こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2014年04月06日

8次元の愛 325 〜迷っても自由

迷い、は
誰にでもあります。

迷うことはいけないこと、
と思ってしまう人が
多いですが、
迷うからこそ
私達は本当の答えを
知ることができます。

できれば
迷いをすべて取り払い、
スッキリした心で
次の一歩を
決めたいものです。
でも、
どうしても、どうしても
そうはいかないときが
あります。

人間ですから
しょうがないですね。

しかし、
人間の凄いところは
迷いながらでも
進める、
というところです。

どうしても
答えがわからないときは
迷いながら
進んでみましょう。
きっと、
今ここにいる自分では
答えはわからないのです。
答えがわかる場所まで
進んでみるのです。

止まっていては
永遠に
答えにはたどり着きません。
とにかく
進んでみるのです。
後悔してもよいから
進んでみるのです。

人生は
やり直しが効くときも
やり直しが効かないときも
あります。

やり直しの効かないときのことを
私達は恐れますが、
やり直しが効かなくても
道がなくなることは
決してありません。
真剣に
生きている限りは。

だから進みましょう。
私達は自由です。

つづく


2014年04月04日

8次元の愛 324 〜何を評価しているの?

自分の大きさは
自分で決めるものでは
ありません。

自己評価という言葉が
ありますが、
現時点での自分を
客観的に判断するという
意味では有用ですが、
自分という人間の
本来の大きさや可能性までを
判断しようとするのは
やめた方がよいです。

わかるわけが
ないからです。

自分とは
何者だろうか?

問うことは大切ですが、
その答えを
自分自身の解釈で
決めてしまうのも
やめた方がよいです。

わかるわけが
ないからです。

わかるわけがないということを
わかった上で
問い続けるのであれば
意味がありますが。

私達がすべきは
自分で自分を解釈する
ことではなく、
自分の想いや願いを
見つめながら
行動し続けることです。

自分の可能性を
評価するよりも、
今やれること
今やりたいことに
向かうことです。
本気を
出し続けることです。

本気の前進が始まれば、
進むことそのものが
楽しくて
しょうがなくなります。

すると
私達の可能性は
無限大となります。

どうせ私達の可能性は
無限大なのですから、
評価なんて
いらないですね。

つづく

2014年03月31日

8次元の愛 323 〜ゼロから生み出したいのです

私達人間は
過去に自分が
積み上げてきたものや
築き上げてきたものを
守ろうとします。

それは私達の
本能とも言えるものですし、
とても尊いことです。

しかし私達には
それ以上に強い
本能を持っています。

それは、
「ゼロから何かを生み出したい」
という欲求です。

この欲求は
誰にでもあります。
ただし、
この欲求を素直に
開放している人は
あまり多くはありません。

これからの時代、
自分の中に眠っている
この欲求を
呼び覚ますことを
お勧めします。
なぜなら、
この欲求に素直に
生きる人は
とてつもなく
元気になれるからです。

例えばお仕事でも、
いつもの仕事を
いつも通りにこなすのではなく、
「私は今ここで、
 ゼロから何を
 生み出したいだろう?」
と問いかけ、
自由発想をし、
その自由発想と
これまでのやり方を
掛け合わせると
面白いやり方を
思いつくかもしれません。

今ここにあるものは
ここにあるのが当然である、
という一種の固定観念を
横に置き、
今、ゼロだったら
どうしたいか、という
視点から
すべての現象を
眺めてみるのです。

世界が
まったく違う景色として
目に映るかも
しれません。

ゼロの視点。
ゼロの欲求。
ゼロの願い。

そんなことを
大切にしながら
明日を過ごして
みませんか?

つづく

2014年03月30日

8次元の愛 322 〜自身の父・母となる

父と母。
自分には
どちらの眼差しが
ありますか?

私達人間は
本能的に
どちらの眼差しも
持っています。

その時その時で
眼差しは
変わるでしょう。

女性だから母、
男性だから父、
とは限りません。

今の自分には
どちらの眼差しが
ありますか?

