こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2016年03月28日

8次元の愛 338 〜人はシンプル

私達は
先のことを予測します。

上手くいくか
いかないか?

予測のもとで
今の行動を
決めようとします。

その習慣を
思いきって
手放してみませんか。

予測するのではなく、
『今』
に集中する。

『今』
自分は何をしたいか?
に集中する。

『今』
の自分に素直に
従う。

それのみに
生きてみませんか。

その途端に
私達は
自由になります。

すべてから
解放・開放
されます。

本当の自分が
顔を覗かせます。

すべての
真実は
今にあり。

すべての
答えは
今にあり。

すべての
道は
今にあり。

過去も
未来も
今にあり。

それが
自然の摂理です。

私達人間は
自然の摂理を
忘れたところで
生きている度合いが
高まり過ぎでは
ないでしょうか。

普通に
淡々と
進めばよいのに、
自ら複雑に
不必要なことをし過ぎて
わけがわからなく
なっている。

それが
今の私達では
ありませんか?

もっと
シンプルに。

本質はすべて
シンプルです。

もっと
素直に。

真理はすべて
素直なところにこそ
存在します。

人は人。

人はシンプル。

人は真理。

もっと
楽に生きませんか?

つづく

2016年03月24日

8次元の愛 337 〜堂々と混乱

混乱した現実の中に
いる人が
増えています。

多くの人が
混乱から逃れようと
もがいています。

でも安心してください。

その混乱は
必要なものです。

逃げる必要は
ありません。

むしろ、
我を失うくらいに
徹底的に
混乱した方がよいです。

混乱とは、
再構築の前提です。

混乱がなければ
再構築はありません。

再構築とは
新たな自分の
・立ち位置
・基点
・起点
を決めることです。

それを決めたら、
新たなスタートを
切ります。

これまでの人生とは
根本的に異なる
これまでの次元とは
根本的に異なる
日々が始まるのです。

ですから
とても幸せなことです。

その幸せを
手に入れるために
必須なこと。

それが
今の混乱です。

どうか、
堂々と混乱を
受け入れてください。

堂々と
我を失ってください。

そうできればできるほど、
その混乱は
短期間で完了します。

混乱が終われば、
すべてが
違って観えるでしょう。

同じ環境、
同じ景色なのに、
すべてがまるで
初めてのように
新鮮に感じるでしょう。

それこそが
新たなスタートの合図です。

早くその
スタート地点に
立ってください。

勇気をもって
その混乱に
埋没しましょう。

つづく

2016年03月14日

8次元の愛 336 〜やさしさと厳しさ

「厳しさ」の本質は
「やさしさ」です。

「やさしさ」の本質は
「厳しさ」です。

やさしさのない厳しさ、
そして
厳しさのないやさしさ、
それらはすべて
自己満足です。

本当の意味で
人を叱るとき、
心の根底には
笑顔があります。

そして本当の意味で、
人にやさしくするとき、
心の根底には
厳しい眼差しが
あります。

二つは
相反するものではなく
同じものです。

つまりは
一つ、です。

人生が思うように
進まないとき、
私達はついつい
周りの人達に
やさしさのない厳しさ
で接してしまいます。

その根本原因の一つは
自分自身に対して
やさしさのない厳しさを
向けているのです。

なぜそうしてしまうか?

自分に
本当の意味で
やさしくないからです。

多くの人達は
自分で自分を
責め過ぎです。

もちろんそれは
無意識に
行なわれています。

やさしさのない厳しさを
自分に向け続ければ、
心は大きく
傷つきます。

その傷の痛みに
耐えられず、
今度は人を傷つけるように
なります。

人から傷つけられる
その痛み。

自分を傷つける
その痛み。

その両方が
常に襲いかかって
きます。

それが現代社会の
典型的な姿の
一つです。

ここを私達は
打破していかなくては
なりません。

最近の私はよく
断言します。

自分で自分を責めるのは
自己満足であると。

それくらい断言しなければ、
皆、止めようとしないのです。

それくらいに
自分で自分を責めることに
慣れてしまいました。

そのクセを
いかに取り払うか?

