こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年04月01日

意識の次元と自由14 〜孤独の時代

人は心の奥底に、誰もが孤独を抱えています。
もしくは、「孤独になることが怖い」という根本的な恐怖感を抱いています。
4次元の気持ちの多くは、この「孤独の解消」や「孤独からの回避」に基づいて生まれます。

もともと源(ソース)から生まれ出ている私達は、別の体と別の心を持った瞬間から「孤独」を感じるという宿命があります。
その宿命があるからこそ、人間だと言ってもよいでしょう。
その宿命と共に生きるところに、人生の重要な意味(の一つ)があります。

誰だって孤独はいやです。
孤独は恐ろしいです。
しかし、死ぬときは、一人で死んでいかねばなりません。
(たとえ、何らかの事情で複数人で同時に死ぬとしても、死そのものは一人で迎えることになります。)
その、一人で死ぬ瞬間に孤独に陥るのか、それとも満たされているのか。
それは、その人がそこまでにどのような人生を歩んだかによって決まります。

孤独から抜け出る唯一の方法は、源(ソース)を思い出すことです。
変な表現ですが、顕在意識レベルでは思い出せなくとも、潜在意識レベルでそれを思い出す(実感する)だけでも結構です。
その存在を「実在」として認識することで、私達は本当の意味で、孤独から抜け出ることができます。
どれだけ気の合った大勢の人達に囲まれて生きていたとしても、源(ソース)を実感しない状態では、必ずどこかに孤独への恐怖はあり続けます。

そして、源(ソース)を実感するためには、高次元の自分で生きることが必須です。
高次元の自分が現れれば現れるほど、その実感値は高くなります。

「高次元の自分」という表現をしますと、なんだかとても崇高な気がしますし、取っつきづらさや、「自分をすばらしい自分でいさせなきゃ」というように自分に無理をするイメージがあるかもしれません。
しかし、そうではありません。
「高次元の自分」とは、「もとの自分」です。
「本来の自分」であり、「自然体の自分」です。
「高次元の自分」が現れれば現れるほど、私達の心は楽に、自由になっていきます。

そしてさらに、「高次元の自分」が現れても、「低次元の自分」が失われることもありません。
むしろ、好きなときに好きな「低次元の自分」を自由に活用することができるようになる分、より人間らしく、自分らしく生きることができるようになります。
それは、本来の自分らしさです。

「孤独」という根本的な恐れを常に抱きながら生きる私達。
しかしもうそろそろ、その「孤独の時代」からは抜け出るときが来たようです。
本当は、人は、全く、孤独、ではない。
という事実に気づくときが来たようです。
「孤独の時代」を抜け出ることができたとき、私達人類は、新しい時代に入ることができます。
それは、本当の意味で「共に向き合い、共に創る時代」です。
「真本音の時代」です。

つづく



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