こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年12月25日

8次元の愛 124 〜楽な方へ行くからこそ

苦労は買ってでもしろ。
という言葉があります。

とても大切な言葉だと思いますが、
真本音の時代では、
ちょっと違和感が出ます。

真本音の時代では、
自ら苦労に飛び込むことは
回り道になります。

心の楽な方へ、
楽な方へと進むことで、
道が開くようになります。

そしてその道を進むことで
必然的に、苦労はついてきます。

しかしその苦労とは、
本人は「苦労である」とは
思っていません。
本人は至って楽しんでいます。
ただ、
周りからすれば、
よくあんなに頑張れるなぁ・・・。
という風に映るだけのこと。

自分が楽しく進む道の途上で出会う苦労こそが
本来の苦労であり、
魂の成長につながるものです。

それが、より明確になるのが
真本音の時代の特徴であり、
すでにその兆候は
あらゆるところで現れています。

・・・・・
表面上の「楽」と、
心の深奥における「楽」とは、
真逆になることもあります。

例えば、最も顕著なのは、
「逃げよう」と思って選んだ道が、
最も厳しかったという現実です。

反対に、
無理を承知で、勇気をもって進んだ道が
あっという間に開け、
何の苦もなく進むことができた、とか。

こういったご経験は
どなたにもあるのではないでしょうか。

反応本音レベルで感じる「楽」ではなく
真本音で感じる「楽」を選ぶことが
ポイントですね。

・・・・・
くどいようですが、
真本音で生きるのは、楽ちんです。

反応本音のみで生きるのは、
苦しいです。

人生は苦しい、という観念は、
反応本音で生きることで
強化されます。

真本音で生きれば、
いつも道は開けている実感が
あります。

その道で、どのような苦労に出会っても、
どうしても
道が閉ざされているとは
思えないのです。

思おうとしても
思えないのです。

悲観的になろうとしても、
なれないのです。

いつも、自分の先には
明るい未来が輝いています。
それは思い込みではなく、
実在の明るさです。

思い込みの明るさは、
自分をより不安定にさせますが、
実在の明るさは、
自分をより安定させてくれます。

その中で出会う苦労が
いったい、
いかほどのものでしょうか。

・・・・・
真本音で生きること。
それは、特別なことではありません。

それこそが、
私達の自然体です。

私達は、
自然に戻るだけです。

正常に戻るだけです。

それが真本音の時代。
皆が素直になれる時代。
皆が自然に生きる時代。

人間が
本来の人間としての幸せを
取り戻す時代です。

つづく



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