どちらでも
結構です。
その、
父・母の眼差しで
自分自身を
見つめてみましょう。

父・母の眼差しで
観察すれば、
今の自分には
どのような言葉を
かけてあげますか?

親として
自分自身を
どう育てますか?

どのように
厳しくしますか?
どのように
優しくしますか?

今は
厳しくするときですか?
今は
優しくするときですか?

自分が
依存しないように。
自分が
自律した一歩を
出せるように。

父・母として
自分自身に
何をしてあげますか?

つづく

2014年03月29日

8次元の愛 321 〜堂々と進みましょう

目の前に
一直線に伸びる道を
イメージしてみてください。

その道には
さえぎるものは
何もありません。

あまりにも清々しく
伸びています。

私達はその道を
何の躊躇もなく
全力で進むことが
できます。

そんな道が
目の前にあったら
どうしますか?

実は、
そんな道が目の前に
あるにも関わらず、
その道を全力疾走することを
避け、
なんだかんだと理由をつけては
その道とは違う
くねくねの細い脇道に
入ってしまう人が
多いのです。

そのくねくね道は
細く頼りなく
幾重にも曲がっていますから、
歩くのが難しい
となってしまいます。
そして、
こんなにも歩くのが
難しい道を
私はがんばって歩いている
と、
自己満足に入って
しまいます。

本当は
そんな脇道に入る必要は
これっぽっちも
ないのに。
本当は
目の前の清々しい一本道を
全力疾走できる力を
すでに持ち合わせているのに。

人はなぜか
全力疾走を恐れます。
目の前の
最も清々しい道に
行くことを
恐れます。

そこがあまりにも
光り輝いているから
でしょうか?

でも、
そこを行くことこそが
私達の本当の幸せです。

全力疾走で
真一文字に進むからこそ
私達は
最大の安定と安心感を
得ます。

本当の成長と
進化を
実感できます。

今の時代、
脇道に入る意味は
もう
まったくないのです。

いきなり
トップギアに
入れなくともよいのです。
徐々に
スピードアップすれば
よいですから、
目の前の一本道を
堂々と
進んでみませんか?

つづく

2014年03月28日

8次元の愛 320 〜もうできたと思えたとき

99.9999・・・%と
100%を
イコールとする考え方も
ありますが、
両者は本質的に
異なります。

特に
人の成長という
視点から観ると、
両者はそれこそ
天と地ほどの
差となります。

なぜなら、
どれだけ100%に
近かったとしても、
100%に達していない
ということは、
次の段階には
進めない
ということだからです。

100%に達してこそ
初めて観えてくることが
あるのです。
それは、
次の新しい世界
です。

私はほとんどもう
100%できたから。
・・・というところで
ストップしているうちは
次の世界は
一生観ることが
できません。

さらに言えば、
99.9999・・・%

100%
の境目を超えることこそが
最も難しいとも
言えます。

その最も難しいことに
立ち向かう人こそが、
新たな世界を知り、
自分を本質的に
成長させることが
できるのです。

さらにさらに言えば、
新たな世界が
観えてこないうちは、
自分はまだ
99.9999・・・%
のところにいるんだな、

認識した方が
よいでしょう。

つづく

2014年03月22日

8次元の愛 319 〜未熟だと思うとき

できない自分を
反省することは
大切です。

でも
自分を責める必要は
ありません。

今の自分を
まだ未熟な自分である

認識することは
大切です。

でも、
次の瞬間にはもう
できるかも知れません。

「私は未熟だ。」

その捉え方は、
自分の成長を遅らせる
可能性があります。

中には、
未熟であることに
甘んじてしまう
人もいます。

自分のことを
未熟であると
決めている人は、
いつまで経っても
未熟なままです。

面白い例があります。

入社2年目の人達に
今年の新入社員の
指導を任せるのです。
すると、
指導する側である
2年目社員さん達が
急成長します。

どの会社で行なっても
必ずそうなります。

自分は未熟である、
という固定観念から
解き放たれるからでしょう。

未熟なままで
いさせるかどうかは
自分しだい。

「未熟さを知ったから、
 もう私は未熟ではない。」

そう捉える方が余程、
良い身の引き締まり方が
できると思いませんか?

