こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2007年02月19日

あきらめ パート2

「私は私にしかできないことをする。
私は私にできることしかできない。」

この2行は、私達人間が人間であることの意義を表していると思います。
読めば読むほど深いと思いませんか?
そして読めば読むほど勇気が湧いてくると思いませんか?

コーチングや研修をさせていただいていますと、様々な難問にぶつかっている方と出会います。
まさに八方塞がり。どうしようもない、という状況をお聴きしますと、もう何も言えなくなる自分がいます。



ある時、ある企業の管理職の方(Aさんとしましょう)から、あるどうしようも打開策の見つからない問題を相談されました。
彼の青ざめた顔と、切迫した雰囲気を目の当たりにして、私には気の利いた一言すら出てきませんでした。もちろんコーチング的な質問も出てこない、ウンもスンも言えない状態です。
私は内心とてもあせり、心の中はただオロオロしました。
そんな時、私の口から思わずとっさに出た言葉がありました。

「もう、あきらめましょうよ。」

一番この言葉に驚いたのは私自身でした。
「お、オレ、何、言ってる???」 ・・・と我ながら呆然。
でも、次の瞬間、そのAさん、ニコッと笑ったんですね。
一気に肩の力が抜けたようでした。
「そうか。あきらめればいいんだ。いっそのこと、あきらめようかな。」と言われました。
で、私は性懲りもなく続けました。
「そうそう、やれることは全部されたんですから、もうあきらめましょうよ。」
「そうか。・・・あっ、なんかスッキリしてきた。そうか。あきらめよ。」
と彼は笑いながら去って行きました。
で、その難問、その後、一気に解決できたそうです。
不思議ですね。
でも、後でよくよく分析しますと、彼は「あきらめる」ことによって、目の前に起こっている現実をただ「ありのままに」眺めることができたようです。
そして肩の力を抜いたままで事に当たったようです。
それが好結果を生んだ。・・・いや、人間とは面白いですね。

で、それ以来、「あきらめましょうよ」の一言が、時には人をエンパワーメントできることがわかりました。
「人はあきらめることをあきらめ切れたときに、本当に向き合う必要のある現実と向き合うことができる」ということがわかったのです。
あきらめるしかない所で、あきらめ切れずに、同じところをグルグル回っているからこそ、先に進めなくなることもあるということです。
ただ、注意することは、あきらめる前提として「本気の全力で、できることをすべてやり続けてきたこと」が必要です。
全力でやり続けるからこそ、どこであきらめればよいかが、本当に観えてきます。
中途半端なあきらめは何も生みませんよね。

私達人間にできることは、最善を尽くすことです。
できることに全力で取り組むことです。
私達にはできることしかできません。
何ができて何ができないのかすらわからなければ、まずは目の前のすべてに最善を尽くしてみることですね。


posted by はーん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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