こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年04月10日

8次元の愛 247 〜不安定な方向に

この世に
永遠に続くものは
ありませんが、
しかし本当は
永遠に続く土台の上に
この世のすべては
成り立っています。

この世のすべては
不安定である
と思われがちですが、
しかし本当は
完全なる安定の土台の上に
成り立っています。

土台が安定しているからこそ、
安心して
不安定でいられるのです。

真本音と反応本音の
関係も同じです。

真本音という
安定した土台が
あるからこそ、
反応本音は
安心して
不安定でいられます。

不安定の奥にある
安定を
感じられるかどうか。

もしそれを
感じることができれば、
私達は
不安定であること自体を
楽しむことができます。

不安定は
恐怖ではありません。
本当は
不安定だからこそ
楽しめるのです。

人生において
不安定を恐れ、
不安定から逃げ続ける人は
残念ながらその楽しみを
一生見つけることは
できません。

人生において
不安定が悪であると
思い込んでいる人は
残念ながらその楽しみを
一生見つけることは
できません。

不安定とは
進化の「もと」。
そして
幸せの「もと」であると
言ってもよいでしょう。

・・・・・
あえて
不安定な方向に
進んでみることを
お勧めします。

なぜなら、
そうすることで
真の安定を
実感できるからです。

あえて
不安定な場所に
留まってみることを
お勧めします。

なぜなら
そうすることで
大きく進むことが
あるからです。

本当のことを言いますと、
以前までは
不安定なままでいることが
危険なこともありました。
不安定でいることで
底なし沼のように
這い上がることができなくなる
恐れがありました。

しかし今はもう
それはありません。

時代が
変わったからです。 

落ち続ける不安定は
すでになく、
いかなる不安定にも
必ず底があり、
ゴールがあります。

つまり私達は
完全なる安定の土台を
手に入れることが
できたのです。

ですから今は
心配なく申し上げることが
できます。

あえて
不安定な方向に
向かってみてください。

・・・・・
そして
不安定な場所でこそ
目を開きましょう。

しっかりと
周りを
すべてを
観察しましょう。

すべてと
向き合うのです。

すると、
不安定だと思っていた
自分自身から
解き放たれます。

安定とか
不安定とは
単なる「現象」に過ぎないことが
身をもってわかります。

そして
単なる「現象」では
決して揺らぐことのない
自分を
発見することができます。

それが
私達です。

私達人間は
本当は
単なる「現象」では
揺れ動かないように
最初からできているのです。

・・・・・
苦しいときは
苦しい、と
言えばよいのです。

悲しいときは
悲しい、と
言えばよいのです。

つらいときは
つらい、と
言えばよいのです。

揺れ揺れの心に
なればよいのです。

しかし、
そこで揺らいでいるのは
単なる心のみです。

心とは
揺らぐもの。

存分に
揺れ揺れにさせてあげて
ください。

それができれば
私達は
完全に安定している
私達自身の「本来」(実在)を
発見できるでしょう。

・・・・・
これからは
不安定な時代です。

しかしそれは
あくまでも
表面的な不安定です。

ですから
不安定さの奥にある
真の安定を
感じることのできる人には
とても楽しい時代です。

不安定とは、逆に言えば
よりよいものに
どんどん進化できる
ということです。

進化のスピードが
速まれば速まるほど
私達の「本来」(実在)は
安定します。

不安定を不安定としか
感じられないうちは
厳しい時代に思えるでしょう。
しかしこれからは
誰もが真の安定を
感じ取れる時代です。

より多くの人達が
そうなれるといいな、
と思います。

安定の土台を持つ
不安定な存在。
それが
私達人間です。

つづく



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