こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年10月19日

8次元の愛 83 〜社会の進化

太古の昔、
今のこの文明が始まったばかりの頃に
人類が抱いていた幸せと、
今の私達が抱いている幸せは、
何が違うでしょうか?

共通部分はあるのでしょうか?

どちらの人類の方が、幸せでしょうか?

正常な進化を遂げているのであれば、
私達の幸せも進化しているはずです。

人間は、人間らしく生きているでしょうか?
正常な進化を遂げているのであれば、
私達は、より人間らしくなっているはずです。

今の私達の姿。
それは、正常でしょうか?
異常でしょうか?

私達は、自然な進化を遂げているのでしょうか?

・・・・・
「自分らしく生きる。」

この一言を投げかければ、
ほぼすべての人が
「そうありたい」と言われます。

私達にとっては、共通の欲求です。

昨日よりも今日、
今日よりも明日、と
「自分らしさ」が増していく人生は
幸せです。

幸せにもいろいろあり、
自分らしい幸せを得たいと、
誰もが願っています。

多種多様な幸せが存在している。
そういった意味では、
私達人類は、進化しているかもしれません。

しかし、本当に自分らしく
私達は生きているのでしょうか?
太古の昔の人類よりも、
自分らしさは増しているでしょうか?

・・・・・
自分らしさとは、
自分自身の心が開放されているときに
発揮されます。

いえ、さらに正確に表現すれば、
自分自身の魂が開放されているときにこそ
発揮されます。

太古の人類は恐らく、
自らの魂に素直に生きていました。
今の私達は、
魂よりも、心に素直に生きているか、
もしくは、心にさえ素直に生きていないか、
どちらかのような気がします。

・・・・・
心と魂を抑えることで、
人間らしさも失われます。

人間らしさの一つとは、
「社会を構成すること」です。

社会を構成することで人間らしさを失うのではなく、
社会を構成することこそが、
人間らしさを育てます。

もし、人間らしさを育てない社会があるとすれば、
それはその社会そのものに問題があるということです。

「社会」とは、
「一つに戻る」ためのステージです。
私達人類は、「一つ」に戻ることを魂の願いとしています。
その願い実現のために、
社会とは、なくてはならないもの。

ですから私達は
社会を創って来ました。

一つの社会を創っては壊し、
壊しては創り、
思考錯誤を繰り返してきました。

そして今、
何度目かの「社会の破壊」を
私達は行なおうとしているようです。
ただしその「破壊」とは、
世界規模のものであり、
この文明始まって以来の
大規模なもののようです。
そして言うまでもなく、
その「破壊」とは、
次の社会の「創造」のためのものです。

破壊の方向に向かうとき、
私達は皆、恐れを抱きますが、
それも人間らしさの一つでしょう。

恐れの向こうから現れる、
私達の本当の願いを
今は見つけ、
観つめるときです。

これまでの私達の進化が
正常なものであったか?
それとも、異常なものであったか?

それは、これからの私達が
どのような社会を創り上げるかによって
決まってきます。

つづく



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