こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年01月07日

8次元の愛 131 〜そんな無茶な、と思っても

やっと手に入れることのできた成果を
手放さなければならなくなる。

そんなご経験はありますか?

例えば、
一つのことをずっと続けてきて、
一人前の力を身につけたとします。
やっとこの分野で自分はやっていける!
そんな自信を持ち始めたとたんに、
その分野から離れなければならなくなる。
と言ったようなことです。

実は、
真本音とは、時々
そういうことを求めます。

真本音通りに、
それを手放すことができれば、
その後の人生の展開において、
思わぬところで、
それまでの成果が活かされたりします。

ところが、
手放すべきときに執着し、
その分野で留まり続けると、
人生の展開が急に停滞したり、
後退したりします。

今の自分が
最も手放したくないものは
何でしょうか?

それを手放す勇気は
ありますか?

それを手放すくらいなら
死んだ方がましだ、
と思われる方も
多いのではないでしょうか。

ところがやはり、
真本音は、あえてそれを
しようとします。

しかも、
これからの時代、
特にこの2012年という年は、
そういった人生の選択が
急増する年となるでしょう。

・・・・・
真本音とは、
自分自身の心です。

現時点での
最高次元の心です。

つまり、自分自身の
最も強い本音、
最も深い本音
であると言えます。

そんな真本音が
「手放そう」と言えば、
どれだけ抗っても、
結果的には、そうなります。

どこまでいっても、
自分自身の本音ですから。
どれだけ抗っても、
その通りになるのです。

であれば、最初から
真本音の通りに素直に生きる。
という方が、
よほど楽です。

しかしそうは行かないのもまた、
私達人間ですね。

・・・・・
執着。

私達にはこれがあります。

執着があるが故に、
私達は苦しみます。
迷います。

ある人のことを
本当に愛しているつもりでも、
実は、執着でしかなかった
というケースも
残念ながら多いのです。

今の自分は執着をしているのか?
それとも
本心からそう思っているのか?
その区別がつくようになると
本当に楽です。

執着とは
執着でしかありません。
それは、
本心ではありません。

本心とは
真本音そのものです。

自分の本心を観えなくするくらいに
強烈な存在が
執着です。

・・・・・
執着は
捨てようとしても無理です。
なぜなら、執着とは
それをなくそうとすればするほど
強化されるからです。

執着をコントロールすることは
あきらめた方がよいです。
それよりも、
自分自身の真本音に
意識を向け続けることの方が
健康的です。

真本音とは、
時々、無茶を言います。
せっかく手に入れたものを
「手放したい」などと
言うのですから。

でも、
それがすぐにできるかどうかよりも、
そのように本心から思っている自分自身を
観続けることです。

真本音とは、自分自身です。
ですから真本音とは、
自分を本当に大切にしています。
もちろん、
自分の大切な人も
本当に大切にしています。

そんな自分の心を、
まずは自分が観続けることです。

一見無茶に思えることでも、
その奥に、
とても愛に溢れた重要な意図が
必ず込められているのですから。

自分を信じる第一歩は、
自分の真本音を信じること。

真本音を信じる人の心からは、
執着は
自然に去って行きます。

つづく



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