つづく

2014年03月18日

8次元の愛 318 〜自信がないとき

難しそうなことに
向かおうとすると、
私達は
躊躇をします。

できるかな?
どうかな?
という迷いの気持ちが
必ず湧きます。

でもそれを
「迷っている」
とは言いません。

それは人として
当たり前の気持ち。
発生するのが
当然です。

私達の本心は、
その気持ちの奥に
あります。

できるかどうか?
という不安。
そこから抜け出た奥に、
本心はあります。

その本心を
見つめましょう。
それが、
自分を大切にする
ということです。

つづく

2014年03月13日

8次元の愛 317 〜ギャップがストレスになるとき

自分の望む自分と
今ここにいる自分の
ギャップをみると、
自分はダメだなぁ、と
反省に入ってしまうことが
あります。

反省することは大事。
でも、
もっとすべきことが
あります。

それは、
自分の望む自分と
今ここにいる自分の
両方を見つめ、
愛することです。

すると、
自分の望む自分と
今ここにいる自分が
自分の中で
融合します。
一つになります。

その融合から
今、何をすべきか?
今、何をすればよいか?
という、
本質的指針が
浮かび上がってきます。

それに
素直になればよいのです。

つづく

2014年03月11日

8次元の愛 316 〜ここから始まる

せっかく
ここにいるのに、
ここにいるからこそ
できることを
しようとしない、
という非情に勿体ないことを
し続けてしまうことが
あります。

ここにいる
という現実。
それは、
何ものにも代えることの
できない宝物です。

ここを否定することは
すべてを否定することと
イコールです。

すべては
ここ
から始まるからです。

ここ
を愛しましょう。

それは
妥協ではありません。
妥協とは、実は
ここ
を否定する行為です。

ここ
をちゃんと愛するからこそ
ここ
をよりよいものに
変えるパワーも
湧いてきます。

すべては

ここ
から始まります。

それこそが
不朽の原理です。

つづく

2014年02月25日

8次元の愛 315 〜ステップアップのために

人の成長は
階段状に進みます。

比例直線のように
まっすぐに高まっていく
わけではありません。

ある時点で一気に
ステップアップする
瞬間が来ます。

一つ大きく
ステップを上がると、
世界が違って
見えます。

視界が
広がります。
これまでの自分が
狭く小さく
感じられます。

これまでの悩みが
些細なことに
思えます。

ところが、
そんなステップアップの
直前まで来て、
逃げてしまう人も
多いのです。
なぜなら、
ステップアップの直前は
苦しいからです。

心が不安定に
なるからです。

一度そこで
逃げてしまうと、
逃げクセがついてしまい、
ステップアップの難易度が
どんどん高まります。

逃げずに立ち向かえば、
すぐに楽に
なれるんですけどね。

逃げないために
必要なのは、
その苦しみと
対峙することです。

自分が今、
何に苦しみを感じているか?
どんな心の叫びを
持っているか?
そこをきちんと
観て、
感じることです。

苦しみや不安定さを
消そうとするのではなく、
ただそれを
観て、感じます。

その自分自身の姿勢が
自分の心の奥から
「毅然」
を呼び起こしてくれます。

どんなに苦しくとも
次はどうすればよいか?

その「毅然」が
教えてくれます。

それが現れるまで、
ひたすらに
苦しみと対峙しましょう。

そんなに長くは
続きません。
そして、
耐えられなくなることも
決して
ありません。

これらのステップを
何度も経ることで、
私達は自分自身を
信じることが
できるようにもなるのです。

つづく

2014年02月18日

8次元の愛 314 〜やりたいこと&やるべきこと

やるべきことに
立ち向かっていないと、
やりたいことに
向かうことも
できません。

そして、
やりたいことを
大切にしていないと、
やるべきことに
立ち向かう力も
湧きません。

やるべきことを
しないといけないから
やりたいことを
あきらめる。
やりたいことを
やりたいので
やるべきことには
向かわない。
・・・どちらも
不自然です。

やりたいことも
やるべきことも
共に存在することこそが
自然です。

共に大切にすることが
自然です。
そんな人にこそ、
望む人生は展開します。

たとえ、
やりたいことと
やるべきことが
つながっていなかったと
しても、です。

なぜなら、
本当は
根底では
すべてがつながっており、
だからこそ
そんな現実が
目の前に
展開しているから
です。

つづく

2014年02月14日

8次元の愛 313 〜本来の自分に戻れてる?

