こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年12月04日

8次元の愛 110 〜自分と向き合う法D

私達はいつか必ず、
自分の最期を体験します。
それが、いつどのような形で
訪れるのかは、
わかりません。
しかし、必ず訪れることは
誰もが知っています。

そしてそれを受け入れています。

死を受け入れた上で進むのが、
私達の人生です。

死は怖いです。
私達は、死を避けようとします。
それが、人間の、というより生物の
本能の一つです。

死を受け入れる根底の自分の上で、
死を避けようとする自分がいます。

これは矛盾でしょうか?

いいえ、そうではありません。
それが、人間です。
それが、生き物です。

・・・・・
宿命。
避けては通れない道。

死も宿命の一つですし、
人生を生きるということそのものも
宿命かもしれません。

私達の魂には、
役割があります。

それぞれの役割。
これも宿命でしょう。

・・・・・
私達は、「宿命」を
どう取り扱ったらよいのでしょう?

「宿命」と
どう向き合えばよいのでしょう?

多くの場合、
私達は、「宿命」を重く捉える傾向があります。
深刻に捉える傾向があります。

宿命から逃げてはならない、と
自らを鼓舞する傾向があります。

しかし本当は、
「宿命」とは、
私達を楽にしてくれる
最大の要素なのです。

別表現を使えば、
「宿命」とは
私達の魂の力となるのです。

決して、
私達を縛ったり、阻害するものでは
ありません。

・・・・・
自分自身の「宿命」だと思われることを
一つ挙げてみましょう。

そして、それを観つめます。
ありのままに観つめます。
さらに観つめます。
もっと観つめます。
もっと、です。

観つめることで、
心が苦しくなるかもしれません。
しかしそれに負けずに、
観つめ続けます。
あまりに苦しくなったら休憩します。
しかし、時間をおいて
観つめ続けます。

観つめて、観つめて、観つめます。

すると、ある瞬間に、
フッと、
心が開放される感覚を
得られるはずです。

すると、
その「宿命」の様相が、
変化しませんか?

これまで、重いもの、深刻なものとして
受け止めていたそれが、
まったく別のものとして
認識されませんか?

それが、
明るく、光り輝きませんか?

それが、その「宿命」の本質です。

理屈ではありません。
そう感じるまで続けるとよいですね。

「宿命」が、光り輝くものになった後、
意識を「現実」に戻します。
そして、いつものように生きていきます。

世界の何かが、変わるはずです。
人生の何かが、変わるはずです。

あまり無理をせず、
できそうなときに試してみてください。

「宿命」とは、
私達のパワーです。

つづく



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