こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年11月06日

8次元の愛 93 〜未知の領域へ

未知の領域があります。
そこは、暗闇です。
中に何があるか検討もつきません。
さて、そこへ入って行こうか?
それとも、ここで引き返そうか?

これまで、
どちらの選択が多かったですか?

暗闇を、私達は恐れる習性があります。
得体の知れない何かが存在し、
その姿がまったく観えない不明確さは
私達の不安を駆り立てます。

その未知の領域に入ってみるかどうかの判断は、
理屈では不可能です。
当然です。
「未知」なのですから。
理屈とは多くの場合、
「既知」の領域で作用できるものだからです。

未知の領域に入るかどうかの判断は、
私達の「直観」に懸かってきます。
結局、最後は自分の直観。
自分の感性が判断するでしょう。

ところが、その感性が鈍っていると、
私達の直観は働かず、
右往左往しているうちに、
私達は、その未知の領域から遠ざかります。
直観が働かない場合の多くは、
私達の自己防衛本能が機能するからです。

つまり、
「怖いから、そこに入らなかった」
という現象が起こります。

人は、
自分の直観に従って「そこに入らなかった」場合は、
後に後悔することは、ほとんどありません。
ところが、直観が働く前に判断してしまった場合は、
後悔に苛まれることがあります。

直観とは、私達の「本当の意思」「本当の選択」
である場合が多いからです。

・・・・・
先日、とても素敵な人とお会いしました。

その方は、
「私は理論的にしか物事の判断ができないのです。」
と言い切っていらっしゃいました。
ところが、
その方の一挙手一投足は、
とてつもなく直観的だったのです。笑

つまりその方は、
自らの直観を、
理論的に補佐していたのです。

・・・・・
直観とは、魂の声です。
魂の声とは、源(ソース)の声です。
源(ソース)の声とは、
「すべては私である」私の声です。

その声を、いつも聴き取りやすい心の状態に
しておくことが、非常に大切です。

心の曇っている人は、
残念ながら直観は働きづらくなります。
心が晴れ晴れとしている人は、
直観とは意識せずとも直観が働き続けます。
そういう人は、
未知の領域を前にしても、
「怖いか?怖くないか?」で判断するのではなく、
「本当に入りたいか?入りたくないか?」という、
極めて自分自身に素直な判断ができます。

・・・・・
未知の領域。
今後、私達の目の前には、
これが頻繁に現れます。

外部環境的にも。
心の内側においても。

各々の人生の展開においても。

未知の領域、未知の波が
次々に現れます。

その一つ一つに
怯えずに行きましょう。

一つ一つと
毅然と向かい合いましょう。

毅然と向かい合うことで、
本当に自分に必要かどうか?を
自ら、毅然と判断するのです。

それが求められる時代です。
それがこれからの時代です。
その時代の潮流は、
ますます高まります。

私達人間とは、
未知の領域を開拓するために
存在しているのです。

つづく



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