力」という、自身の固定観念による
一つの「枠」を創り出してします。

全力かどうかなど、
どちらでもよいではありませんか。

必要なときには、必要な力が出ます。
その必要な力は、
自分でもびっくりするくらいの
ときもあります。

私達はもう、
自らの「枠」を取っ払ってしまいましょう。

・・・・・
自分の中で、
今、
最も揺るがない心はどれですか?

今、最も揺るがないな、と思える「それ」が
真本音です。

「それ」に訊いてみてください。
「君は、私の真本音か?」と。

その問いに対して、
少しでも揺れるようなら、
それは真本音ではありません。

その問いに対して、
まったくリキまず、普通に
「そうだな」と思えれば、
それは真本音の可能性が高いです。

真本音が見つかったら、
その場所を大切にしてください。
そこが、今の自分の
最も高い次元の心の場所です。

そこにある心をいつも意識しながら
現実に向き合ってみましょう。
そしてその心に従って
動いてみましょう。

それが、
真本音で生きるということです。

あまり無理をせずに、
できるところから少しずつ
行なうとよいでしょう。

これを繰り返せば、
真本音は深化します。
さらに「揺るがない心」が見つかるでしょう。
そうしたら、今度はそれを
いつも大切にします。

これを繰り返せば、
「後悔って何だっけ?」
と思える日々となります。
自然に。

つづく

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