こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2007年04月16日

敏感な私

小玉さんが亡くなった直後から、実は私の中で大きく変化したことがあります。
何かと言いますと、言葉にするのはちょっと難しいのですが、要するに「流せるようになった」ということです。

人と向き合うお仕事をされている方(コーチとかカウンセラーとかインストラクターなどをされている方々)の多くが体験されることだと思いますが、人と正面から向き合いますと、目の前の人のその時持っている何か(・・・何と言えばいいのでしょう? 「気」と表現すればいいのでしょうか?)を受けてしまうことってありますよね。
例えば目の前の人の精神的な調子が悪いときは、それをそのまま受けてしまい、こちらも調子が悪くなり、逆に調子が良ければ、こちらも状態が良くなったりします。
良いものを受け取るときはもちろん問題ないのですが、悪いものを受け取ってしまうと大変ですよね。
これまで私はそういうのを受けても、上手く流すことができませんでした。
ですからコーチングや研修が終わってから、もの凄く調子が悪くなることがありました。
夜眠る時に体が痙攣を起こしてしまって眠れなくなることもよくありました。

小玉さんが亡くなったことによって、ある意味、私の精神は限界の所まで行ったのだと思います。
その状態でお仕事をするわけですから、限界を越えちゃったのでしょうね。
ある日、新幹線に乗っているときに、体が痙攣を起こし始めちゃったんです。
「これはまずい。」と思いました。
こんなところで、痙攣を起こしてしまっては・・・と。
相当あせったのですが、その瞬間に信じられないことが起こりました。
つまり、その時たまっていた悪いものが、スーッと体から抜け出ていったのです。
で、その時に覚えたんです。流し方を。
「あぁ、こうすれば流すことができるんだ!」というのを体の経験として理解したんです。

それ以来、私は常に「流す」ことができるようになりました。
研修やコーチングをしている時でも、ちょっとした休憩時間があれば、その間に流せるようになりました。
本当は休憩などとらなくても、その場その場でずっと流し続けることができればよいのですけど、私の場合、まだちょっとそこまでは行っていません。
でもおかげでだいぶ楽になりました。

これで一件落着かと思っていたのですが、実はこれから続きがあります。
流せるようになってから、逆に研修(グループコーチング)の最中にエネルギーが枯渇するような感じの「疲れ」を凄く感じるようになったのです。
私の場合、企業様の研修は朝から夕方まで一日行なうケースが多いのですが、午前中が終わってお昼ごはんの時間になると、いつもいつも私はバテバテ状態になってしまうのです。
「なんで? せっかく流せるようになったのに・・・。」
と私はとても不思議でした。
でもさらに不思議なことに、午後になると復活するのです。
で、一日の研修が終わる頃には、逆にスタート時よりも元気になっているのです。
そんなパターンが、ここ1ヶ月続いていました。

なぜそうなるのかわからなかったのですが、先日、ある会社の新入社員さんの研修をしている時に、やっとその理由がわかりました。
私の新入社員研修の多くは、「願いのもとを掘り出して、それを仕事と繋げることによって、主体的に仕事に向かう意識を自然に呼び起こす」という目的で行ないます。
通常はそれを一日で行なうのですが、先日の新入社員研修はそれを丸々2日かけて行ないました。
そのおかげで気づけたのです。

その研修、一日目はやはり午前中終わった頃には、私はバテバテになりました。
あまりに苦しいので、お昼休みに一度研修会場を抜け出て、近くの喫茶店で仮眠を取らなければならないくらいになりました。
こんな調子で2日間もやっていけるかな、と思ったのですが、やはり午後からは少しずつ元気になりました。
その研修では、一日目の終わりに全員の「願いのもと」を掘り出すことができました。
で、二日目です。
二日目は午前中終わっても、ちっともバテなかったんです。
それどころがどんどん元気になる。
午後にもどんどん元気になる。
いや、元気になる、というよりも、「ニュートラルで自然体な自分になれる」という表現が的確です。
どんどん頭も冴え、直観も多く働くようになります。
それでわかったのです。
そう、理由は単純でした。
わたくし、敏感になったんです。
いやん、恥ずかし。

そう、受講生の皆さんの状態に敏感に反応するようになったようなのです。
つまり、受講生の皆さんの「心の一貫性」が取れていない場合は、その「不具合」を敏感に感じ取り、こちらも調子を崩していたのですね。
ところが、研修が進むにつれて皆さんの心の一貫性が取れてきます。
特に「願いのもと」を見つけた後は、皆さんの心の中が「自然体」で「ニュートラルな状態」になるんですね。
「もとの自分にもどれる」と言えばよいでしょうか。
そうなると、私自身ももとの自分にもどれるようなのです。
いや、もちろんこれまでも受講生さんの影響はよく受けていたのですが、自分自身の体がより敏感に反応するようになったのですね。
受け取るものを流せるようになったことにより体の中はきれいになりますが、きれになった分だけ敏感になったのですね。
それはあたかも、お部屋の中をきれいに掃除すると、逆にちょっとした汚れが気になる、・・・みたいな、そんな感じでしょうか。
なんだ。そういうことだったのか、と合点がいきました。

ということは、私自身の体の反応が受講生さんの心の状態のバロメーターになるということで、それはそれで結構なことで。
でも逆に考えると、それだけ敏感になったということは、う〜む、ちょっと大変だなぁ。
まぁ、いいか。
そこにいらっしゃる方々と、共によい状態を創っていけばいいんだから。

昔から私は周りのみんなから、「鈍感だ。鈍感だ。」と言われ続けて生きてまいりましたが、これでちょっとは「敏感組」の中に入れますか?
ダメ?


posted by はーん at 08:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も相手の心がダウンしてると、ものすごく疲れてしまって、どうしようと思っています。
これって、つまり、最後に晴れるまで付き合わないといけないってことだよねぇ?
うむ〜。
Posted by まつ at 2007年04月17日 12:55
まつ、ありがとう。

今回、最後に晴れるまで付き合わなくてもよい方法(その場で流せる方法)がわかりました。
でもその前提としては、「願いのもと」で生きることが大切となります。

また新ノウハウとして開発しますから、待っててね。
Posted by ハーン at 2007年04月17日 15:15
え〜〜〜っ、あたしその時はダウンしますが、ノートを閉じるとリセットします。
引きずる事はないんですけどできてないのかな?
Posted by あやこ at 2007年04月17日 18:19
あやこさんへ

あやこさんはそのままでよいです。
すみちゃんもそうだけど、たまにそういう人、います。
それは「鈍感」ということじゃなくてね。
ちゃんと感じているんだけど、ため込まないタイプ。
ちくしょー、うらやましい。
Posted by ハーン at 2007年04月18日 01:54
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