こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年03月06日

8次元の愛 166 〜枠を見つけるために

私達は「枠」を超える存在ですが、
そんな私達にとって大切なのは、
今の自分の目の前にある
「枠」に気づくことです。

枠に気づくために必要なのは、
心を自由にすることです。

自由になることで、
初めて不自由なものに
気づきます。

自由でない状態のまま枠を探すと、
本当の枠とは別の枠を
自分の取り外すべき枠である、と
勘違いすることがあります。
それを取り外すことで結果として
さらに枠を重ねてしまう、
ということは、実は
極めて多いのです。

自由な目で
枠を探しましょう。

自由な目、とは
ニュートラルな目、
でもあります。

・・・・・
面白い実験をしてみましょう。

いつも行きつけの場所に
行ってみてください。

例えば、いつも行く喫茶店などで
結構です。
公園でも通り道でも、駅でも
どこでも結構です。

その場所に着いたら、
しばらくそこにいてください。
その場を、ただ
観察してみてください。

いろいろなものを
よ〜く観察するのです。

ただしその時に、
一切の評価・判断・解釈などは
しません。
ただ、観る、だけです。

よ〜く観ます。

その時点で、
これまでにない気づきを得るかも
知れません。
しかし、その気づきから
思考に入らないでください。

思考とは、
評価・判断・解釈に
つながってしまうからです。

そうです。
自由な目・ニュートラルな目とは、
一切の評価・判断・解釈から
開放された目線ということです。

充分に観察できたな、と
思えたら、
その場を離れます。

あとは何もしません。

ただ、その後
ふとした「気づき」や
「発想」が生まれたら、
それをすかさず、
メモします。

その「気づき」や「発想」が
自由な目線から生まれた
ものです。
そして、
メモしたそれらを眺めながら、
さらに「気づき」や「発想」が生まれれば、
やはりそれも
次々にメモしていきます。

いつもの自分の発想と、
その発想は
どのように違うでしょうか?
まったく同じでしょうか?

まったく同じであれば、
その人は、いつも比較的
自由な目線でいる、ということです。
これまでにない発想が
次々に生まれる場合は、
残念ながらその人は、
普段は自由な目線とは違う状態で
いたことになります。

自由な目線とは、
意識を「外に向け続ける」目線です。
あらゆるものを
「あるがままに捉える」目線です。

その目線でいる人こそが、
自らの「枠」に気づけます。

・・・・・
「枠」に気づいたら、
その「枠」を外そう、と
しないことです。

ただ、
「枠」を「枠」として
認識し続ければ、
それでOKです。

それを続ければ、
それは自然に外れていきます。

それは、
心の中の枠であったとしても、
環境における枠であったとしても、
同じことです。

私達の本能は、
「枠」を外そうとしています。
「枠」を外すことを通じて
進化をしようとしています。

ですから、「枠」を発見すれば、
それは私達が本能的に
自然に超えて行くのです。

その「自然さ」に
委ねましょう。

「枠」を一つ外せば、
次の「枠」が見つかります。
すると私達はまた
それを超えて行きます。

それが私達の本能であり、
性(さが)であり、
真本音の願いです。

つづく



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