こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年03月06日

8次元の愛 235 〜ゆうきを持とう

山に喩えれば、
これまでの時代は
何かを成し遂げようとするならば、
それ相応のリスクを覚悟し
急峻で激しい岩場をよじ登るような
勇気と決断が要りました。

高い頂に立つためには
それだけの力が
必要でした。
怖さとの闘いが
必要でした。

しかし、
その険しく見えた山なのに、
その裏側を覗いたら
実は気持ちのよい草原が
広がっており、
そこはそれこそ
鼻歌を歌いながらでも
楽しく登って行ける道だった。
・・・そんな時代が
これからの時代なのです。

ただし大事なのは、
その山に本当に登りたい
と思っているかどうか?
つまりは、
真本音で望んでいる山なのかどうか?
それが、
すべてを決めます。

逆に言えば、
本当に登りたいと
思っているわけでもない山でも
頑張れば登れた時代が
これまでです。
しかしこれからは、
本当に登りたい山は
簡単に登れますが、
そうでない山は
決してその頂に立つことはできない、
という時代です。

登りたい山には登れ、
登る気のない山には
登れない。

という、
極めてわかりやすい時代が
これからです。

ようやく
自然な時代に入れる
と言えるでしょう。

・・・・・
草原のような楽な道に入れば、
自分の成長がなくなってしまう、
という考え方も
これまでの時代のものです。

ご安心ください。

それが真本音で選んだ道で
あるならば、
必ずそこには自己成長のための
テーマが現れます。
真本音の道の
真本音のテーマです。

そして、
真本音のテーマに
真摯に取り組めば、
その人は
取り組んでいるその
一瞬一瞬に
生き甲斐と使命感を
得ることができます。

ところが、
本当は草原の道を行きたいのに、
そこでは楽をすればよいのに、
これまでの経験に照らし合わせ、
あえて急峻な岩場に向かったとしたら、
そこに真本音のテーマは
存在しません。

急峻な岩場を登っているという
自己満足があるだけです。

自己満足では
真の成長はありません。
そして、
真の成長のないところに
本来の成功も達成もありません。

自己満足のテーマに向かうことは
現実逃避そのものです。
私達の真本音は
現実逃避を最も嫌いますから、
多大なストレスに見舞われます。

楽に進めばよいところは
楽に進みましょう。
わざと自分を苦しめる必要は
これっぽっちも
ありません。

楽に進みながらも
本当に向き合うべきテーマと出会い
そのテーマと共に生きるのが
真本音の時代の生き方であり、
それが自然な成長の道です。

・・・・・
ですからこれからは
勇気の出し方が
変わってきます。

これまでは
急峻な道を行くために
勇気を出していました。

できないと思うことに
あえて向かうために
勇気が必要でした。

しかしこれからは、
勇気とは
「遊気」
です。

魂と心を自由にし、
自分が本当に望む方向に
素直に動くこと。
これが「遊気」であり、
真の勇気です。

真本音の時代においては
勇気と素直は
ほぼ、イコールです。

勇気を持った人となるために
まず私達ができるのは、
自分の心を
素直に見つめることです。

真本音の意志を
知ることはもちろん、
すべての反応本音とも
向き合います。
自分の心の中にあるすべてを
素直に見つめることができれば、
それが「遊気」のもとと
なります。

「遊気」の出せる方向に
進むこと。

それが真の勇気です。

時代が変わり、
私達は過去の成功体験から
導き出せるこれまでの生き方を
根本的に
見つめ直す必要があります。

これまで違和感を
抱いていたことを
素直に
「違和感がある」
と認識することが
必要です。

それをするために必要なのは
深刻さではありません。

「遊気」ですね。

つづく



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