こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2009年08月10日

ビートルズは私のものだ

実はわたくし、ビートルズって、これまで真面目に聴いたことがなかったんです。
初めて聴いたのは中学生の頃だと思いますが、何となく聴く気がいつも失せてしまっていました。
でも、みんなが凄い凄いと言いますので、「一生のうち、一度は真面目に聴かなきゃ」と思い、数年前にすべてのCDを買いました。
そしてすべてをi-podに入れました。
でもやっぱり、いざ聴き始めると、すぐに聴く気が失せてしまうのです。
私には合わないのかなぁ、と思っていました。

ところが1ヶ月ほど前、何の前触れもなく、「ビートルズ聴かなきゃ」って強く思ったんです。
それは使命感に近いものがありました。
理由はわかりません。
でもその日以来、ビートルズを聴き始めたんです。
とっても真面目に。

どう真面目かと言いますと、デビューアルバムから順番に聴くんです。
しかも1枚1枚ていねいに。
何回も同じアルバムを繰り返し聴くんです。
で、心の中で何かを掴み、「よし、OK」と思えないうちは、次のアルバムへは絶対に進まないという、なぜだかわからない厳格なルールに従って聴くんです。
マイルスもほとんど聴かず、来る日も来る日もビートルズばかりです。

とは言え、音楽をじっくり聴く時間なんて、そんなに多くは取れません。
ほとんどが、電車での移動時間などになりますので、ペースはゆっくりゆっくりです。
で、今はようやくデビューから5枚目のアルバムまで来ました。
まだ全アルバムの半分も聴いていません。
ところが・・・。

5枚目のアルバム「ヘルプ」を新幹線で聴いていましたら、突然、彼らの歌声の奥に何かを感じたんです。
それは、SCC流の表現にすると、真本音の輝きに近いものです。
それを感じた瞬間に、ビートルズが入って来たんです。
私の中に。
私の心と体の中に、ビートルズが入って来たんです。
そして強烈な心の声が生まれました。

「ビートルズは、私のものだ。」

って。
笑うでしょ?
でも、そうなったんです。
と同時に、ビートルズのすべてを受け取れる自分になれたんです。
彼らの一声一声が、そして楽器の一音一音が、何の抵抗もなく、スーッと心と体に沁み込むようになったんです。
そしてこの先どんな曲が来ようとも、ビートルズの曲は、すべて瞬時に自分のものにすることができる、って確信できたんです。
なんだこれは?
なんなんだ、この境地は?
・・・とビックリしました。

しかもまだこの話は終わりません。
このとき私は、何か強烈な気づきを得た気がしました。
でもそれが全く言葉にならなかったのです。
でも、強烈な何かが胸の中にある。
これは何なのだろう?
ずっと、そう思っていました。
するとその数時間後に、こんな心の声が浮かび当たって来たのです。

「人生は、私のものだ。」

って。
????? ・・・です。
よく意味がわかりません。
実はいまだになぜそんな心の声が浮かんだのか、それがどんなメッセージなのか、よくわかっていません。
でもこの心の声によって、私の何かが変化したようなのです。

ビートルズは、私のものだ。
人生は、私のものだ。
・・・う〜む。
私は、つくづく思うのです。
音楽を聴くことと、人と向き合うこと、そして、人生と向き合うこと。
それらは本質的にすべて同じものではないか、と。

ですから今回は、苦手だったビートルズを通じて、私の真本音が私自身に何かを呼び掛けてくれたのだと思います。
ビートルズ、今では大好きです。
ようやく彼らの偉大さが、わかり始めているかな。
最初は使命感から聴いていましたが、今は純粋に聴きたくてしょうがない状態です。
まだまだアルバムはたくさんありますし、どうやらこれからがさらに面白くなりそうなので、最後までゆっくりじっくりと聴き続けていきます。


posted by はーん at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。