こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年11月02日

8次元の愛 90 〜真剣だろうか

真剣な眼差しで見つめられると、
私達の魂は
何か特有な反応をします。

懸命な眼差しと、
真剣な眼差しは、
似ているようで、少し違います。

真剣とは、まさしく「真剣」。
つまり、本物の日本刀を扱うイメージです。
懸命とは、
竹刀を必死に振り回しているイメージがありますね。

どちらも大切なことですが、
ちょっとニュアンスが異なります。

本当に真剣な人の魂は、
静謐さを湛えています。
日本刀を突きつけられるような強さと同時に、
その奥の「揺るがぬ静けさ」のようなものを
私達は感じるのかもしれません。

・・・・・
さて。
次の問いを、自身に投げてみると、
どのような答えが浮かぶでしょうか。

「私は今、真剣に生きているだろうか?」

真剣に観る。
真剣に聴く。
真剣に感じる。
真剣に決める。
真剣に動く。・・・
真剣に生きるために必要なことです。

しかし、
真剣とは、瞬発力です。

いついかなるときも真剣でいられる人は、
残念ながら存在しません。

真剣になるべき瞬間に、真剣になる。
・・・これが私達人間の、真剣です。

逆に言えば、
真剣になるべき瞬間に、真剣になれる自分
であることが大切です。
そういった自分創りをすることこそが、
真剣に生きる、ということではないでしょうか。

ですから、自身にこう問いかけてみましょう。

「私は真剣になるべきときに、
 真剣になれる自分だろうか?」

「そんな自分になるために、
 普段から何ができるだろうか?」

・・・・・
真剣になるべきときに
真剣になれるかどうか?

ある意味、
たったこれだけのことで、
人生は決まるのかもしれません。

真剣な人は、美しく、
真剣な人に、淀みはありません。

静かに、毅然と
現実と向き合いながら、
一点に向かって
歩を進めることができます。

自分の持つすべての力を
その瞬間に注ぐことができます。

真剣さは人を開花させ、
人は、真剣に生きることによってのみ
本来の自分を見つけることができるのです。

つづく



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