こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年12月20日

私の使命について24 〜1000の苦しみB

SCCを立ち上げたばかりの頃のあるコーチングで、私はクライアントのAさんと向き合っていました。
その時たまたまAさんは、非常に強いストレスを抱えていらっしゃいました。
下腹がキューっと痛むくらいのストレスで、顔をしかめていました。

向き合っている途中で、私は明らかに、何かが私の中に移ってきたのを感じました。
その瞬間に、喉が詰まるような不快感と、私自身の下腹の痛みを感じました。
見ると、Aさんのお顔は、スッキリとされており、「いや、なんかおかげで楽になりました」とおっしゃいました。
その時からです。
ストレスというのは物理的なものであるということを、私が認識するようになったのは。
つまり、ストレスの塊のようなものが実際に存在しており、それは人から人に乗り移るのではないか、と。
これについては、現時点では科学的な解明はされていませんが、現場での実感としては、まず間違いない事実だろうと思われます。

ストレスには2種類あります。
「普通の反応本音」によって生じるものと、「普通ではない反応本音」によって生じるものです。
いずれにしても、反応本音を原因とした「不一致」や「葛藤」や「歪み」がストレスとして感知されます。

「普通の反応本音」とは、真本音とつながっている反応本音のことです。
ほとんどすべての反応本音は(そのつながりを自覚しているかどうかは別として)、真本音とつながっています。
しかしその一方で、「普通ではない反応本音」というのもあります。
それはつまり、「真本音とのつながりの全くない反応本音」です。
ちょっと怖い言い方をすれば、それは不必要にこびりついてしまった「念」であったり、「生き霊」であったり、もしくは「霊」である、という言い方もできます。
本来の自分の心には全く不必要なものが、私達の心には取り憑いてしまいます。
私が以前勉強させていただいた、アメリカのセミナーではこれを「エンティティ」と呼んでいました。
ええっ? と思われるかもしれませんが、エンティティは、ほぼ100%に近い方の心に存在しています。
エンティティの全くない人というのは、これまで片手で数えられるほどの人しか、私は存じ上げていません。

このエンティティによって生じるストレスは、とても強いものです。
であるにも関わらず、そのストレスを感じ続けることに慣れてしまい、その状態が「普通の状態である」と思い込んでしまっている人の、なんと多いことか。
かく言う私自身も、そうでした。
私は、他の人に比べても格段に、エンティティいっぱいの人間でした。

つづく



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