心には
クセがあります。

日々の現実の中で
生きている私達は、
現実に上手く対応するために
様々な心のパターンを
創り出してきました。

ところが、
そのパターンが上手くいくと、
それをワンパターンのように
繰り返すようになります。
それがクセとなり、
今度はそのクセから
抜け出せなくなります。

さらには
そのクセを出す自分が
自分のすべてであると
思い込むようになります。
「クセ=自分」
となります。

しかし当然のことですが、
クセはクセ。
自分の一部でしか
ありません。

クセに捕らわれるよりも
本来の自分を
思い出し、
むしろ本来の自分が
自分の様々な心のパターンを
使いこなす
という状態が理想です。

まずは
自分自身にいつも
こう問いかけましょう。

今のこの自分は
本来の自分?
それとも、クセの自分?

その問いかけに
スッと
本来の自分に違いない、
と答えられ、かつ、
肩の力が抜けるようでしたら
今の自分は
本来の自分でしょう。

物事の発想や
判断や決断は、
本来の自分の状態のときに
行ないましょう。

本来の自分の人生を
生きられるかどうかは、
次の一歩を
本来の自分として
踏み出せるかどうかに
かかっているのですから。

つづく

2014年02月13日

8次元の愛 312 〜やめる? 進む?

今の気持ちを
よく観察すると、
やっぱりやめよう、と
思うことがあります。

一度は決めたのに、
やっぱりやめよう
と。

最も単純に言えば、
やめようというその気持ちが
真本音であれば、
やめればよいし、
反応本音であれば、
やめてはなりません。

その区別がつくと
よいですね。

区別のつけ方で
最も簡単なのは、
やめるという選択をすることで、
自分の内側から
自然なパワーが
湧いてくるかどうか?
です。

真本音の判断であれば、
いかなる選択をしても
必ずパワーは
湧いてきます。

やめるという
選択の向こうに
次の「やりたいこと」が
存在する感覚が
あります。
つまりは、
その先の道がさらに
開かれる感覚があります。

実際の道がみえなくても
感覚でよいのです。
道がありそうだな、
という感覚です。

それが感じられないのであれば、
まずはやはり
決めた通りに進んでみることを
お勧めします。

進まなければ
わからないことは
たくさんあります。
進まずして無理な判断を
するよりも、
進んでから気持ちよく
判断するという
人生がよいですね。

つづく

2014年02月05日

8次元の愛 311 〜進んでみては?

自分が今、本当に
納得しているかどうか?
を、あえて
わからないままに
進むことも
大事です。

ただし、
ガムシャラに進んでは
いけません。

しっかりと
一歩一歩を
噛み締めながら、
よく現実を
観察しながら、
しかし、
ソロリソロリとではなく
堂々と胸を張って、
ズンズンと
進んで行きましょう。

進まなければ
観えてこないことも
あります。
進まなければ
感じられないことも
あります。

ここで止まっていても
何も始まらない、と
思えるのなら、
進みながら
答えを見つけましょう。

実は、
進んでいるときの方が、
私達の頭は冴えます。
目も
澄み渡ります。

冴えた頭と
澄んだ瞳で
進むならば、
スピードが速まるほど、
心は静寂になります。

その静寂さが
真の答えを
教えてくれるのです。

つづく

2014年02月04日

8次元の愛 310 〜素直になってる?

自分は
大きな人間ですか?
小さな人間ですか?

それを決めるのは
自分自身です。

小さな人間であると
思うことがいけない
ということでは
ありません。

大きくとも
小さくとも
自分が自分を今、
どのように捉えているか?
をあるがままに
知ること。
それが、
素直さの原点です。

そして
本当はどうありたいと
願っているか?
をあるがままに
知ること。
それも、
素直さの原点です。

人は
素直になれば、
無限の力が
発動し始めます。

逆に言えば、
素直でなければ、
力は1000分の1も
発揮されません。

素直さとは、
自分への眼差し、
自分との向かい方、
自分との関わり方
です。

素直に
行きましょう。
それが
一番、楽です。

つづく

2014年02月03日

8次元の愛 309 〜本来の自分の答え?

