こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年12月12日

私の使命について22 〜1000の苦しみ

人の心とは面白いものですね。
「すべては自由です。あなたの選択肢は無限にありますよ。」と言われるよりも、
「すべてはもう決まっています。あなた自身がもう決めているのです。道は一つです。
 あとはその決めている道を決めた通りに進めばよいのです。」
・・・と言われる方が、心は自由になるようです。

パワーレベルの最高値が1000になることで、私の何が最も変わったか?
それは、「すべてはもう決まっている。私自身がもう決めている。」ということを、完全に受け止めることができたことでしょうか。

このブログの「私の使命について6」で、私は次のような文章を書かせていただきました。

・・・・
「無」と「空」は違います。
「無」とは、「何もない状態」です。
「空」とは、「すべてがある状態」です。
二つは一見、同じように見えます。
7色の光がすべて集まると、何もない透明な状態になるのと同じように、「空」とは何もない状態と同じように映るからです。
しかし、そこにはすべてが存在しています。
「無」すらも、「空」の中に存在しています。
それが、すべての源です。

私達の世界(宇宙)は、この「空」から始まっています。
この「空」のことを、アメリカでは「源(ソース)」と表現しているところもあります。

「空」・・・すべてがある状態の中から、私達は「現実」を選び出しています。
つまり、「これが起こるに違いない」と信じている「現実」を自ら創り上げています。
ところが多くの場合、その「自らの創り上げている」ことそのものを、私達は無意識に行なっていますので、目の前に起きている現実を「他から与えられたものである」と勘違いしています。
そして周りや環境に原因を求め、「現実は変えられない」と、自ら諦めています。
しかしそれも「現実は変えられない」という信念に基づいた「現実」を、自ら創り出していることになります。
「自分が変われば、すべての現実が変わる」というのは真実です。
と、私はようやく最近、断言できるようになりました。
・・・・

「すべてある」ものの中から、自ら「現実となるもの」を選び出しているのが私達人間です。
そして私達は、何を選び出すかということを、すでに完全に決めています。
人生とは、決めていることを決めた通りに実行すればよいだけのことなのですが、それをまた「しない」のも人間の性です。

「思惑」という言葉があります。
「思惑」とは、反応本音レベルのものです。
私達は多くの場合、思惑をもって生きていますが、思惑に囚われ過ぎると、自分の本当に決めている選択から外れることが多いです。
しかも思惑に囚われ過ぎると、人生が疲れやすいです。
「だから、思惑を持たずに生きましょう」ということではなく、
「思惑があってもなくても、道は同じ。
自分が決めている道は同じである。」
という事実を、知ることこそが大切だと思います。
じゃあ「自分の決めいている道、というのは思惑ではないの?」ということになりますが、
それはもう、思惑という次元ではありません。
思惑とは意図的なものですが、それはもう「意図」のないもの、「意図」を超えているものだからです。
思惑を超えたところにこそ、本当の答え・本当の道があるのです。

思惑を超えた、本来の自分の決めている道を歩み続ける。
それが完全にできるのが、パワーレベル1000です。
そしてそれが完全にはできていない状態が、パワーレベル999以下です。
私はしばらく、550と1000の間を行ったり来たりしていました。
完全に真本音で生きる状態と、そうではない状態の行ったり来たりです。
そこには、1000を知っているが故の苦しさと不安定さがありました。
私はそこに「人としての苦しみ」を観ました。
完全を知れば、不完全の苦しみがより強調されます。
より明確になります。
それを私はしっかりと知る必要がありました。
パワーレベル1000に向かう人をサポートするために、その体験は必須だったのです。

つづく


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