こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年11月21日

8次元の愛 100 〜光の願い

暗闇の中に、
一点の光。

それが、今の私達です。

光はまだ弱く、
何物をも照らすことはできません。
しかし、
確かにそれは
輝き続けています。

その光が消えることは
ありません。

弱くとも続くもの。
それが私達の力の一つです。

闇は、怖いですか?
闇は、不安ですか?
闇を、避けたいですか?

残念ながら、
私達の周りはすべて
闇に見えます。
それはそれ。
一つの事実として
受け取るしかありません。

しかしよく目を凝らして
観てみてください。
闇の中に
浮かび上がるものがあります。
それは確かにそこに
存在しているもの。
「実在」です。

今の私達にすべての「実在」を
認識する力はありません。
闇は闇としてしか
見えないかもしれません。
しかしそれは
確かにそこに「実在」しているのです。

その存在を感じたら、
そう感じている自分を信じ、
そこにまっすぐな目を
向けてみましょう。

すると、
これまでただの闇だと思っていた世界に、
実に様々な存在と、
可能性と、
可能性を紡ぐ芽が
無限に広がっていることが
わかるはずです。

・・・・・
どうあがいても、
私達が「光」であるという事実は
揺るぎません。

事実を知ること。
事実を受け取ること。

それが、今の私達には
必要です。

性善説とか性悪説とか
そういったものをすべて飛び超えて、
人とは、
私達が思っている以上に
凄いものです。
凄まじいものです。
驚くべき存在です。

私達自身が
そういった存在そのものであることを
そろそろ受け取ってもよいでしょう。

・・・・・
闇があるからこそ、
光は光として存在できるのかも
しれません。

しかし、
光があるからこそ、
闇は闇であることを知ります。

そして光という存在は、
闇の中身をあらわにします。
闇に向かう光の恐怖と同じくらい大きなものを
闇も抱えています。

闇も、光が怖いのです。

しかし、
光と闇が、
実は、相対するものではないということを
お互いが知ったとき、
それらは、一つに
融合されます。

そしてすべての「実在」が
本来の姿を現わします。

光と闇は闘うものではなく、
融合し合うもの。
一つになるもの。
それをよく知っており、
そのための一歩を踏み出す勇気を持った存在、
それこそが、光です。

光の本質とは、勇気です。

・・・・・
私達は、光です。
私達は、勇気の存在です。

つづく



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