こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年07月18日

8次元の愛 205 〜最初からわかっています

私達が「一つ」であることを
思い出すためには、
今、私達がこうして「別個」であることを
完全に承認することが
大切です。

「別個」であることを
愛することができて初めて、
私達は「一つ」に戻れます。

ですから
「一つになろう」
とはしないことです。
「一つになろう」
という意図を持てば持つほど、
それは、
「一つもどき」
となります。

なぜなら私達は
そんな努力をしなくとも
最初から
「一つ」なのですから。

・・・・・
同様に、
「真本音で生きる」
ことと、
「反応本音を大切にする」
ことはイコールです。

真本音で生きよう
とするならば、
「真本音の自分になろう」
と意図し過ぎないことです。
それよりも、
「すべての反応本音を愛そう」
とすることです。

なぜなら私達には最初から
真本音がちゃんとあり、
それは機能しているからです。

すべての人に
最初から
自身の真本音の声は
聴こえています。

しかしそれを
反応本音達が妨害します。
なぜか?
反応本音達を
愛さないからです。
反応本音達を
無視するからです。

愛する、とは
肯定することではなく、
ただ、
その存在を認めることです。

あぁ自分には今、
このような反応本音が
あるんだなぁ、
とあるがままに
受け取ることです。

それが愛するということ。

それさえすれば、
反応本音達は
満たされます。
満たされれば、
真本音の声をかき消すようなことは
決してしません。

すべての反応本音と
真本音は、
もともと共存しているものです。

真本音という「核」があるからこそ、
反応本音達は活きるのです。
反応本音達は
それをよく
わかっています。

ですから
心の中にあるすべては
私達の味方です。

すべてを
大切にするのです。
すべてを
愛するのです。

それが
真本音で生きることです。

・・・・・
私達は
一つです。

私達は
別個です。

その両方を
大切にしましょう。

私達は
真本音です。

私達は
反応本音です。

その両方を
大切にしましょう。

これは良くて
これは悪い。
良いものだけを残して
悪いものは抹消する。

私達人類は
早くその次元から
抜け出る必要が
あります。

すべてをあるがままに
受け止めることができたとき、
私達は
新たな時代を拓きます。

つづく

2012年07月09日

8次元の愛 204 〜どのような現実が来ても

今、ここに広がる現実の世界と、
その中で
今、ここにいる自分。

その二つを
まじまじとしっかり
見つめてみてください。

確かに目の前には
現実が広がり、
確かに私は
ここにいます。

自分の手を
見つめてください。
細胞の一つ一つを
見つめようと
してみてください。

私達の存在とは
神秘です。

なぜこうして
一つ一つの細胞が
生きようとしているのか?
そして実際に
生きているのか?

本当のところ、
それを完全に解明している人は
いません。

しかし紛れもなく
私達はここにこうして
生きています。

それが事実です。

不思議なのですが、
ここにこうしているから
しょうがないですね。

それが事実ですから。

そんな私達には
過去、今、未来という
流れがあります。

人生という
流れです。

人生の中では
多くの人達と
出会います。

その人達を一人ひとり
思い出してみてください。

まざまざと
思い出してみてください。

これも不思議です。
なぜその人は
存在しているのでしょう?

なぜその人は
私の前に
現れたのでしょう?

なぜその人は
私にその振る舞いを
したのでしょう?

なぜその人と私は
そのような関係と
なったのでしょう?

なぜその人は
そのような人生となり、
私は
このような人生と
なったのでしょう?

・・・・・
世界の中心は
自分である。

と、本気で思いながら
生きている人は
どれだけいるでしょうか?

