こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年02月18日

源と真本音11

「進化」とは、「一度“分離”した後に、再び“一つ”に戻る」ことによって成されます。
(前回と同じ始まり方で、すみません。笑)
そして源(ソース)は、「進化」を望んでいます。
真本音とは、源(ソース)と直結している私達の心です。
ということは、私達の真本音も「進化」を望んでいます。
「“一つ”になること」を望んでいます。
そしてそのために「自分を動かそう」とします。

AさんがBさんに怒りの一言を投げたとします。
もしそれがAさんの真本音に基づくものであるならば、それは必ず「進化」に向かう行動です。
「“一つ”になること」に向かう行動です。
Bさんはそこで怒りの一言を受けることで、「進化」(=「“一つ”になること」)に自分が向かうことを、真本音レベルで知っています。
ですから、Bさんの真本音は、あえてAさんの一言を受けたのです。
つまり、そこで行なわれたことは、AさんとBさんの真本音同士のコラボレーション(協業)です。
目的を一つにした選択を、二人はしたことになります。
それは、源(ソース)の目的に他なりません。

さて、ではいよいよ真本音の本質について書かせていただきます。
真本音の本質とは、

「源(ソース)と、現実世界(3次元世界)を結ぶもの」

・・・です。
これは、どのような意味だと思われますか?


源(ソース)とは、絶対的な存在です。
しかしながら実は、源(ソース)とは、源(ソース)の意思のままに現実世界(3次元世界)を自由に動かすことはできないのです。
この現実世界(3次元世界)とは、不自由な世界です。
多くの人々の心と心が混じり合い(・・・反応本音と反応本音が混じり合い)、実に複雑怪奇に絡み合い、できあがっている世界です。
いや、人間の心だけではありません。
人間以外のあらゆる物事も、複雑に影響し合っています。
それはあたかも、もともと一本だった糸が何本も集まるうちに絡み合い、ほどけなくなってしまった状態に似ています。
その状態の中で、源(ソース)が「こうしたい」という一つの望みを持ったとしても、それがすぐに実現するわけではなくなっているのです。
あえてそういう世界を、源(ソース)は創ったのです。「進化」のために。
源(ソース)の「こうしたい」を実現するためには、源(ソース)の意思を尊重しながらも、現実世界(3次元世界)をしっかりと観ながら、「まずはどうすればよいか。次にどうすればよいか。・・・」と、一つ一つ望む方向に調整しながら道筋をつけて行く役割が、どうしても必要なのです。
それが、真本音です。

つまり真本音とは、
「源(ソース)の意思を、現実世界(3次元世界)で実現するために、
 現実世界(3次元世界)としっかり向き合いながら、
 一歩一歩道を切り拓いて行くための、先導役である」
・・・と表現することもできます。
「源(ソース)と現実世界(3次元世界)のコーディネイター」
・・・とも言えるかもしれません。

良い比喩かどうかわかりませんが、企業で言えば次のようになります。
源(ソース)とは、商品開発や製造をする部門です。
「今の社会にはこれが必要だ」と、純粋に思えるものを創ります。
真本音とは、それを社会に発信したり広報したり売り出すための部門です。
「どのような手段を使い、どのような道筋で行動すれば、それは社会に広がっていくのか」を、現実と向き合いながら見出し、最善の一歩一歩を創っていきます。
源(ソース)とは、「理想」を示す役です。
真本音とは、「最善」を見出す役です。
それが、真本音の役割であり、本質です。

AさんがBさんに、真本音で怒りの一言を投げたとします。
反応本音レベルでは、「なんでそんなひどいことを言うのだろう」と思うかもしれません。
しかしそれは、「今は、怒りの一言を投げることが、最善である」という、Aさんの真本音の判断なのです。
そしてその判断は、Bさんの真本音の判断と完全に調和します。
なぜなら、もともと私達は“一つ”だからです。
源(ソース)でつながっているからです。

人によっては、このような説明を受けますと、「なんだか、源(ソース)というわけのわからないものに操られているようでいやだな」と思われるかもしれません。
しかし、源(ソース)とは、私達自身です。
私達と別個の存在ではありません。
「本来の私」と表現してもよいでしょう。
「本来の私」の望むことを、「現実世界で実現していく私」、
・・・それこそが真本音なのですね。

つづく



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