こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年01月27日

8次元の愛 140 〜まだ見ぬ頂を待とう

山の頂を見上げると、
それが果てしない彼方に
感じられたとします。

あんなところまで登るのか?

愕然としたとします。
愕然となったあなたは、
その後、どうしますか?

どうするも何も、
頂が見えてしまったら、
私達は、
そこを目指して進みます。

ヘトヘトだろうと、
クタクタだろうと、
あそこまで登る自信があろうと、
なかろうと、
頂が見えてしまったら、
私達は、
そこを目指して登るのです。

それが私達人間の
本能です。

しかし多くの人達は、
まだその頂が見えません。
自分がどの山に登っているのかも、
自分がどの辺りまで登って来たのかも
知らないのです。

私達の歩みが遅くなったり、
止まってしまう原因はただ一つ。

頂が見えないからです。

・・・・・
自分が選び登っている山が、
間違っているのではないか?

そんな疑念を持っている人もいます。

しかしそれに関しては、
明確にお答えすることができます。

間違ってはいません。

私達は決して
そこは
間違いません。

むしろ、疑念を持つことによって
生まれる様々な反応本音を
超えることにこそ
意味があります。

もし仮に間違っていたとしても、
その山を「自分の山だ」と信じて
精魂こめて登る人には、
必ず、本当の山につながる道が
開かれます。

人生の道を
「間違いである」と結論づけているのは、
他でもない、自分自身です。

・・・・・
私達の真本音は、
私達が具体的に何をするか?
には、ほとんどこだわりがありません。

それよりも、
私達が今この瞬間に
どのような生き方をしているか?
どのような自分として在るか?
そこを大切にします。

きちんと現実と向き合い、
きちんと自分の生き方を実践する。
それは非常に気持ちのよいことですが、
その気持ちよい生き方を
日々続けているかどうか?

真本音はそこをいつも観ています。

そしてそういう人には
真本音は常に声をかけ続けます。

それはもちろん
自分自身の心の声です。

それは、確信として
もしくは、ひらめきとして
認識されます。

そして確信に従い進む人は、
自然に「自分の山」の頂に
向かっています。

しばらくの間は、
その頂は見えないかもしれません。
しかし、
確実に自分は頂に向かっている
という実感は、
ずっと心の中心に在り続けます。

・・・・・
そしてある時、突然に、
見えなかった頂が
見えるときが来ます。

それは遥か彼方に
見えるかもしれません。
見上げ切れないくらいに
上の方に見えるかもしれません。

しかし、
それが見えた瞬間に
私達の根底から
信じられないようなパワーが
湧き上がります。

そのパワーは
発散はされません。

ずっと、自分の中に
在り続けます。

静かにそれは、
在り続けます。

それは無限ですが、
それは静謐で、
穏やかです。

それが、誰もが持っている
人間としてのパワーです。

多くの人が
そのパワーを思い出すことの
できる時代に、
今、入りつつあります。

頂に向かう自分を
観つめましょう。

まだ見ぬ頂は
無理にイメージせず、
ただそれが
自分の中に自然に浮上するのを
待ちましょう。

つづく



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。