こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年12月10日

8次元の愛 116 〜やさしくしてもいいよ

やさしさって何でしょう?

と、ある人に問いかけたら、

厳しさ、だと思います。

・・・と返ってきました。

では、
厳しさ、とは何でしょう?

・・・・・
人生とは、厳しいものですか?
それとも、やさしいものですか?

確かに、
厳しさとやさしさとは、
相反するものではありません。

むしろ、それは
共にあるもの。
一つであるものです。

それらをよくわかった上で、
あえてここでは
申し上げましょう。

私達は、
もっと自分を、
やさしくしてあげても
いいですよ。

・・・・・
本当の厳しさとは、
「厳しくしよう」
という意図のもとで
生まれるものでは
ありません。

本当に自分にやさしくなれば、
自分の真の願いや
自分の真の使命を
自分自身が、誰よりも
尊重し始めます。

そして
それに向かいます。

何としてでも、
それに向かいます。

無理に向かっているのでは
ありません。
本当に向かいたいので
自然に向かっています。

そんな人を
傍から見ると、
あぁ、自分に厳しい人だなぁ、と
見えるだけのこと。

本人はいたって
自分にやさしく接しています。
そこに悲壮感は
微塵もないのです。

真本音の時代を迎えるにあたり、
今の私達が
よくわかっておくべきこと。

それは、
悲壮感のある厳しさは、
本来の厳しさではない、
ということです。

本来の厳しさとは、
心の中が笑顔で溢れます。
自分の原点から
パワーが溢れ続けます。

そのパワーは、
やさしさの生み出すパワーと
何ら変わりません。

つまり、やっぱり
厳しさとやさしさは、
同じものなのですね。

・・・・・
本来のやさしさへの第一歩。

それは、
自分の「願い」や「望み」を
大切にすることです。

それができる人は、
自分自身だけでなく、
周りの人達の
「願い」や「望み」を
尊重できるようになります。

そうして
やさしさは広がり、
それに伴い、
厳しさも深まります。

やさしさも、厳しさも
その根元は同じ。
そこには必ず、
人々の「願い」が
あるのです。

真本音の時代とは、
願いの時代、です。

つづく



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