これが、
9割以上の人達の
共通テーマです。

今のこの世の中は
自分を責め続ける世の中
と言っても
言い過ぎではありません。

人は変わります。

人は変われます。

そのための
第一歩は、
自分自身に
本当のやさしさを
向けることです。

厳しい眼差しが
あるからこその
やさしさ。

それを常に
自分に向け続ける人は、
周りの大切な人達にも
同じやさしさを
向けることができます。

そうやって
一つずつ、
この世の中に
真のやさしさと
真の厳しさを
植えつけて
いきましょう。

つづく

2016年03月12日

8次元の愛 335 〜顔を上げよう

後悔のない人生を
誰もが望んでいます。

しかし、
人生とは後悔の連続
かも知れません。

私はいつも
思います。

後悔すべきところで
しっかりと後悔することは
とても尊いことだと。

後悔するからこそ
「次」
のステージに
進めるからです。

ところが・・・。

後悔する必要の
ないところで
後悔し続け、
歩みを止めてしまう人が
増えています。

今は加速を
しなければならないのに、
後悔を理由に
歩みを止めるのです。

残念ながらそれは
ただの怠慢です。

怠慢と
本当の後悔の
区別がつくとよいですね。

人は
本当の後悔と
向かい合っているとき、
膝はガックリと落ち、
涙も流れますが、
顔だけは
最後まで毅然と
前を向いています。

後悔のふりをして
怠慢に入っている人は
顔を下げ、
周りのすべてを
シャットダウンし、
見ないようにします。

それを現実逃避と
言いますが、
現実逃避からは
何も生まれません。

そして
現実逃避をすることで、
私達の心の根底の
ストレスは
二次曲線的に
増加します。

そのうちに、
あまりのストレスのために
本当に前を向けなく
なってしまいます。

昨日、ある企業での
チームコーチングにおいて、
とても深い悲しみに
落ちている人がいました。

これだけの悲しみの中で
立ち上がることは
無理だろう、と
私は思いました。

ですから、
今は何もしなくてよいですよ、
とアドバイスしました。

しかし私は
はっきり感じました。

その人は
決して顔を
下げようとしていない。

到底、立ち上がることなど
無理である状態でも、
顔だけは
決して下げようとしない。

未来に
向かおうとする。

その姿に、
私は
人の尊厳を
みました。

顔さえ下げなければ、
必ず何かは
目に映ります。

それが、
次の一歩を
いつか必ず
示してくれます。

人には
できないことがあります。

でも人には
どんなときも
できることがあります。

それが、
顔を上げること
であると
私は思います。

つづく

2016年03月08日

8次元の愛 334 〜使命に向かうとは

使命という言葉が
ありますが、
使命とは
自分を縛るものでは
ありません。

使命とは、自分自身を
自由にしてくれる
ものです。

この使命に向かえばいいんだ、
このために生きればいいんだ、
と思えたときに感じる
独特の開放感。

これは恐らく、
私達人間が感じることのできる
幸福感の中でも
最大級のものの一つでしょう。

もし、
自分の決めているはずの
使命なのに、
開放感を覚えないのであれば、
次のうちのどちらかの
問題があります。

一つ。

それは本当の
使命ではない

ということ。

もう一つ。

今の自分の生き方に
淀みがある

ということ。

最近、私が感じるのは
後者が増えている
ということです。

自分の本当の使命が
見つかっているにも
かかわらず、
使命に縛られている。

使命に苦しめられている。

そんな人。

それはその人自身が
今日という一日を、
今という瞬間を、
本当に望んだ通りに
生きていないのです。

そのケースで
最も多いのが、

「自信がないから
 今はこれをしない」

というもの。

これは、
傲慢です。

自信がないからしない
というのは
傲慢なんです。

自分自身への
侮辱です。

だからとても
心の根底が
淀みます。

淀むので、
自分を失います。

自分を失うので
使命を苦しく
感じます。

自分の使命に向かう
人生を生きたい。

そう思うのであれば、
自信があるとか
ないとか、
そういったことに
捕らわれず、
今、
自分が、
本当は、
何をしたいか?
それのみに
生きることです。

そうすると、
毎日毎日が
冒険であり、
毎日毎日が
充実し、
毎日毎日が
幸せに満ちます。

そんな自分に
してくれるものこそが、
本当の使命なのです。

つづく

2016年03月04日

8次元の愛 333 〜執着を超えたところに

次の3つの問いに
答えてみてください。

@私が本当に
 したいことは何か?

Aそれを手放したとしたら
 本当は何をしたいか?

Bさらにそれを手放したとしたら
 本当は何をしたいか?

3つとも同じ答えに
なる人もいれば、
3つとも別々の答えに
なる人もいるでしょう。

それはどちらでも
よいです。

それよりも
しっかり確認していただきたいのは

「本当にしたいこと」を
手放そうとしたときの
自分の心の動き

です。

手放すことに
躊躇をしたり、
手放すことが
苦しかったり、
強い抵抗感が
出たり。

そういった場合は
すべてそれらは
自分の

「執着」

です。

安心してください。

執着のあるのが
人間です。

ただ、
自分の執着で
自分の道は
決めないでください。

私達の道は
もっと

「自然」

なものです。

執着など持たなくとも

「そこにある」

ものです。

なので、簡単に
手放せるはずです。
本当の本当に
やりたいことで
あるならば。

執着のあるのが
人間。

でももし、
自分自身の執着を
感じたならば、
今、思っている
「本当にやりたいこと」
を、
自分自身の答えと
決めないでください。

あなたの答えは
もっともっと
深いところに
ありますから。

つづく
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