こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年02月26日

8次元の愛 232 〜私達は人間です

人は、一途に一つの道を
進めば必ず、
信じられないような力を
発揮できるように
できています。

「人間離れしている力」
と言われますが、
いえいえ、
それこそが
人間の力です。

本来の
人間の力です。

しかし本来の力を
出せる自分になるまでは
一途に道を進むことが
必要です。

ところが
それがなかなかできない。

なぜでしょう?

簡単です。
それは真本音で決めた道を
進んでいないからです。
反応本音のみで決めた道を行けば、
誰もが挫折します。
途中で飽きます。
途中で諦めます。

でも真本音で選んだ道ならば、
どんな障害があろうとも、
決してその道を
捨てることはありません。

私達人間は
そのようにできています。

・・・・・
「だから無理を
しないでください。」
と、あえて私は
伝えます。

そう伝えられて
「じゃあやめようかな」
と思うのであれば、
それは反応本音レベルで決めた
道である可能性が高いです。

その場合は
思い切って
やめてしまいましょう。

手放して
しまいましょう。

すると、その後に
自分の真本音が
観えてくるかも知れません。

もし、
このまま進めばよいのかどうか?
わからない場合は、
自分の全身全霊を込めて
進んでみてください。

中途半端な進み方では
いつまで経っても
答えはわからないでしょう。
私達は真剣になったときに初めて、
自分の「本音」に気づくのです。

中途半端な覚悟と意志であっても
進める時代は
もう終わろうとしています。

進むのなら、
とことん真剣に
とことん楽しく
進むのが真本音の時代です。

自分の道を真剣に見極めるのは、
今、です。

・・・・・
私達人間は、
人間の力を見くびるのは
もうやめましょう。

私達はこれまでの時代の中で、
人間とはこれくらいのものだ
という固定観念に
自分自身を縛り続けてきました。

そこから
開放するときです。

真本音の道を進む人は
信じられない力を
発揮します。
そして、
そういった人達が
ある一定以上に増えれば、
世の中全体では
信じられない展開が生まれます。

その準備ができた今、
私達は自らの固定観念を取り、
進むだけです。

道がわからなければ、
「わかろう!」と
真剣に思ってください。
真剣に探せば、
必ずその道は見つかります。

なぜならそれは
他の誰でもない
自分自身の真本音が望む
道だからです。

中途半端な道を見つけ
満足しないでください。
中途半端なやりがいで、
満足しないでください。
中途半端な力の発揮で
満足しないでください。

私達は私達を
見くびっては
なりません。

私達は人間です。
人間の本来は、
これから開花するのです。

つづく

2013年02月24日

8次元の愛 231 〜音楽の力

私は音楽が好きですが、
なぜ好きかと言いますと
音楽は見えないからです。

音楽は、
そのものを感じ取ることが
できるからです。

そして感じたものを
自ら映像化することも
できます。

感じたものをどう捉え、
さらにそこから何を感じるか?
そこに「自由」が
あるからです。

すべて(宇宙)の始まりは
音楽だった。

という説をどこかで
聞いたことがありますが、
個人的には
結構その説、好きです。

・・・・・
私達は目で見て、
耳で聞いて、
体で感じながら
生きています。

しかしそれらはすべて
「現象」
です。
つまりは、
「実在」
の結果(反映)です。

私達は「現象」をすべてである、
と思い込みながら
これまで生きてきました。

「現象」をどう捉え、
どのように次の「現象」を
生み出せば幸せになれるか?
そんなことばかりを
してきたように思います。

しかし時代は
変わります。
これからは、
「現象」を創り出している
「実在」を
いかにあるがままに
感じ取ることができるか?
それがすべての始まりです。

そしてその練習をするのに
最も適しているものが
音楽であると
私は思います。

・・・・・
音楽を聴くとき、
私達は耳でそれを捉えます。
そして体で何かを感じたり、
時には自分の中で
感じたものを映像化します。

そして(その時々ですが)
感動を覚えます。

それは、
「現象」レベルの感動です。

お勧めは、
そこからもう一歩奥に
行ってみることです。

耳と体と目で反応していることを
まずはあるがままに感じ取ります。
そしてそのまま、
すべてを開放してみてください。
つまりは、
すべてを手放すのです。

パァーっと
すべてを体全体から解き放つ
ような感じです。

そしてただただ
流れてくる音に
身を委ねます。
心を委ねます。
魂を委ねます。

するとどうでしょうか?

