こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2016年04月28日

8次元の愛 343 〜ここから始めよう

自分の中の
”祈り”
に気づけた人は
強いです。

人の心の中心には
魂があり、
魂の中心には
“祈り”があります。

その“祈り”は
言葉には
ならないものです。

無理に言葉に
しようとすると
違和感が出ます。

だから私達は
ただ
祈ればよいのです。

その”祈り”は
命の光です。

生命力の
源です。

ですから“祈り”に
気づいた人は
自分の中心から
止めどなく溢れるパワーを
実感するはずです。

あとはそのパワーに
自分の心身を
委ねるだけです。

以前、ある人から
「どうすれば、いつも
 ゆとりのある自分に
 なれますか?」
という問いを
いただきました。

その時に
自然に答えが
浮かんできました。

「自分の“祈り”に
 気づくことです」
と。

人は
“祈り”の結晶体
です。

ですから自分自身の
その本質に気づけば、
ありとあらゆるものに対する
自分の目線が
自然に変わるでしょう。

あぁなんだ、
それだけのことなんだ。

じゃあ、
一つ一つ
がんばろう。

ここから
始めよう。

にこやかに
そう思えるでしょう。

人のすべての
願いのもとは
“祈り”なのですから。

つづく

2016年04月15日

8次元の愛 342 〜辛くても楽しくても

生きることは
辛いですか?

それとも
楽しいですか?

その辛さは
本物ですか?

その楽しさは
本物ですか?

その辛さから
抜け出たいですか?

その楽しさの中に
ずっといたいですか?

その辛さの
発生源はどこですか?

その楽しさの
発生源はどこですか?

その辛さの先に
何がありますか?

その楽しさの先に
何がありますか?

その辛さは
必要なものですか?

その楽しさは
必要なものですか?

その辛さは
あなたですか?

その楽しさは
あなたですか?

辛さの先に
楽しさあり。

楽しさの先に
辛さあり。

そんな人生は
どうですか?

本当は
あなたは
何を望んで
いるのですか?

本当の
あなたは
何を望んで
いるのですか?

今のあなたの
魂は、
にこやかですか?

辛くても
楽しくても
にこやかでいますか?

もし
にこやかであるならば
辛くても
楽しくても
そのまま進めば
よいですよ。

つづく

2016年04月12日

8次元の愛 341 〜人生、遊びのごとし

自分自身が決めた
使命であるにも関わらず、
その使命が
自分を阻害してしまうことが
あります。

物事が上手く
進まなくなったり、
突然、電源が切れたように
パワーが出なくなったり、
えも言われぬ恐怖に
見舞われたり。

いろんな症状が
ありますが、
原因は一つです。

『使命に依存している』

のです。

それがどれだけ
本気の使命だったとしても、
それがどれだけ
純粋な使命だったとしても、
人は自分自身の
使命にまで
依存してしまう可能性が
あるのです。

その使命があるから
私はがんばれる。

その使命があるから
私は生きて行ける。

その使命があるから
私は私でいられる。

じゃあ、
その使命がなかったら?

使命が
わからなくなったら?

その時、自分はどうなる?

使命がなくなることの
恐怖を感じるのであれば、
それは
使命に依存している
証拠です。

人は、
使命なしでも
充分に
生きていけます。

どんな道だって
よいのです。

選択肢は
自分で定められるし、
どれを選ぶかも
自由です。

どの道でも
行ける自分。

それが最も
自然です。

でもその前提の上で
「私は私の使命に生きよう」
とすれば、
それはとても
心の満ちた人生と
なるでしょう。

使命に
生きなきゃ
意味がない。

使命に
向かわなきゃ
価値がない。

そのように
人生を深刻に
捉えるのではなく、
もっと自由に
もっと軽やかに
捉えてみませんか?

