こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2013年08月05日

8次元の愛 278 〜真本音の響く時代へ

人の根底にあるものは
自分自身の理解が
追いつかないほどの
強さと深さをもつ
自分自身の想いです。
そして、
祈りです。

それらと対峙する
勇気を持つ人が
見つけるものは
測り知れなく、
それはその人自身の
人生に
無限の「響き」を
与えます。

その人は
いつもその「響き」を
感じながら、
生き続けることに
なります。

「響き」は
様々な音色を
奏でます。

ある時は
安定の極みを思わす
調和を。

またある時は
不調和の極みを思わす
調和を。

「響き」は
理屈を超えて
その人を促し、
その人に次の勇気を与え、
その人の幸せを
深めます。

真本音の響き。

本当はそれは
常に私達の中に
流れ続けているのですが、
そこに気づくには
私達自身の根底の想い
と対峙する必要が
あるのです。

・・・・・
時代は見事に
変わりました。

これほど見事であるとは
思いもよりませんでした。

これほど完璧に変わるとは
思いもよりませんでした。

自然の摂理とは
やはり偉大です。

その摂理に則ることで
私達人間も
偉大な存在に
なれるでしょう。

摂理の中の
人間。

それは
摂理に支配されている
ということでは
ありません。

摂理の中の
私達であることを
受け入れ
進むことで、
摂理そのものが
進化するのです。

そのための存在が
私達人間です。

8月1日をもって
摂理は
大きく進化を遂げました。

見事!

そう言う他は
ありません。

・・・・・
この世には
二つの「存在」が
あります。

一つは
「命」。

もう一つは
「滅」。

「命」とは
永遠に歩み続けるもの。
コツコツと
途絶えることなく
歩みながらも
大いなる結晶を
創造し続けるものです。

それはまるで
美しい鍾乳洞を創り上げる
一滴一滴の水の滴り
のようです。

「滅」とは
そんな「命」を
滅しよう
とするものです。

この世には
その二つの「存在」が
交錯し合い、
混ざり合い、
影響し合いながら
成り立っています。

反応本音の時代とは
「命」よりも
「滅」の方が
多い時代でした。
正確に言えば、
「滅」が増え続ける
時代でした。

しかし
8月1日午前零時。
この世に
大量の「命」が
降り注ぎました。

今、
この世は「命」に
溢れています。

もちろんそれは
実在レベルでの
話です。

しかしそれは
あまりに圧倒的です。
恐らく、
すぐに現象レベルにも
その影響は
現れ始めるでしょう。

・・・・・
この世における
「存在」二つ。

何が「命」で、
何が「滅」か?

そういった視点で
すべての「存在」を
見つめてみましょう。

自分の心の中の
「存在」も、
自分の心の外の
「存在」も。

「滅」を活かす選択を
する者は、
自らを滅します。

「命」を活かす選択を
する者は、
自らの命を輝かせます。
そしてその輝きは
他者の命に伝播します。

今後はそれが
あまりにも顕著に
現象化するでしょう。

それが
真本音の時代です。

・・・・・
まずは
これからの最初の一年が
重要です。

まだまだ
反応本音の時代の
残像が
残り続けています。

残像を
残像である
と気づく者が
道を創らねば
なりません。

本来の道を
示さねば
なりません。

真本音の時代が
本来の真本音の時代と
なるように、
私達はこれからも
自らの真本音の「響き」に
素直に進みましょう。

つづく



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