こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2007年06月14日

祈る

人生やってますと、どうにもならないことってありますね。
私自身の人生にもありますし、コーチという仕事をしていますとクライアントさんの「もうどうにもならない」という場面にたくさん出会います。
本当にどうにもならないことは本当にどうにもならないようです。
以前のブログでも書きましたが、まさしく「お手上げ状態」。
そんな時、私はコーチとしてというよりも人間としての自分の不甲斐なさや無力感に苛まれます。
で、結局、最後は祈るしかなくなります。
私は何か特定の宗教に入っているわけではありませんが、人間、お手上げ状態のさらにお手上げ状態になると最後にとる行動は「祈り」のようです。

ただただ心の中で祈る。
クライアントさんが自らの力で、今の苦境を乗り越えることができますように。
今、この瞬間の最善の一歩を見出すことができますように。
・・・この仕事を始めてからは、そんなんばっかやってます。

でも今日、初めて気づきました。
祈る、という行為は「向き合う」ということなのだな、と。

実は今、あるクライアントさんが苦境に立っていまして、彼のことを一生懸命祈っていました。
彼は目の前にいるわけではありませんが、今のこの瞬間も苦しんでいるかと思うと祈らざるを得ないのです。
じっと祈っていますと、まるで彼が目の前のいるかのような錯覚を得ました。
それで気づいたのです。
祈る、とは時空を超えて「向き合う」ことではないか、と。

私なんかの祈りが何かの役に立つかどうかはわかりません。
ひょっとするとただの自己満足かもしれませんが、人間という生き物が大昔から自然に取り続けているこの行為を全く無為なものとして捨ててしまうよりも、今は私自身の「祈ろう」という気持ちを尊重しようと思います。

「向き合う」。
人は目の前の現実のすべてときちんと向き合っているときは、どのような状況下でもエネルギーに満ちています。
でも、現実から少しでも目をそらしたり、背を向けたり、逃避していると、そのちょっとのズレが心の中の葛藤を生み、苦しみます。
私達の心の深奥は「現実と100%向き合おう」と決めています。
ホントですよ。
そう決めているんです。
でも、心の表層の部分が自己防衛や迎合や刹那的な満足などからそれを拒んでしまいます。
すると心の深奥部分と表層部分の葛藤が起こります。
だから苦しいのです。
現実に向き合っていないことは、自分自身が一番よく知っているのです。
だから苦しむのです。

祈り、とはその人と100%向き合うこと。
私は祈りを持ったコーチングをしたい。
そしてクライアントさんと100%向き合うことにより、そのクライアントさんが今この瞬間の現実と100%向き合う勇気を持つことができたら、最高です。


posted by はーん at 10:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かに!!向き合うってとっても勇気が必要です。100%向き合う勇気。。。
Posted by あっちゃん at 2007年06月16日 22:56
向き合うまでが勇気が要るんですよね。
100%向き合っちゃえば、一気に楽になるんですけどね。
Posted by ハーン at 2007年06月17日 18:13
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