それができる人こそが
本気で使命に向かう
ことができるのです。

使命に依存することなく
使命の道を
ひた走る。

そういった人の
心と魂は
軽やかです。

『人生、
 遊びのごとし。』

あなたに
贈ります。

つづく

2016年04月08日

8次元の愛 340 〜心を込めて伝えたい

変わろうとする人。

変わろうとしない人。

どちらも自分の選択です。

しかしその後の「道」には
あまりにも顕著に
結果が現れます。

変わろうとする人には
道は予想もしないところから
開かれます。

変わろうとしない人には
道は予想もしない原因によって
閉ざされます。

変わるには
勇気が必要です。

しかしその勇気とは
『たったの一歩』
なのです。

一歩を踏み出せば、
次の瞬間には
「こんなことなら
 もっと早くから
 進めばよかった」
と、思うでしょう。

「こんなにスムーズに
 進んでもいいの?」
とびっくりするでしょう。

一方で
道が開かない人は、
変わろうとしていない、
ただそれだけのことです。

これまでの自分に
しがみついています。

自らしがみつきながら
「自分を変えるのは
 難しいのだ」
と自分に言い聞かせています。

そうこうしているうちに、
本当に変わるチャンスは
失われ、
後で最大の後悔が
きます。

とても残念なことですが、
あと一歩で
変わろうとしない人を
他者が変えることは
できません。

私もこれまで
自ら道を閉ざしていく人を
ただ傍から
見守るしかない
ということが
何度もありました。

それは何度体験しても
悲しい光景でした。

それは
自ら決めれば
すぐにその瞬間に
踏み出せる一歩なのに。

なのに、
踏み出さない。

そして
心がどこまでも
堕ちてゆく。

もう
泣くしかありません。

できればもうこれからは
そういった悲しい体験は
一度たりとも
したくありません。

変わる変わらないは
その人の自由です。

でも、
変わらない人は
10人中10人、
後悔をします。

だから私はやはり
心を込めて
お伝えします。

変わってください。

今が、
変わる大チャンスです。

このチャンスを
もう逃さないでください。

つづく

2016年04月05日

8次元の愛 339 〜人生は山道だけど

笑顔にも
自然な笑顔と不自然な笑顔が
あるように、
人生にも
自然な人生と不自然な人生が
あります。

ただ、
その選択は
自由です。

自由ですが、
不自然な人生という
選択肢しかない中で
生きている人が多いのが
現状です。

自分の不自然さを
自分で認識することが
自然な人生への
第一歩ですし、
それができた時点でもう
自然な人生は
確実に始まっています。

不自然な人生とは
疲れる人生です。

人生は疲れるのが当たり前
と、思い込んでいる人が
どれだけ多いことか。

こういう世の中だから
しょうがない、と
あきらめている人が
どれだけ多いことか。

疲れるか疲れないか?は
本当は
環境によるものでは
ありません。

そのほとんどは
外的な要因では
ありません。

その事実を
受け止められれば
本当に楽になります。

「疲れ」の99%は
心の疲れです。

心の疲れとは、
辛い現実があるために
発生するのでは
ありません。

その現実に対して
自分が本心から望む
向き合い方を
避けていることから
発生します。

望む生き方と
違う生き方。

その蓄積が
心の疲れとなります。

心の疲れは
ある一定以上溜まると
実体化します。

それを
「エンティティ」
と言いますが、
重いエンティティを
みんな背負いながら
生きています。

喩えて言えば、
50kgくらいの思い荷物を背負い
山道を歩いているようなもの。

荷物を降ろせば、
もっと楽に楽しく進めるのに、
自らそれを
放棄しているのです。

もちろん山道には
危険もあり、
アップダウンもありますから、
体力的に疲れるものですが、
それでも
今の多くの人達の疲れの
根本原因は
50kgの荷物を背負っている
ことにあります。

荷物、
降ろしませんか?

本気になって
荷物降ろしませんか?

そして、
身軽な状態で
周りの景色を楽しみながら、
人生という山道を
歩いてみませんか?

つづく
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