こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2009年11月14日

普通の人間

力がほしい、もっと力がほしい。
ずっとそう思ってきました。
人を一瞬で幸せにすることのできる能力があれば、どんなによいか、といつも思ってきました。
そんなかつての私に、一つの問いかけがありました。

「もし、今身についている力のすべてが失われたら、あなたはどうする?」

もしそうなったら、私はもう立っていられないだろう、と思いました。
人生を切り開く勇気も気力も失われるだろう、と思いました。
弱くて、そして傲慢でした。

そんなかつての問いを、ふと思い出したのです。
そして今の自分にもう一度、投げてみました。

「もし、今身についている力のすべてが失われたら、あなたはどうする?」

私の心の中から、簡単に答えが浮かんできました。
「何も変わらないよ」
・・・と。
力があろうとなかろうと、今と同じ日々を過ごすよ。
もし能力がなくなることにより、今のお仕事ができなくなっても、一からやり直すだけ。

おーおー、随分と強くなったじゃないか、と一瞬思ったのですが、その直後にある重要な事実を知ったのです。
つまり、今の私の力は「普通」である、ということです。
正確に言えば、「普通の人がやり続ければできることを、今の私はやっているだけだ」ということです。
「普通」の定義は何なのか、というところまで考えるとややこしくなるので、ここでは深入りしませんが、つまり私はこう思っているのですね。

私は普通の人間。
普通の人間が、普通に努力すればできることを、
普通にやり続けている。

・・・と。
そこに気づいたときに、私の心の中心が震え上がるくらいの喜びを感じました。
私は、ずっと「特別な自分でありたい」と思い続けてきました。
今でももちろん、その反応本音は大きいです。
でも、私はようやく私自身が「普通である」ことを承認したのです。
そして、その「普通」というところに、大いなる価値があることに気づいたのです。

そうなのです。
私は、普通の人が努力すれば誰もができることを、伝え続けているのです。
そこにこそ、私の使命があったのです。

私は本当に、「普通」で良かった。
「普通」の自分として、歩き続けよう。
そう思えたのです。

私の人生の根本にある何かが、恐らく変わった瞬間でした。


posted by はーん at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

最近、本を読んでいて、こんな質問に出会いました。


「自分の才能ってどこにあると思いますか?」


私は、自分の中にあると思っていました。
そして、それは当然だと考えていました。

けれど、それが苦しみの元凶だったのですね。

自分の中にあると思っているから、
必死になって蓄えようと歪んだ努力をしたり、
取られないように必死に守ったり、
油断しないようにと思って、
他人に心を開かなかったり、
人を信じなかったり……。
そんな風に生きて来たように思います。


そのことに気づかせてくれる、質問。
素晴らしいと思います。
Posted by へそ曲がりのピース at 2009年11月15日 00:57
ピース、ありがとうございます。

ちょっと変な表現ですが、
与えられたものを、今度は自分が与え続ける
ことで、社会というのは成り立っているように思えてきました。

きっと、「才能」もそうなのですね。
Posted by ハーン at 2009年11月17日 00:42
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