こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年02月04日

8次元の愛 229 〜反応本音は自由に

真本音の流れが
強まっているからこそ、
私達は
反応本音を
大切にしましょう。

反応本音とは
生きる糧です。

外部環境からの影響
現実からの影響
その中の反応として生まれる心。
それが反応本音です。

それは確かに
「反応」でしかありませんが、
それでもそれは「建前」ではなく
「本音」です。

自分自身に湧き上がる
「心」です。

真本音は素晴らしく
反応本音はダメ、
ではありません。

今この瞬間に
自分の中に強く存在する
反応本音を
あるがままに見つめ、
あるがままに愛することで
私達は
真本音と反応本音のコラボを
実現することができます。

反応本音はそれ単体のままでは
脆弱で
不安で
不安定で
頼りないものですが、
真本音と結びつくことで
私達の人間としての個性と
魅力を
創り出してくれます。

そして真本音の力を
助長してくれます。

真本音で生きる人とは
反応本音を大事にする人であり、
反応本音を大事にするとは、
あるがままに反応本音と
向き合うことであり、
あるがままに向き合うことで
私達は
反応本音に振り回されるのではなく、
反応本音と共に
幸せな人生を創り上げることが
できます。

・・・・・
ところが、
真本音を大切にしようとするあまり、
反応本音をないがしろにしてしまう
人がいるのも確かです。

そういった方は
反応本音に対して
「解釈」をしています。

例えば、
この反応本音は良いけれど、
この反応本音は悪い。
と言った感じです。

例えば、
「あの人が好き」
という気持ちは良いけれど、
「あの人が憎い」
という気持ちは悪い。
と言った感じです。

「憎い」という気持ちは
確かに
消したくなるものかも
しれません。

しかしそれがそこに
存在している理由と
意味があります。

良いか悪いか?
という解釈をすれば
それは「必要ないもの」に
なってしまいますが、
すべては
「必要があって」
そこに在るのです。

ですから、
「解釈」をするよりも
ただそれを観て、
感じてみましょう。

それが
反応本音を愛する
ということです。

どのような心があっても
どのような気持ちがあっても
すべてを解釈せずに
ただ観て感じることをすれば、
自分自身の心は
とても喜びます。
魂も
喜びます。

それにより
私達の真本音は
活性化します。
結果として、
真本音の選択が
しやすくなります。

この心は良くて、
この心はダメ。
というように、
自分の心の選り分けを
する人のほとんどは、
自分の真本音が
わからなくなります。

そして、
いつも大きく湧き上がる
反応本音の一つを、
自分の真本音であると
勘違いし、
結果として苦しむことに
なるのです。

私達は人間です。

人間の心には
ありとあらゆる気持ちが
発生します。
どんな気持ちが発生しても
良いのです。

自分自身の行動は
自分で制御する必要はありますが、
心の中は
自由にしておきましょう。
つまり、
反応本音はいつも
自由なのです。

そして、
反応本音が自由になればなるほど、
真本音は
その姿を歴然と現わし、
自由に動けるように
なるのです。

真本音で生きるとは、
反応本音を抑えることでは
ありません。
真本音で生きるとは、
反応本音を自由に
することなのです。

つづく



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