こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年05月09日

8次元の愛 4 〜本当の愛情

ここからは前回のじいちゃんの話に基づいて、進めてまいります。

必死に立つじいちゃんを見て、「なんとかしてあげたい。力になってあげたい。」という気持ちが湧いてきます。
これを「情」と言います。
私達人間にとってなくてはならない心。
私達を豊かにしてくれる心。
それが「情」です。

ところがもうおわかりの通り、「情」とは時によっては「愛」を妨げることもあります。
必死にがんばっているじいちゃんの気持ちを推し量らずに、ただ自分の思いだけに任せ、じいちゃんに力を貸してしまったとしたら、それは本当の愛とは言えません。
「愛」と「情」とは、きちんと結びつけばそれは「愛情」となりますが、「情」が「愛」を打ち消すことで、多くの場合は「自己愛(自己満足の愛)」となってしまいます。
つまり、4次元の意識です。
4次元の意識を中心に生きている人の多くは、残念ながら、本人は良かれと思いながら行なっている行為のほとんどが自己愛となってしまっています。
相手を本当には観ていないのです。
本当には理解していないのです。
そして、愛を与えている自分に酔っているケースもあります。

しかしながら、「情」とはとても強いものです。
しかも、心も人生も豊かにしてくれる重要なものです。
だからが故に、私達は6次元の意識を中心に生きているときでさえ、「本物の愛」と「情」の区別がつかなくなるときがあります。
「情に流される」という言葉がありますが、「本物の愛」を注ごうという意志があるにも関わらず、その時その時の「情」に負けてしまい、後で後悔することもあります。
自分の子どもに「今は厳しくしなきゃ」と思いながらも、泣いている我が子を見ると、ついついそれにほだされて、本来自分がとろうと思っている行動と別の行動をとってしまうことは、多々あるのではないでしょうか。

残念ながら「6次元の愛」とは、まだまだ脆弱なものです。
脆弱であるが故に、「情」と反発することがあるのです。
すると、「愛」をとるか「情」をとるか、という葛藤状態に入ります。
実はもうその時点で、本来の愛のパワーは半減してしまいます。

本来の「情」とは、「愛」をより深くするための存在です。
「愛」と「情」とは、決して反発するものではありません。
もし反発してしまうとすれば、それはまだその人の「愛」が本来のパワーを発揮していないからなのです。

私達の心が7次元の意識を取り戻せば、「愛」は圧倒的なパワーを発揮し始めます。
そこで初めて「愛」と「情」は、深い結びつきを始めます。
本来の「愛情」が生まれるのです。
「情」とは、人間ならではの心。
ですから「愛情」とは、人間だからこそ持てる尊い心です。
7次元以上の意識を中心に生きている人の多くは、目の前の人と共感できる度合いが高くなります。
そして共感できた状態で、「愛のパワーを注ぐ最善の行動」をとることができます。
そこに「情に流される」という状態は、微塵も生まれません。
あえて「愛」のために、その人に厳しい行動をとったとしても、「厳しいが故にあたたかい」という状態が生まれます。

「情」は大切にしましょう。
でも、「情」に流されてはなりません。
「情に流されない」とは、厳しい行為です。
勇気のいる行為です。
でも今の世の中には、(震災が起きた今だからこそ)本当の「愛情」が必要なのだと思います。

つづく



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