こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2012年05月15日

8次元の愛 189 〜完璧が大切?

物事を完璧にやり遂げよう、
という思惑は、
実は結構、私達の魂を
淀ませます。

私達人間にできないこと。

それは、
完璧にやり遂げる、
ということです。

以前にも書かせていただきましたが、
できないこと、イコール、
私達の真本音が望んでいないこと、
です。

私達の真本音は
物事を完璧にやり遂げることを
望んでいないのです。
なぜなら、
もし本当に「完璧」が成立すれば、
そこで進化が終わるからです。

つまり、この世の物事に
完璧、はありません。
一見、完璧に見えることでも
よ〜く観ると、必ずどこかに
次の進化への「不完全さ」が
ちゃんと存在しています。

人とは、
進化を求め続ける存在です。
ですから必ず、
進化への糸口を創ります。
それが人の本能であると、
言ってもよいでしょう。

・・・・・
とは言え、
完璧を目指す私達の心も
尊いものです。

さきほどと矛盾しているようですが、
両方大事なのです。

完璧を求め全力を尽くし、
しかし「完璧でない」ことにこそ
価値を見出す。
完璧を目指すからこそ
完璧でない部分が
明確になる。
ということですね。

完璧に固執し過ぎると
魂が淀みますが、
完璧を堂々と目指しながらも
実際の姿をあるがままに観つめ、
完璧でない部分を大切にする、
という姿勢は
魂を輝かせます。

両者は
ほんのわずかな違いですが、
人生を大きく左右する
大切な違いです。

・・・・・
物事が完璧にいかないのと同様、
世の中に
完璧な人もいません。

何をもって完璧と言うのか?
はさておいて、
完璧でない部分を存在承認し、
愛することは、
自分の進化・成長につながります。

私達の魂(もしくは、真本音)の
願っていることは、
完璧な人間になることでは
ありません。

自分らしさを
極めることを願っているのです。

自分らしさとは
個性です。
本来の個性とは、
完璧ではないからこそ
生まれます。

完璧ではないからこそ
人であり、
人だからこそ、
個性を極めることができ、
個性を極めようとするからこそ、
私達一人ひとりが進化をし、
世の中全体の進化と調和に
つながります。

完璧という結果に
執着するのではなく、
進化の過程(プロセス)を
楽しむことこそが、
私達人間の本来の姿です。

「私は完璧であらねばならない」
と思われている人ほど、
心と魂が疲弊しているのは
そのためです。

一歩、次の一歩、・・・と進む
今この瞬間にこそ、
私達の幸せのすべてが
織り込まれています。
それを
感じ取れる自分であるかどうか
です。

そして
それを感じ取れる人こそが、
昨日書かせていただいた
「実在の風」を
魂いっぱいに受け取ることが
できるでしょう。

つづく



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