そこに「何か」の存在を
感じませんか?

それが
「実在」
です。

その音楽を形作っている
「実在」です。

ただしその「実在」とは
居心地の良いものとは
限りません。

その音楽を創った人の
魂の状態がそのまま
反映されているからです。

ですから様々なジャンルの
様々な音楽で
試してみてください。

そして今の自分にとって
最も居心地の良いものを選び、
それを聴きながら、
「実在」を感じ取る練習を
してみてください。

ある時ある瞬間
「現象レベルの感動」ではなく、
「実在レベルの感動」と
出会えるかも知れません。

・・・・・
よくよく考えてみますと、
私の「実在」を捉える力を
なぜ伸ばすことができたか?
というと、
私が音楽をよく聴くから
という実に単純な理由に
思い当たりました。

目に見えるものではなく、
見えないけれども
五感を使うことができるもの。
それが音楽であり、
それはとても面白い存在です。

世の中に
良い音楽が満ち溢れるとよいなぁ、
と思います。

つづく

2013年02月22日

8次元の愛 230 〜幸せの基本

やはり、絶大な力を
持っていますね。
私達の真本音は。

世の中の根本的とも言える
その変化に
私は正直、
想定外の驚愕とも言える
気持ちを抱いています。

その流れはあまりに速く、
あまりにスムーズです。

毎日、多くの人達と
正面から向き合い続けていることで
よくわかります。

すべての人々の
心の奥に流れるものは
明らかに変化しました。

すべての人々の、
です。

そして、次のようなことも
わかりました。

自分の反応本音を
自分の真本音だと思い込み
生きてきた人達は
これからかなり
苦しくなるな、と。

そして、
自分が真本音で生きている、と
(つまり、本当の人生を生きていると)
自分に思い込ませ、
ある意味、自分を誤魔化したり
自分を騙したりしていた人達の道は、
これまでは何とか
辻褄を合わせながらも
続いて来ましたが、
これからはもう本当に
立ちゆかなくなるな、と。

特に後者に関しては、
自分で知らず知らずのうちに
無意識に
し続けている人が
近年、増えていました。

真本音で生きているフリを
していること。
実は現実から逃げ続けて
いること。
その事実をちゃんと
自分で認めればすぐに、
本当にその瞬間に
すべては好転し始めますが、
そうでないうちは、
すべてが暗転します。

好転か、
暗転か。

その差が
あまりにも明確過ぎるのが
今の流れなのです。

・・・・・
今自分が本当に
自身の真本音を
大切にできているかどうか?

