こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年02月24日

8次元の愛 159 〜真本音とは真剣な本音

明日の決断と
今日の決断は
変わりますか?

と問われると、
どのような答えが
浮かびますか?

状況によって答えが変わるのは、
基本的には
反応本音による決断です。

ですが、
真本音による決断だからこそ、
明日には答えが変わる
ということもあるのです。

真本音は自由です。

それは、
気が変わりやすい
ということではありません。

脈々と、
変わらぬもの、揺るがぬものが
流れ続けているのが
真本音です。

その変わらぬもの、揺るがぬものを
大切にするからこそ、
その時その時の判断・決断は
変わる可能性があります。
しかしそれは表層(つまり行動)レベルの
変化です。
本質に揺らぎはありません。

反応本音レベルの変更と
真本音レベルの変更の区別。
それは、
変更そのものが「確信に満ちているか」どうか
です。

決断するときも、
それを状況の中で変更するときも、
いかなる場合でも
真本音に「淀み」はありません。

常にスッキリ、
が真本音です。

・・・・・
スッキリ、とは
真剣さを生みます。

スッキリした心のままに前に進む、とは
真剣に前に進む、ということと
イコールです。

「彼は真剣じゃない」
と言われる場合の多くの根本原因は
心の中に淀みがあるからです。

彼が、
反応本音のみで生きているからです。

ですから、こうも言えます。
反応本音のみで生きている人は、
決して、真剣になれない。
・・・と。

それは人生のあらゆる場面で言えます。

本人は真剣なつもりでいたとしても、
それは決して
「真の」真剣さではありません。

真剣とは、
自分の心のパワーのすべてを
そこに向けることだからです。

・・・・・
真剣、と言いますと、
ちょっと苦しい印象がありますが、
逆です。

人は、
真剣になるからこそ、
楽になります。

真剣になるからこそ、
余分な力が抜けます。

そして真剣になるからこそ、
本来の魅力に溢れ、
その人だからこその空気感と
存在感に満ちるのです。

そんな人に
人は惹かれます。

真剣な人の傍にいると、
肩の力が抜けます。
自然体となり、
かつ、パワーが漲ります。

一人の真剣さは、
周りの真剣さを
呼び起こします。

・・・・・
真本音で生きるために
私達にできること。

それは、
自分が最も真剣な眼差しを持てる対象に
まずは
真剣に向かってみることです。

徹底的に。

そしてその時、
自分の心のどこが、
感動に震えているか?
を探してみましょう。

多くの場合は、
体のどこが感動しているのか?を
探せば、わかります。

その場所が、
真本音の場所です。

その場所が、震えるとき、
私達は、真剣です。
私達は、スッキリしています。

物事の決断をするときも、
その場所がどのように感じているのか?
に意識を向けてみましょう。

真本音からのメッセージを
体分の反応を通じて
理解できることも多いのです。

真本音の「真」とは
真剣の「真」でもあります。

人生に対して
真剣に、そして真摯に向き合うのが
私達の真本音です。

だからこそ、
私達は、スッキリ自然に
生きることができるのです。

つづく



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。