こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年10月30日

私の使命について9 〜500の境界

以前の私のブログでは、よく「天然真本音人間」という表現を使っていましたが、それは要するに、パワーレベル500以上の人を指していました。
その方は、真本音・反応本音の概念も知らず、もちろんパワーレベルの概念も知らずに普通に生きているのですが、最初から真本音の発揮度合いが高いために、真本音で生きることのすばらしさを当たり前のように知っている人達です。
いや、当たり前過ぎて、そのありがたみに気づいていない方がほとんどのようです。
これまで出会った中では、特に30歳以下の若い方々に多かったですが、最近は40代以上の天然の方と出会う機会も増えました。

パワーレベル500の段差は大きいです。
この段差を超えるのは、並大抵のことではありません。
最初から500を超えている人はともかくとして、徐々にパワーレベルを上げながら成長してきた人は、ある意味「死ぬ想い」を経ることで、初めて超えることができます。
私自身のことで言えば、SCCを立ち上げる前も私は今と似たようなお仕事をしており、当時は企業経営者のための塾の講師などもしておりました。
それなりに自信もあり、自分の信念や価値観も確固たるものとして生きていました。
その時の私のパワーレベルを測りますと、最高値が450、最低値が175でした。
それが、あることがきっかけで、「死ぬ想い」をしました。
これまでのすべての人生が崩れるような気がしました。
実際に精神的には一度、死んだようなものです。
私は、これまでの自分を完全に抹消するような境地までいきました。
非常に苦しい時期でしたが、今思えば、その時に500の段差を超えたのでした。
当時はまだ、真本音・反応本音の概念も全く確立されておらず、自分に何が起きているのか、全くわかりませんでした。
しかしそれがきっかけで、私は独立し、その後のSCC立ち上げにつながります。
そこからは「人生が変わった」というよりも、「見える世界が変わった」という感じです。
「見える」から「観える」になった、という表現が適切でしょうか。

400台までは、人生経験で培った自分自身の信念や価値観に基づいて生きています。
ですから、その信念・価値観に即して物事(現実)を判断します。
それが、正しいか、間違っているか。
それが、すばらしいか、つまらないか。
評価と判断の眼差しで、すべての物事を捉えています。
500を超えると、それが一掃されます。
すべての物事に向ける眼差しが、「普通」になります。
つまり、「あるがままに観る」状態になります。
ですので、その人の表情からは、険しさが消えます。

実は、普通の人生を送っているうちは、500を超えるためには「死ぬ想い」をすることが必要ですが、「死ぬ想い」をしなくても500を超える方法があります。
それは、今の時代に必要なものです。
今の時代、私達は、一人でも多くの方が500を超える必要があるのです。
そのために人類は、「死ぬ想い」以外の方法を必死に見つけて来ました。
人類の叡知として、現時点で、世界に7種類の方法が見出されたようです。
そのうちの一つが、SCCの「ねがいのもと」です。

私共の「ねがいのもと」系の研修を受けられますと、(2010年に入ってからは)100%の方が500を超えるようになりました。
その瞬間は、とてもわかりやすいです。
さきほども書きましたが、その人のお顔からは険しさが消え、雰囲気も眼差しもすべてが変わります。
これまで何となく壁を感じていたり、心を開きづらかった方々が、一気に開放される感じになります。

企業研修では、一日で「ねがいのもと」を出しますので、一日で全員の方がそのような状態になります。
その状態で、次の日にお仕事のことや、現実的な課題に向かっていきますので、発想や姿勢が根本的に変わります。
それほどの段差が500の境界です。

私達は、この500の段差のことを「共感の境界」と呼んでいます。

つづく



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。