こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年03月08日

8次元の愛 167 〜向き合うことで実感する

気楽に生きることと
真剣に生きることが、
イコールとなるのが、
真本音の時代の特長です。

もともと私達人間の心とは、
現実逃避をすればするほど、
深刻になるようにできています。
疲弊するようにできています。

真剣になればなるほど
心が気楽になっていくというのは、
実は、最初から同じです。
その「当たり前」のことを
多くの人達が思い出している状態が
真本音の時代の基本となります。

真剣に現実を観て、
真剣に発想して、
真剣に行動する。
それにより、
肩の力が抜けていきます。
心だけでなく、
体も楽になります。

真剣さが無理を生むのではなく、
真剣でないことが、
無理を生み出してきたことを
大半の人が思い出します。

そして皆が、
真剣に関わり合うようになります。

真剣に向き合う世の中です。

・・・・・
真剣な向き合い方は、
人と人のつながりを
実感として思い出させてくれます。

人は結局は一人であり、
孤独である。

そういった「思い込み」が
これまでの時代、
消えることはありませんでした。

しかし、そこから私達は
脱皮をします。
それにより、
お互いが自由になれます。

人と人のつながりは、
理屈ではありません。

自然に「実感」できるものです。

「本当は
つながっているのだから云々・・・」
と頭で考える必要は
まったくありません。

つながっていることが「事実」ですから
事実を体で感じるだけです。

それは、
熱湯に指を入れて「熱い!」と
感じることと同じです。
おいしいごはんを食べて
「美味い!」と感じることと
同じです。

ただ感じるだけ。
事実を体感するだけです。

そしてその「つながり」があるからこそ、
私達は「自由」になれます。

今日、私のクライアントさんが
素敵なことを言われました。

「自由とは、
つながっているからこそ
得られるもの。」

つながり感のない自由は、
本当の自由ではありません。
つながり感の喪失そのものが
「束縛」です。

束縛の中で、
いかに「自由であろう」としても、
そこに本当の自由は実現しません。

その「つながり」を得る唯一の方法が
向き合うこと、です。

・・・・・
一人の直観は、
たかが知れています。

人と向き合う中で生まれる直観は、
質も量も、次元が違います。

私達人間は、
「向き合うために存在している」
と断言してもよいくらいに、
向き合うことは
人間の本分、です。

それをしていないのは、
人としての本来の喜びを
知らずにいる、
と言ってもよいでしょう。

向き合うことで、
愛のパワーは増幅し、
人と人の間を渡ります。

向き合うことで、
私達は自らの存在意義を
実感できます。

そして、
向き合うことで、
私達は、お互いがなぜここにいるのか?
その本当の理由を
知ることができます。

・・・・・
意識を
相手に向けましょう。

自分の思考に向けるのではなく、
ただただ、
自分の意識の先を、
相手に向けましょう。

それが「向き合う」基本型です。

体だけ向かい合っても、
それは「向き合う」ことにはなりません。
意識が、
完全に相手に注がれて初めて
それは成されます。

お互いの意識の矢印が交差するからこそ、
そこに「パワー」が
生まれます。

それを、
愛、と言います。

愛、とは、
気楽なものです。

つづく



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