こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年04月07日

8次元の愛 182 〜もっと自由に関わろう

自分の周りにいる人達の顔を
一人ずつ丁寧に
思い出してみましょう。

まるでその人が
目の前にいるかのように
思い出してみましょう。

その人は今
どのような表情でいますか?

どのような雰囲気でいますか?

元気そうですか?
スッキリしていそうですか?
その人本来の光は
ちゃんと発せられていますか?

想像ではなく、
実在として
その人の姿を観るのです。

すると、
私達の真本音がキャッチしている
その人のあるがままの今の姿が
そこに映し出されます。

もし、
目の前に観えるその人が、
あんまり元気そうではないな、
と思えたら、
メールの一本でも送ってみてください。
「元気?」って。
そのたった一言が
ひょっとすると、その人が必要としている
一言かも知れません。

時には、こちらの思い込みで、
まったくトンチンカンな連絡を
してしまうかも知れません。
それでもよいではありませんか。
その人をありのままに観ようとし、
そこであるがままに感じた通りに
動くことが、
愛のパワーを与えないはずが
ありません。

こういった、
自分の感性に基づいた
ちょっとしたコミュニケーションが
私達の調和を
育んでいくのだと思います。

・・・・・
今、この地球上では
残念なことに
様々な悲しいできごとが起きています。

人が人を殺す、ということも
今この瞬間にも
日常茶飯事のように
続けられています。
それが人類の歴史である、
と言っても過言ではないくらいに、
人は人を傷つけながら、
その歩みを続けてきました。

本来、私達は「一つ」です。
人類全員の高次元の意識は、
そのことをよく知っています。
他人を傷つけることはイコール、
自分自身を傷つけることであると
知っているどころか、
それを「実感します」。

もし、人にナイフを突き立てれば、
同時に、自分自身に
同じナイフを
同じように突き立てている痛みを
感じます。

他人を傷つければ、
自分も傷つきます。
誰もが、そうです。
例外はありません。

ですから、
悲しいのです。

それを私達は
多かれ少なかれ、
ずっと続けてきました。

私達は、
そういった「痛み」に
鈍感になり過ぎました。
悲しさに
鈍感になり過ぎました。

痛みがそこにあるのに、
ないふりをする。
というのは、
悲しい鈍感さです。

・・・・・
私達は
もう少し、
愛し合ってもよいのでは
ないでしょうか。

本当は
お互いがお互いを
愛したい!と、
強く思っているのに、
なぜか、
それを避ける心が生まれます。

愛することの怖さが
魂に刻まれているからでしょう。

人類が創り上げてきた歴史の傷が
私達一人ひとりの魂に
刻まれているのでしょう。

すべての人が
魂に
そういった傷を負っています。

しかし
その傷に負けてはなりません。
傷は傷。
それは本質ではなく、
それは「癒せるもの」です。

傷は、
癒せばよいのです。

自分の傷を癒せるのは
自分だけです。

・・・・・
私達は、
もう少し
自由になっても、
よいのではないでしょうか。

もっと、
自分にとって気持ちのよい方向に
進んでもよいのでは
ないでしょうか。

自分の「本当の選択」に
素直になってもよいのでは
ないでしょうか。

時々、訊かれます。

どうすれば、
真本音で生きることが
できるのでしょうか?
と。

真本音で生きることに
理屈はありません。

ただ一番大切なものを
自分が大切にしようと思えば
よいのです。

大切なものを大切にするための
次の一歩を決めればよいのです。

反応本音の選択をする方が
本当は、
複雑で、難しいことなのです。

私達は、
自分の「見方」を
複雑にしてしまっているだけのこと。
シンプルに
自分に素直に生きることです。

自由に生きることです。

今の世の中では
それはできません、
などと言わないでくださいね。
もうその発想そのものが
不自由ですし、
その発想そのものが、
すべてを複雑にします。

できないことが多くても、
できるところから
始めればよいのです。

たった一つでも
できることを見つけ、
真本音通りに
それを行なうだけです。

一つできれば、
また次の、
できることは見つかります。
必ず。

それが、
真本音の道を創ること、
自由の道を創ることです。

・・・・・
心が自由な人は、
自分の痛みにも敏感になります。
敏感であることは
幸せです。

痛みがわかれば、
痛いことを
しなければよいのですから。

それこそが健康的な生き方です。

そういった健康的な心で、
もう一度、
周りのいろんな人達の顔を
思い出してみてください。

ありのままに
その人達の顔を観て、
感じてみてください。

そこで自然に思った通りに、
その人達と
コミュニケーションを
とってみてください。

調和は、
一気に広がります。

つづく



この記事へのコメント
自分の心の傷を超えて、周りの人を愛することは自分自身を救うこと。小さな行動でも、その積み重ねが自由と喜びへの道かな、ナンテ感じましたきらきら今日は、遠く離れる家族と話せた時間が幸せでした∞
Posted by さや at 2012年04月10日 00:55
Posted by さや at 2012年04月10日 00:56
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