もし、
すべての人達が
そう思えるようになったら、
世の中は
完全に
調和します。

なぜならそれが
真実だからです。

世界の中心は
私であり、
あなたであり、
すべての人達です。

もちろん、
実在レベルの話です。

しかしその真実を
受け取ることができれば、
私達の魂と心は
完全なるやすらぎを
取り戻します。

ここで起きていることも
あそこで起きていることも
すべては
私であり、あなたであり
すべての人達が
起こしていること。

私自身が
起こしていること
です。

それが
真実です。

真実のもとで生まれた存在が
人であるならば、
真実を受け止められたとき
人は
真のやすらぎを
手に入れます。

現象レベルでは
様々な「現実」が
起こります。
想定外の「現実」も
拒絶したい「現実」も
いくらでも起こります。

しかしそのすべてを
私達は
やすらぎのもとに
受け取り、対処・対応することが
できます。

それは、
すべては私である、
という真実を
思い出せた人の
特権です。

しかしその特権は
すべての人が
すでに持っています。
最初から
持っています。

ならば早く、
この特権
使っちゃいましょう。

真剣にそう思うことが、
真本音の時代の
スタートとなります。

・・・・・
私達は
生きています。

こうしてここに
生きています。

生きる以上
私達の目の前には
現実が現れます。

今、必然的に
そして急ピッチに
そのスピードが上がっています。

あまりに唐突な「現実」の展開に
戸惑っている人、
立ちつくしている人が
急増しています。

私達にできるのは、
本来の私達を
思い出すことです。

本来の私達は
本来の「現実との向かい方」を
知っています。

私達は
世界の中心であり、
私達は
すべてをもう
知っています。

だから毅然と進みましょう。

毅然と進みましょう。

つづく

2012年07月05日

8次元の愛 203 〜波風を起こす勇気を

勇気を出すのが
人生です。

勇気の必要のない人生は
ありません。

私達は勇気を出すことで
道を拓きます。

道を拓くためには、
波風が必要です。

波風のない人生も
ありません。

私達は多くの場合、
波風を恐れますが、
波風を恐れるのは、
それ自体が人間の本能、というよりも、
恐れる波風をあえて起こす勇気を出し、
それにより自分自身を進化・成長させよう、
という私達の魂の意図によるものです。

その意図を
本能と言っても
何ら差し支えありません。

そして、
なぜ人は進化・成長を
求めるのか?
という問い自体が、
実はあまり本質をついていません。

なぜなら
進化・成長をするために
生まれた存在が人間だからです。

人間が先にあり、
進化・成長が後からついてきた
のではないのです。
進化・成長のために
人間という存在が生まれたのです。

ですから進化・成長は
人間の本能です。
その本能のために、
私達はあらゆることをします。

波風を恐れるように
自分の心を創ったのも、
その本能のためです。

・・・・・
本当の勇気を持つ人からは
愛のパワーが溢れます。

愛とはパワーであり力です。
それは、
人間が持つ最も深い
根本的な力です。

進化・成長を求める人間が
勇気を持って前に進もうとするとき
必ず発揮されるのが、
愛という力です。

本当に人を愛するというのは
勇気のいることです。
勇気から逃げる愛は、
本来の愛ではなく、
単なる自己満足です。

自己満足の愛は、
人と人が「一つ」になる方向ではなく、
「分離」する方向に作用します。
そこには、必要のない波風が
立ちます。
必要のない波風は、
混乱と混沌のみを残します。

逆に言えば、
本来の愛に基づいた波風であれば、
それは必ず「調和」を生み出します。

調和とは、
「分離しているが故の一つ」
です。
それは、
人間にしか生み出せないもの。
とてつもなく、
尊いものです。

・・・・・
今、目の前の現実を
よく観てみましょう。

そして、
最も観たくないものに
目を向けてみましょう。

最も観たくないものに
目を向けるとき、
今の自分には、どのような勇気が
必要か?
がわかります。

最も観たくないものに
目を背けているとき、
私達は知らず知らずのうちに
自己満足の日々に入っています。

人生とは、
勇気です。

勇気をもって
目を開きましょう。
勇気をもって
波風の立つ方へ
進みましょう。

そこに本当の勇気が
あるならば、
すべての波風は
愛を広げ、深めてくれます。

今の私達に必要なのは
勇気なのです。

つづく

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