こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年05月24日

8次元の愛 15 〜「枠」を外す

「すべては私である」ということを、理屈で捉えようとすれば、私達の脳は破綻します。
しかし、真理とは往々にして、脳みそ(思考)を超えたところにあります。
私達はこの3次元世界で安心して生きていくために、すべての物事に「枠」をはめようとします。
「視界」というものがあるように、私達は必ず限られた範囲内で物事を捉え、その範囲内で理解しようとします。
しかもその理解とは多くの場合、過去の自分の「理解できていること」に何とか当てはめようとする理解です。
本能的に私達はそうしながら生きていますので、私達は各々の「世界」を持ちながら生きることになります。
私達は、自分の「視界」で見たこと聞いたこと感じたこと経験したことに基づいて「理解」をし、その「理解」に基づいて次の「理解」をします。
ですから人生観や価値観が人によってまちまちなのは当然のことです。
ましてや、全く別の環境で生きた人同士は、理解し合うのはなかなか難しいです。

愛の次元を高めることは、言ってみればこれらの「枠」を超えることにつながります。
わかりやすいところで言いますと、例えば誰かを本気で愛したとします。
すると私達の意識はずっとその人に向かい続けます。
意識がずっとその人に向かうということは、ある意味、自分の意識は自分の視界を離れてまでもその人のもとにい続けるということになります。
それにより、私達の視界は必然的に広がります。
誰かを真剣に愛することで、人間的成長がもたらされるのは、そのような理由によります。

愛が8次元に達すると、「すべては私である」という状態になります。
ということは、「すべて」が自分の視界、ということになります。
ということはイコール、自分の視界とか「枠」が外れた状態となります。
それをこのブログでは、「完全なる自由」と表現しました。
8次元の愛とは「完全なる自由」に基づいた愛です。

私達は自らの「枠」を自ら外すことは、基本的にはしようとはしません。
それは非常に怖いことだからです。
「枠」イコール「自分」くらいに私達は思っています。
「枠」がなくなることは「自分」をなくすことである、と私達は信じています。
ですから、「枠」は外れません。
「枠」に固執し、「枠」にこだわり、逆に「枠」に囚われるようになります。
しかし「本来の自分」とは、その「枠」をすべて取り払ったところで、初めて姿をみせます。

本来の自分。完全に自由な自分。本当に自分らしい自分。
私達は誰もが、そういった自分になりたい、という欲求を心の根底に抱いています。
しかし同時に、それらを阻害している「枠」を守りたい、という欲求も強く持っています。
この二つのせめぎ合いの中で私達は人生を生きています。
逆に言えば、そのせめぎ合いの中で徐々に「枠」を外し、自由を手に入れていくことによって、魂の成長が成されますし、本来の愛を学ぶことができます。

皆さん。
「枠」を外しませんか?
「枠」を外すとは、社会人としての礼儀を軽んじるとか、独りよがりの我がままになる、ということとは本質的に異なります。
一人が「枠」を外すことで、愛のパワーは一気に周りに広がり深まります。
逆に、愛の次元を高めることで、「枠」は自然に外れていきます。

「枠」を外すために、まず最初にできる方法。
それは、「すべては私である」と心の中で呟くことです。
ただそれだけのことです。
それを続けたときに、自分の見えているもの、聞いているもの、感じているもの、経験しているものがどのように変化するかを楽しんでみてください。
ある人を「大切にしよう」と思ったとき、「すべては私である」と呟いてからその人と接してみてください。
すると、それだけで愛のパワーは少し高まっているかもしれません。

つづく



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