その最も簡単な判断方法は
次の問いに直観的に
答えることです。

「今、魂は静かですか?」

どれだけ心が揺れ動いていても、
どれだけ自信がなくても、
魂が静かな人は
ちゃんと真剣に生きています。

真本音を
尊重できています。

魂が静か、ということは
魂が満たされている
ということです。

表面上はどれだけ活気があっても
どれだけ激しさがあっても
真剣な人は
いつも魂が静かです。

逆に言えば、
魂の静けさが、
本当の活力とパワーを
生み出してくれます。

さらに逆に言えば、
魂がざわめきながらの
活力やパワーは
自然とは言えません。
それは
疲弊のみを生む結果と
なるでしょう。

・・・・・
さらにもう一つ、
自分が今、本当に真剣か?
真本音を大切に
生きているか?を
判別する簡単な視点があります。

やはり次の問いに
直観的にお答えください。

「すべての現実は
 自分が創っていますか?」

素直にYESと答えられる人は
魂が静かです。
そうでない人は
多かれ少なかれ、
真本音で生きているフリを
しています。

特に、
他人のせいや環境のせいに
している人は、
今自分が
真本音から最も遠い所にいることを
受け入れた方がよいですね。

人は、
真本音から遠ざかるほどに
苦しくなります。
現実がどれだけ幸せに見えても、
苦しくなります。

逆に、
真本音そのものとして
生きている人は、
どれだけ苦しい現実があったとしても
根底は
いつも満たされ
幸せです。

そしてこれからは
そういう人に
現実は開かれていきます。

これまでは
矛盾の世界でした。

心の根底(実在)の幸せが
現実(現象)の幸せにつながるとは
限らない世界でした。
しかしこれからは、
心の根底(実在)の幸せな人こそが
現実(現象)の幸せを
生み出せる時代です。

やっと
自然な世界に
なろうとしています。

しかしその流れがあまりに
急激なので、
さすがに私も
びっくりしているわけですね。

今一度、
今のうちに、
もう一度ちゃんと自分と向き合い、
自分の「あるがまま」を
ちゃんと認識しましょう。

それがこれからの時代を
幸せに生きる
基本中の基本です。

つづく

2013年02月04日

8次元の愛 229 〜反応本音は自由に

真本音の流れが
強まっているからこそ、
私達は
反応本音を
大切にしましょう。

反応本音とは
生きる糧です。

外部環境からの影響
現実からの影響
その中の反応として生まれる心。
それが反応本音です。

それは確かに
「反応」でしかありませんが、
それでもそれは「建前」ではなく
「本音」です。

自分自身に湧き上がる
「心」です。

真本音は素晴らしく
反応本音はダメ、
ではありません。

今この瞬間に
自分の中に強く存在する
反応本音を
あるがままに見つめ、
あるがままに愛することで
私達は
真本音と反応本音のコラボを
実現することができます。

反応本音はそれ単体のままでは
脆弱で
不安で
不安定で
頼りないものですが、
真本音と結びつくことで
私達の人間としての個性と
魅力を
創り出してくれます。

そして真本音の力を
助長してくれます。

真本音で生きる人とは
反応本音を大事にする人であり、
反応本音を大事にするとは、
あるがままに反応本音と
向き合うことであり、
あるがままに向き合うことで
私達は
反応本音に振り回されるのではなく、
反応本音と共に
幸せな人生を創り上げることが
できます。

