こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年10月18日

8次元の愛 82 〜存在の眼差し

砂浜にはいったい何粒の砂があるのでしょうか。
一つ一つはただの細かい粒ですが、
よ〜く観ると、
ただ一つとして、全く同じ形をした粒は
ないでしょう。
それぞれの粒には、
それぞれの表情があります。

砂浜から海に目を転じてみましょう。
そこには、延々と大海原が広がっています。
海は神秘の世界です。
その奥に何が存在しているのか。
私達人類は、まだまだ把握できていないそうです。

見上げれば、空があります。
空の彼方の宇宙のことも、
私達人類は、ほんのわずかしか解明できていません。

私達が住むこの世界は、
よくよく観ると、
神秘だらけです。

神秘は、私達自身にもあります。
私達はなぜ「私達」なのでしょう?
私達はなぜ「心」を持っているのでしょう?
嬉しいことがあれば、「嬉しい」と感じ、
つらいことがあれば、「つらい」と感じる。
この「心」とはいったい何なのでしょう?
なぜ「心」という現象が起きているのでしょう?

・・・・・
私達は、旅をしています。
「人生」という旅です。
そこには、様々な神秘が待っています。

ところが、旅というのは魔物です。
旅を続けるうちに、
神秘を「神秘」として受け取る純粋な眼差しを
私達は忘れてしまうことがあります。

それが、
そこにあるのが、
当たり前。

そうなると、それはもう
「存在」
ではなくなります。
私達の中から、それは
「存在」という価値を失ってしまいます。

「存在」ではなくなった「それ」は
いったいどうなるのでしょうか?

現実世界と言っても、
すべては、私達の脳が感知している世界です。
「存在」ではなくなった「それ」は、
「無」となります。

「無」は「創造」をしません。
「無」は「進化」をしません。

私達の意識の中で、
「砂浜」や「海」や「空」がすべて
「無」となってしまったら、
恐らくそれらのすべては、
本当にこの現実世界から消えてなくなります。

すべては私達の心の反映です。

私達が、
そこにあるものを「存在」として
感知する眼差しは、
世界を世界たらしめる
重要な、
とてつもなく重要な
真理の一つです。

だから私達は
世界をありのままに観ましょう。
目の前の人を
ありのままに観ましょう。

それらの行為が、
すべてを生かし、
活かします。

愛の本質とは、
ここにあるのです。

つづく



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