こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年11月04日

8次元の愛 92 〜山あり谷あり

山と谷は、
相反するものではありません。
山があるから、谷があります。
山が生まれれば、谷も生まれます。

人生も、山あり、谷あり。
山を求めれば、
自動的に、谷もついてきます。

「私は別に、山など要りません。
平穏無事に、生きていたいのです。」
そう言われる人もいますが、
残念ながら、
人生は、山あり、谷あり、
です。

なぜなら、私達自身が
それを望んでいるからです。
人生においては、
山と谷を越えていくことを、
心の深奥では皆、望んでいるからです。

山と谷を「越える」ことで、
山と谷を「超える」自分に
なろうとしているのです。

・・・・・
では、
山と谷を「超える」とは、
どういうことでしょうか?

山と谷とは「現象」です。
現象とは、
一つの結果です。

私達は、現象という結果に
心を囚われて生きています。
山と谷を「超える」とは、
その、心の囚われからの開放を
意味します。

・・・・・
では、「心の囚われからの開放」とは、
何でしょうか?

心が囚われる原因。
それは、私達の「思考」であり「解釈」です。

つまり私達は、谷に落ちたとき
「ここは谷だ! ここは苦しい!
 ここは不幸だ! ここにいてはダメだ!」
と思考(解釈)します。
その思考(解釈)によって
私達は、自分で自分を囚われの身とします。

とは言え、思考(解釈)をなくしてください、
という話ではありません。
大切なのは、
自分が今、どう思考(解釈)しているか?
を、あるがままに知ることです。

あぁそうか。
私は今、こう思考(解釈)しているから
こんなに苦しいのだな。
と、自分の心に起きていることを
そのまま理解するのです。

もうその時点で、
私達の心は、開放され始めます。

もうその時点で、
自分の心を理解しようとする眼差しの「もと」に
私達は立っているからです。

・・・・・
その時、たまたま湧き上がる思考(解釈)に
囚われることが、
私達の最善の選択を妨害します。

私達人間の根本的な力。
それは、
すべての現実とあるがままに向き合えば、
最善の選択ができる、
ということです。

そして、私達人間は、
今の状況(山か谷か)によらず、
「今、最善の選択ができている実感」
を得ることで、
魂レベルの幸せを感じることができるのです。

それが、私達です。

山にいるから幸せ。
谷にいるから不幸。
・・・ではく、
山にいようが、谷にいようが、
最善の選択をし続ける人生を
創り上げることです。
今、ここで。
一歩一歩。

それが、
「本来の私」を輝かせる
唯一の道です。

つづく



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