・・・・・
ところが、
真本音を大切にしようとするあまり、
反応本音をないがしろにしてしまう
人がいるのも確かです。

そういった方は
反応本音に対して
「解釈」をしています。

例えば、
この反応本音は良いけれど、
この反応本音は悪い。
と言った感じです。

例えば、
「あの人が好き」
という気持ちは良いけれど、
「あの人が憎い」
という気持ちは悪い。
と言った感じです。

「憎い」という気持ちは
確かに
消したくなるものかも
しれません。

しかしそれがそこに
存在している理由と
意味があります。

良いか悪いか?
という解釈をすれば
それは「必要ないもの」に
なってしまいますが、
すべては
「必要があって」
そこに在るのです。

ですから、
「解釈」をするよりも
ただそれを観て、
感じてみましょう。

それが
反応本音を愛する
ということです。

どのような心があっても
どのような気持ちがあっても
すべてを解釈せずに
ただ観て感じることをすれば、
自分自身の心は
とても喜びます。
魂も
喜びます。

それにより
私達の真本音は
活性化します。
結果として、
真本音の選択が
しやすくなります。

この心は良くて、
この心はダメ。
というように、
自分の心の選り分けを
する人のほとんどは、
自分の真本音が
わからなくなります。

そして、
いつも大きく湧き上がる
反応本音の一つを、
自分の真本音であると
勘違いし、
結果として苦しむことに
なるのです。

私達は人間です。

人間の心には
ありとあらゆる気持ちが
発生します。
どんな気持ちが発生しても
良いのです。

自分自身の行動は
自分で制御する必要はありますが、
心の中は
自由にしておきましょう。
つまり、
反応本音はいつも
自由なのです。

そして、
反応本音が自由になればなるほど、
真本音は
その姿を歴然と現わし、
自由に動けるように
なるのです。

真本音で生きるとは、
反応本音を抑えることでは
ありません。
真本音で生きるとは、
反応本音を自由に
することなのです。

つづく

2013年02月02日

8次元の愛 228 〜解釈からの解放へ

真本音の流れが強まった今、
私達にとって特に重要なのは
これまでの経験による
「解釈」
を手放すことです。

人生経験は
解釈を生みます。

人生経験の豊富な人ほど
解釈が多くなります。

そして様々な視点から
様々な解釈のできる人が
これまでは
「できる人」
でした。

しかしそれは
反応本音の時代でこそ活きる
一つの特徴でした。

もう時代は変わります。

これからは
経験による解釈から
いかに抜け出るか?

いかに日々、
解釈を手放せるか?

そここそが
重要です。

・・・・・
とは言え、
人間とは解釈の生き物
です。

解釈を手放すことは
できるのでしょうか?

解釈とはある意味
人間の知恵であり、
その解釈があるが故に
文明は発達してきました。

しかしあえて
申し上げます。

これまでの文明の発達とは
あくまでも反応本音の時代における
発達であり、
それは私達の魂が進化する方向とは
逆行している流れでした。

しかし、
そういった逆行をとことん
やり尽くしたからこそ、
今の人類の根底での気づきがあり、
そのおかげで
私達は真本音の流れを
取り戻しました。

ですからすべては
必然の流れです。

だからこそ私達は
流れが変わったことを
認識し、
時代が変わることを
認識し、
本来の在り方に戻る必要が
あります。

その大転換の最初が
この2013年です。

そしてその第一歩が
解釈を手放すという
ことです。

これまでの時代では
人間は解釈する生き物
でした。

しかし本来の人間の持つ
最も深く強い本能は

「あるがままを感じたい」

なのです。

この世界は
現象の世界ですが、
その現象を生み出す
「実在」
がすべての物事の根底に
あります。

実在そのものを
あるがままに感じ取ることが
私達人間の
真の幸福です。

それが、
私達の真本音が
望んでいることです。

・・・・・
「実在」を感じるためには
まずは
あらゆる「現象」と
あるがままに向き合う
ことです。

これまでのクセによって
解釈することは
あるでしょう。
それはクセですから
しょうがありません。

ですから
解釈もOKだ
ということで最初は
いきましょう。

解釈もOKという風にすれば
逆に
今自分が何をどう解釈しているか?
がありありと観えてくると思います。
それをまた
あるがままに観て
感じるとよいでしょう。

そうです。つまりは、
自分自身の解釈そのものを
一つの現象として捉え、
それ自体を
あるがままに感じ取るのです。

すると、
いかに解釈が自分自身を
苦しめていたか?
ということに
気づけます。

私達人間の人生の苦しみの
源泉の一つは
解釈なのです。

解釈することで
私達は心の苦しみを
生じさせているのです。
そして、
解釈を手放すことで
いえ、
解釈そのものも
あるがままに感じることで
ほとんどすべての苦しみから
抜け出ることができます。

それこそを
私達の真本音は望んでおり、
その方向に行くことが
魂の成長です。

魂の成長とは
楽な方向に向かう成長です。
解釈が増える生き方とは
苦しみの方向に向かいます。

私達はこれから
本来の人間としての
生き方を探究し、
本来の自分を
取り戻す旅をします。

それがこれからの
人生です。
2013年からの
人生です。

これまでの価値観を
それこそガラッと大きく
変えていきましょう。

いえ、それは
「変える」のではなく、
「もともとのものに戻す」
「本来を思い出す」
ということに
他ならないのです。

つづく

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