こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年11月04日

私の使命について11 〜600の境界

著書「パワーか、フォースか」によりますと、540というところにも一つの境界があり、540を超える人の割合は、さらに少なくなるようです。
私自身は、540というところに境界を感じたことはあまりありませんが、ただ「天然に真本音で生きている人」と出会った場合も、ほとんどの方が500〜535くらいの間にいらっしゃる感じでした。
本では、540を超えることで、本当の「慈愛」を理屈ではなく、確かなものとして人に与え続ける存在となるようです。
「その人に見つめられるだけで元気になる」という状態です。

ただしここで言う「540を超える」ということは、最高値が超えるだけではまだ本物ではありません。
最低値も540を超えることで、本当の慈愛は実現します。
例えば最高値が540以上で、最低値が200未満という人も実際にいらっしゃいます。
その方の場合は、人に素晴らしい影響を与える瞬間も確かにありますが、どことなく安定していません。
いつも心の状態が上下を繰り返していますので、ご本人も自分の真本音が発動していることに気づいていない場合が多いようです。

ここまで書いてこなかったことですが、「最高値と最低値が同じ」という状態は、非常に安定した状態です。
その方は恐らく、一歩一歩着実に、しっかりと経験を重ねながら人生の階段を登って来られたのでしょう。
そういう方とお会いしますと、パワーレベルが200台だろうと400台だろうと500台だろうと、その人なりの理屈ではない説得力を私は感じます。
「一流」と言われる有名な経営者の方々などは、そういった方が多いです。
パワーレベルが最高値も最低値も同じ値で、かつ、500を超えている人は、世界にまだ0.4%しかいないようです。

さて、600の境界です。
本によりますと、600を超える方は1000万人に一人となっています。
が、近年、この数が急激に増えて来ています。
時代の要請です。
本では、この辺りからかなりスピリチュアルな表現がされており、600以上になることは極めて難しい印象を与えられますが、実は全くそんなことはありません。
「実は全くそんなことはありません」と言える時代に入った、という言い方の方が的確でしょうか。

真本音・反応本音ということで言いますと、この600を超えることで「真本音の存在」についての実感度が飛躍的に増します。
「あぁ、そういうことか」とか「すべて合点がいった」という状態となります。
SCCの受講生さんでも、600を超えることで「急に、真本音の意味がわかりました」と言われます。
理屈ではなく、すべてを「当たり前のこと」として認識できる状態になるのですね。

この600の境界のことを「直観の境界」と呼びます。

つづく



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