こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年05月27日

8次元の愛 256 〜共に走るとき

私達は
一人ではありません。

現象レベルで
どれだけ一人であったとしても
私達は
一人ではありません。

私達は誰もが
孤独を恐れます。

しかしそれは
杞憂にしか
過ぎません。

なぜなら
実在レベルでは
必ず皆と共に
いるからです。

皆とつながり
世界とつながりながら
ここにいるからです。

実在レベルで
一人になるということは
あり得ないのです。

それが実在であり、
私達の心の「もと」です。

・・・・・
なのになぜ
私達は孤独を
感じ、
恐れるのでしょうか。

そこには理由が
あります。

孤独を恐れる心とは
一つの合図です。

今、自分が
何らかの理由により
「分離」する方向に
意識を向けていますよ、
という
合図です。

その合図は
自らの真本音が
発信しています。

「分離」する方向に
意識を向けることで
「愛」とは逆の
パワーが発されます。

それは人々の
パワーを奪うパワー
です。

そのパワーにさらされることで
人々は分離の方向に
引きずられます。

そのような
負の影響を与える前に
気づいてほしい。
今の方向は
違うのですよ。
今の心の在り方は
違うのですよ。

あえて言葉にすれば
そんなメッセージを
真本音は送っています。

孤独が怖いのに
さらに孤独の方向に
行ってしまう。
孤独などないのに
勝手にそれを
自分で創り
はまり込んでしまう。

それが私達人間が
陥りがちな
クセです。

そう。
クセです。

・・・・・
何をしようとも、
何をしなくとも、
私達はいつも
共にいます。

手放しても
手放さなくても
私達はいつも
共にいます。

愛しても
愛さなくても
私達はいつも
共にいます。

それが私達の
実在であり、
真実です。

今、
真実を感じ取る感性を
取り戻した人ほど、
真実を観ることを
怖がる傾向にあります。

そこにある実在を
観ることを
怖がります。

ここまで観て
感じ取れる自分に
ようやくなれたのです。

ならば、
すべての真実を
あるがままに
観てみましょう。

・・・・・
ゆっくりと
思考錯誤を繰り返しながら
進むという
これまでのような
時間の使い方は
もうできません。

3歩あるいて2歩下がる、
という進み方も
もうできません。

今の私達にできるのは
真一文字に
全力疾走することです。

それは
危ういことではありません。

それだけ道が
太くてまっすぐな道が
整備されたのです。

これまでのように
細くて消えそうな道を
探しながら、
進む必要はないのです。

誰が走っても
大丈夫な道。

誰が走っても
全力疾走できる道。

それがもう
ここにあるのです。

だから
走りましょう。
全力疾走できる幸せを
感じましょう。

全力疾走だからこそ
感じられる風を
楽しみましょう。

つづく



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