こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年01月09日

8次元の愛 133 〜今こそ永遠を見つめて

始まりと終わり。
すべての物事には
この二つが存在します。

始まるとき、
私達はいつも
どのような心持ちでいるでしょうか?

希望を抱いているでしょうか?
不安を抱えているでしょうか?

両方かもしれませんね。

終わるとき、
私達はいつも
どのような心持ちでいるでしょうか?

これまでは、
満足感のある終わり方が多かったですか?
消化不良や後悔の残る終わり方が多かったですか?

これも、
満足100%というよりは、
満足を得ながらも、
次への指針となる後悔や反省が
共存していたことでしょう。

終わりとは、
次への始まりでしたし、
始まりの前には、
いつも終わりがありました。

ただ、
始まりと終わりという節目を
私達は一つの分岐点としながら
人生を生きてきたはずです。

・・・・・
命とは
永遠のものであると
考えてみましょう。

つまり、
この人生の終わりが、
次への始まりであると
考えてみましょう。

永遠の中での今。

そんな視点に立つとき、
これまで「始まり」だと思っていたこと、
これまで「終わり」だと思っていたこと、
それらの捉え方に
変化はありますか?

永遠の中での今。

そんな視点に立つとき、
普段の一日一日の捉え方に
変化はありますか?

私達の真本音とは、
そういった「永遠の視点」を
持ち続けています。

かと言って、
すべての物事を悠長に見つめている
わけではありません。

「永遠の視点」と同時に
「今がすべて」であることも
よくわかっているのです。

「今」とは「永遠」です。

「今」と「永遠」は
イコールです。

「永遠」の視点を大切にすることは、
「今」を大切にすることに
直結します。

「今」には、
過去も未来も永遠に、
すべてが織り込まれています。

命は永遠であることが
実感できればできるほど、
私達は
今を大切にするようになります。
自然に、
そうなります。

・・・・・
「今」の私がどうあればよいか?

それを、
「永遠の視点」から
考えてみましょう。

命が永遠であると捉えたとき、
今、
私は、どうあればよいか?

今、
私は、何を始めればよいか?

今、
私は、何を終えればよいか?

そして、
今、始めようと思ったこと、
今、終えようと思ったことは、
今、そうするとよいでしょう。

そんな生き方を
一人でも多くの人達が大切にすれば、
真本音の時代は
確実に来ます。

私という人間の人生は
いつかは終わります。
しかし、
人類の人生は
永遠に続きます。

私達は「一つ」なのです。
私やあなたは、
永遠です。

つづく



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