今のその判断は
本来の自分の判断か?
それとも、
現実に揺らされている
自分の判断か?

この区別が
つくようになると、
一歩一歩は
とても楽になります。

それが
わからないときは、
今ここでは
判断しないことです。

今なら
判断できるな。
と自然に思えるときに
判断しましょう。

そうでないときの
無理な判断は
どのような答えを
出したとしても、
後に後悔する可能性が
高いです。

今、
判断しよう。

と自然に思えたときに、
スッと出てくる答え。

それこそが
本来の自分の
答えです。

本来の自分の答え
がわかったならば、
あとはそれに
素直になるだけです。
多少勇気が要っても、
その方向に
一歩を進めてみましょう。

つづく

2014年01月22日

8次元の愛 308 〜それは努力すること?

努力してできること

努力してもできないこと
があります。

努力しても
できないことがある
というのは
私達人間の宿命ですが、
その宿命があるからこそ
人としての意義がある
とも言えます。

だから私達は
見極めましょう。
これは
努力すべきことか?
それとも
努力しては
ならないことか?
を。

残念ながら、
努力しては
ならないところで
努力を続けている人が
います。

その姿を見て、
周りの人達は
その人を
賞賛することも
あります。

残念ながら
すべて
自己満足です。

私達が
人生に対して
真剣になるということは、
まずは、自分が
本当に努力すべき場所を
見つけることです。

その場所で
力を尽くすとき、
私達の魂は喜び、
真本音は活性化し、
人生が楽しくなります。

今、
自分がやろうと
していること。
それは本当に、
努力すべきこと
なのだろうか?

実際に
走り始める前にこそ
そんな問いを
自身に投げてみましょう。

つづく

2014年01月21日

8次元の愛 307 〜生まれたその瞬間の志

人は
生まれたその瞬間から
志を持っている、
と考えてみましょう。

そして
その志を果たすために
人生のすべてのできごとが
ある、と
考えてみましょう。

悔しかったこと。
残念だったこと。
いやでいやで
忘れたいこと。
耐えられないくらいに
悲しいこと。
そういった一つ一つも
すべてその
志を果たすために
あったと、
考えてみましょう。

そんな視点から
人生をできるだけ
克明に振り返ると、
何か
気づくことは
ありますか?

そして、
生まれたその瞬間からの
志が
もし本当にあるとしたら、
自分は
どんな志を胸に抱いて
生を受けたと
思いますか?

そしてさらに、
その志を
普段の自分は
大切にできているでしょうか?

大切にするには
どうすればよいでしょうか?

自分の何を変え、
何を変えずにいることが
必要でしょうか?

私達は
生まれたその瞬間から
心を持っています。

心には
たくさんのものが
詰まっているのです。

私達が
想像しているよりも
ずっと
たくさんのものが。

つづく

8次元の愛 306 〜出会うべき人と出会う

出会うべき人が
私達には
必ずいます。

出会うべき人と
出会うべくして
出会う
のが人生です。

ところが、
出会うべきタイミングで
出会えなかったり、
まだ出会ってはならないのに
出会ってしまったり。
そんなことも
人生にはあります。

きちんと
本来の出会い方が
できるかどうか?は
日々の自分自身の
生き方に懸かっています。

今日することは
今日する。
今日してはならないことは
今日はしない。

今することは
今する。
今してはならないことは
今はしない。

それができている人には
ちゃんと正常な
出会いが来ます。

縁とは
自分の生き方が
必然的に
引き寄せるものです。

しかも
私達には必ず
パートナーが
用意されています。

パートナーと
出会うべきときに
出会えるように、
今の自分の生き方を
大切にしましょう。

今日は必ず
何をしようか?

今は
何をするときか?

その問いは
いつも自身に
投げかけると
よいですね。

つづく
×

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