こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年06月21日

8次元の愛 269 〜本当に果たしたい使命は?

それぞれの人がいて
それぞれの役割が
あります。

その役割を担うために
私達は
生まれてきましたし、
生きています。

私達は一つの社会を
成り立たせていますが、
社会とは
役割の集まりです。

大人も子どもも
関係なく、
それぞれが
それぞれの役割を
果たしています。

例えば、
A君という子どもが
Bさんという大人に
甘えたとします。

BさんはそんなA君に
「こういうことは
甘えてはいけないよ」
と教えたとします。

Bさんには
A君を諭すという
役割があります。

そしてA君には
Bさんから
諭される
という役割があります。

Bさんによって
A君は学び、
A君によって
Bさんも
学んでいます。

もし
それぞれの人達が
真本音で生きていたら、
それぞれの役割は
完全に調和し、
社会全体が
いついかなるときも
進化を続けます。

・・・・・
役割のことを
あえて
「使命」
と表現してもよいでしょう。

誰にでも使命が
あります。

自分の決めている使命
真本音の使命に
向かうことで
私達は根底から
元気になります。

しかし
どれだけ素晴らしい物事に
取り組んでいても、
自分が本来決めている使命と
違うことに向かえば、
私達のパワーは
どんどん減退します。

どれだけ素晴らしい物事に
取り組んでいても、
自分が本来決めている使命から
逃げている人がいます。

私はあえて
こう言います。

それも立派な
現実逃避
です。

実は、
こういったケースの人も
ここ最近、かなり
増えています。

その人は
一見すると
とても素晴らしいことを
しています。

人とも向き合い
前向きで
元気な顔を
しています。

行なっていること自体を
見れば、
人間として素晴らしいなぁ
と思います。

しかし、
逃げているのです。

自分の使命から
逃げることに
真剣なのです。

真剣だから
一見すると
良い印象を受けます。
しかしそれは
使命から逃げるために
他のことに真剣に
なっているだけ。
自分自身を
誤魔化しているだけです。

ですから
そういった人と向き合えば、
前向きな笑顔の奥に隠された
魂の苦しさを
感じます。

その人本人の
気づかないところで
魂が
苦しんでいます。

これまでの時代は
そういった生き方でも
周りからは
素晴らしいですね、と
称賛され、
それなりの人生を
送ることはできました。

しかし
これからの時代では
それは
無理なのです。

どれだけ
素晴らしい行ないをしても
自分の真本音で決めた
使命から逃げていれば、
必ず
乗り越えられない壁に
ぶつかります。

なぜなら、
自らの真本音が
壁の方に自分自身を
先導するからです。

真本音は
「そっちではないよ」
と、自分自身に
合図を送ります。
ですから、
自分で自分に
乗り越えられない壁を
与えるのです。

しかし本当は
気づけるはずです。

そんな壁が来なくとも
「?」が
生まれるはずです。
何かがおかしいと
感じるはずです。

心の中の違和感に
敏感になることです。

違和感を持ったまま
進む時代では
ありません。

なぜ違和感があるのか?
そこに
真剣に向き合うことです。

・・・・・
真本音で決めている使命に
向かうことは
すべての調和に
つながります。

一人がちゃんと
役割を果たせば、
隣の人も
ちゃんと役割を
果たせます。

教える人がいれば、
教わる人も
必ずいます。

今、自分は
何をすればよいのか?

どのような
役割を担えばよいのか?

自分の果たしたい使命、
自らが決めている使命とは
何か?

本当に本当に
そこに真剣になれば、
心も
現実も
開かれていきます。

真本音の時代とは
自由な時代。

自由とは、
自らが最初から決めている使命に
向かうことで
初めて実感できるものです。

つづく



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