こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年03月16日

8次元の愛 172 〜誤解を解こう

向かい合う現実から
私達は様々な刺激を受けています。

ある時は心地良く、
ある時は避けたい刺激も
当然あります。

刺激を受けることで
私達の心は波打ちます。
大小様々な波紋が起こります。
そしてその波紋が消えないうちに、
次の刺激が心を打ちます。

前の波紋の残像と、
今生まれたばかりの波紋が重なり、
いびつな波紋となります。
そこにさらに新たな波が来ますから、
心の中は一見すると
混沌状態となります。

たった一個の波紋であれば、
どんなに楽なことでしょう。
しかし波紋は重なり、
何がどうなっているのか
まったくわからなくなります。

そうして私達は
心の中で起きていることを
自身がわからなくなります。

そうすると、
今自分は喜んでいるのか、
怒っているのか、
悲しんでいるのか、
楽しんでいるのか、
そんな単純な感情すらも
自分でわからなくなることも
あるのです。
そういう人は、
想像以上に多いのです。

・・・・・
波紋と波紋が干渉し、
まったく別の波紋を生む。
これもよくあることです。

しかしそれらを続けていますと、
波紋の起こり方、
広がり方、
干渉の仕方、
残り方、
それぞれに、その人なりの
パターンが現れるようになります。

パターンがだんだん定まってくると、
私達はそのパターンを見て、
「これが私だ」
と思い込むようになります。

パターン化された「波紋」を
自分であると思い込むのです。

しかしそれは
波紋に過ぎません。
しかも、
波紋の一部に過ぎません。
それが「自分である」と誤解することは、
自分のあらゆるものを誤解しながら
生きることになります。
さらに、
そのように自分を見つめる人は
他人をも、そのように見つめ、
他人を誤解することにもなります。

誤解と誤解が
さらに次の波紋を生み、
人生、誤解だらけとなります。

残念ながら、
多くの人達が、
自分自身を
誤解しています。

他人を
誤解しています。

人間を
誤解しています。

誤解したままでは、
真本音の時代に入るのは
難しいでしょう。
ですから今、
誤解の「枠」を超えようと
している人が増えています。

誤解を超えて
真実を観てほしい!
という
真本音の強烈な想いが
それをさせています。

真本音が表面に出やすい潮流が
世の中全体を覆い始めている
影響です。

それはとても良いことです。

誤解をいかに解いていくか?
それが、この1,2年の
私達全員のテーマです。

・・・・・
自分はこのような人間だ。
という自己イメージを
もう、手放しませんか?

一度、すべてを
手放してみませんか?

そのように言うと、
えぇ? そんなことできないですよ。
という反応がありそうですが、
そろそろ、やろうと思えばできるかも。
という状態になってきているのです。
それだけ、
世の中全体の真本音度合いは
高まりつつあるのです。

「自分」だと思っている心。
それを一度、自分から
離してみましょう。

あぁ、こんな心があるな。
あんな心もあるな。
へぇ、こんな心も隠れていた。・・・

というように、
心の探検をしながらも
すべてを客観的に
見つめてみましょう。

そして、
こう呟くのです。

「すべては、波紋に過ぎない」

と。

それが、手放すということです。
それを続ければ、
その奥から、本当の自分が
姿を現わすでしょう。

それが、
真本音です。

真実の自分です。

つづく



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