こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年01月31日

8次元の愛 142 〜止まって何もしない2

やみくもに走るよりも、
時々きちんと止まり、
現実と自分自身をよく見つめながら
進むと良いですよ。
それが今の時代、これからの時代で
道を拓く生き方の一つですよ。
と、昨日お伝えしました。

では、
止まる、とは
どういうことでしょうか?

何もしない、とは
どういうことでしょうか?

自転車に乗っているイメージを
してみましょう。
自転車は、常に前に向かって
動いていなければなりません。
止まってしまうと転びます。

私達の人生もよく似ています。

私達は常に前に前にと
進み続けています。

一見、止まっているように見えるときでも、
実は、前に前にと進み続けています。

これからの時代に必要な「止まる」とは、
完全に止まり、
いったん自転車から降りることを言います。

ですから、
中途半端な止まり方では
ありません。
速度をゼロにして
地面に足をつけるだけでは
ないのです。

しっかりと
自転車から降りるところに
最大の意味があります。

それが、
「何もしない」
ということでもあります。

・・・・・
では、
自転車から降りる、とは
どういうことでしょうか?

自転車に乗っている状態とは
「自分として生きている」
状態です。

自転車から降りる、とは
「自分から降りる」
ということです。
もちろん、「一時的に」という
ことですが。

私達は、誰もが「自分から降りる」
ことができます。

自分の人生から
いったん外れる、
と言ってもよいでしょう。

ある意味それは、
客観的に自分を見る、ということですが、
実は本質的には
それともちょっと違います。

・・・・・
自分として生きていると、
いつの間にか私達は
「自分」という幻影に
包まれます。

それは、本来の自分とは
異なるものです。
しかし、その幻影を
私達は「自分」として認識し、
思い込みます。

そこから抜け出るのです。

自転車から降りるということは、
幻影の自分から降りて、
本来の自分の眼差しを取り戻す、
ということに他なりません。

本来の自分とは、
いつも同じ場所から
自分自身を観つめています。

まずはその、
本来の自分の場所を
見つけることが大切です。

・・・・・
ぜひ、「何もしない」時間を
創ってください。

ここで言う「何もしない」とは
3次元レベルでの話です。
つまり、
ただ座り、他は何もしない時間です。

すると、心が自由に動き始めます。
いろんな思考がグルグル回ったり、
何かできごとを思い出したり、
悩みに入ったり、
楽しいことを考えたり、
様々なことが起こるでしょう。

それらすべてを
少し客観的に見ていてください。

それらの心の動きは自由なままで、
一つの視点を持ってください。

「本来の私はどこにいるかな?」
という視点です。

それを持ちながら、
心を自由にしておき、
あとは何もしません。

それを続けることで、
何となく、本来の自分の場所が
わかります。

それがわかったら、今度は
その場所に戻る時間を
創ってください。

その場所に戻ることが
イコール、
自転車から(幻影の自分から)
いったん降りることを意味します。

本来の自分の場所に戻ることで、
本来の自分が今の自分を
どのように観つめ、
どのように感じているのか、
がわかるようになると思います。

そして、自転車に乗り続けている状態では
決して見つからない
次の一歩へのヒントが
ありありとわかるようになるかも
しれません。

以上をできるだけ
頻繁に行なうことですね。

毎日が、
大きく変わる可能性が
あります。

つづく



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