こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2014年01月18日

8次元の愛 305 〜私は私の子ども

自分自身の
最も育みたいところは
どこですか?

そこをいつも
大切に
育んでいますか?

そこにいつも
意識を
向け続けていますか?

自分自身を
自分の子どものように
育んでみましょう。

まるで
自分が自分の親になった
眼差しで
自分をよく
観察してみましょう。

自分のどこに
可愛らしさが
ありますか?

自分のどこに
魅力が
ありますか?

可愛らしさや
魅力が皆無の人は
一人も
存在していません。
もしそれが
わからないようなら
自分が
可哀想すぎます。

自分を育むのは
自分自身です。

他の誰でもない
自分自身です。

親の気持ちで
自分と向き合い、
親の気持ちで
自分を叱咤激励し、
親の気持ちで
自分を
許してあげましょう。

人は
親の愛に満ちれば、
自分らしく
歩めます。
私達は
自分自身に
親の愛を
注ぐことが
できるのです。

つづく


2014年01月16日

8次元の愛 304 〜違和感に立ち向かう

何かよくわからないけど
何かが気持ち悪い。

何かよくわからないけど
どこか納得がいかない。

そんな
ほんのわずかな違和感を
これからは
大切にしましょう。

顕在意識化された
わずかな違和感は
私達の無意識下では
とても大きな淀みと
なっている可能性が
高いのです。

そんな淀みを持ちながら
進むことに
私達は慣れ過ぎて
しまいました。
でももうその「慣れ」を
手放すときです。

今はもう
違和感ゼロの状態を
創ることが
可能な時代です。

そこにこそ
努力を注ぐべきでしょう。

気持ち悪さや違和感に
妥協するのは
大人の選択では
ありません。

そこに立ち向かうことこそ
これからの時代を引っ張る
大人の在り方です。

それができる人こそが
本当の意味での協調を
生み出せるのです。

つづく

2014年01月15日

8次元の愛 303 〜苦手なことにこそ

これからの時代は、
雲のように
漂う自分と、
猪突猛進
突き進む自分。
両方の自分が
必要です。

今、
どちらの自分で
あればよいか?
という瞬時の判断に
応えられる
自由自在の自分で
あることが必要です。

大丈夫。
人はもともと
どちらもできるように
できています。

もし
一方の自分しか
出ないのであれば、
もう一方は
まだ眠っている
だけです。

二面性という
言葉がありますが、
人は二面性があるからこそ
人です。
両極端の
どちらもを
持っています。

私はこうだから。
という固定観念は
手放しましょう。
思いもよらぬ
個性を開発することが
大切です。

自分が苦手なこと、
自分がこれまで
避けてきたことに、
今年はあえて
挑戦してみては
いかがでしょう?

今はすでに
真本音の時代。
挑戦すれば
必ず成果が出ます。

それを
楽しんでみては
いかがでしょう?

私達は
変われます。
いえ、正確に言えば、
知らない自分を
どんどん開発できます。

知らない自分を
発見すればするほど、
私達は
自由自在な人生を
生きることが
できるのです。

つづく

2014年01月14日

8次元の愛 302 〜がんばる

私達は皆、
がんばりどころ
を求めています。

自分の全力を
注ぐ対象を
求めています。

なぜならそれは
進化への道のり
だからです。

私達人間の
根本的本能とは
「進化」
です。
進化のために存在している
のが人である
と言ってもよいくらいです。

ですから
進化を実感できているとき
私達は
言いようのない喜びを
感じます。

ところが、
本来の進化とは
別のところで
私達は
がんばってしまいます。

だから
疲弊します。

がんばる、とは
疲弊することではなく
喜びです。

自分の
がんばりどころを
真剣に探しましょう。

2014年は
がんばる年です。

つづく

2013年12月24日

8次元の愛 301 〜心が激しく揺れるとき

心が揺れてしょうがないとき、
どうしても
揺れが治まらないとき。
それは
自分自身の何かが
壊れようとしているとき
です。

いえ、
正確に言えば
何かを壊そう
としているときです。

自分を壊すのは
自分自身です。

自分以外の
何者(物)でも
ありません。

その事実を理解し、
壊れるまでは
為すがまま
でいましょう。

壊れれば
スッキリします。
壊れれば
開放されます。

壊すものは
自分自身を縛ったり
閉じ込めていたもの
です。

壊れるのは怖いですが、
それ自体を楽しめば
思っているより簡単に
壊れていきます。

壊した後には
希望が残ります。
次への希望です。

そこへ
新たな自分として
向かえることは
人としての
幸せの
最たるものの一つです。

現実が
自分を壊すのでは
ありません。
自分を壊すのは
自分自身です。

そんな自分を
自分が
信じましょう。

つづく

2013年12月21日

8次元の愛 300 〜本来の自分に戻るコツ

意識が
自分の内側に向かっているとき
多くの場合
私達は真本音から
外れています。

自分自身の真本音を
きちんとキャッチできているときは
私達の意識は
外に向かいます。

外にあるものが
ありありと
よく観えます。
人の言うことが
よく聴こえます。

そして、
ここが最も重要ですが、
外に向かっているときこそ
私達は
自分が今、何を感じているか?
に敏感になれます。

自分が今、
本当は何を思っているか?
に敏感になれます。

意識を外に向けることは
自分の心を
ないがしろにすることでは
ありません。
むしろ、逆です。

内に籠もることは
自分の視野も狭まり、
何よりも
現実が観えなくなり、
自分の狭い解釈のみにより
思い込みを創り上げ、
その思い込みにより
次の一歩を出すため、
だいたいは
的の外れた一歩と
なるのです。

困ったとき、
迷ったとき、
悩んだときこそ、
意識を外に
出しましょう。

空を観ましょう。
地面を観ましょう。
たくさんの物を観ましょう。
そして、
人を観ましょう。

これが、
本来の自分に戻る
簡単なコツです。

つづく

2013年12月19日

8次元の愛 299 〜大きな山を越えたい人へ

大きな山を
登れる人は、
小さな山に向かうことを
馬鹿にしてしまう
傾向がありますが、
本当は
小さな山に登る
その行為の中にこそ、
さらに大きな山へとつながる
本質的なヒントが
埋もれています。

大きな山には
大きな土台が必要です。
そしてその土台は
小さな砂粒の一つ一つによって
成り立っています。

それは
小さな山の土台の
砂粒と
同じものです。

自分自身で
山を創り、
その山を登り
自ら越えていく。
それが
私達の人生です。

大きくとも
小さくとも
砂粒の一つを
よく理解することが、
山を創り越えていく
という
人生の指針や
原理原則になります。

砂粒を見ず、
山だけを見続けてきた。
それが、
これまでの私達の
生き方でした。
今こそ、
砂粒から始めてみましょう。

人生における
砂粒とは
何でしょうか?

そして
その砂粒を理解する
とは
どういうことでしょうか?

砂粒を活かす
とは
どういうことでしょうか?

つづく

2013年12月17日

8次元の愛 298 〜望む結果が出ないとき

人は
望んでいる結果が出ないと、
「結果が出ない」という
現象を見て、
次の行動を選択して
しまいます。

ところが、
現象から
次の現象(行動)を決める、
ことで
望む結果はますます
遠のきます。

「現象から現象を生み出す」
のは
反応本音のみで
生きていることに
なるからです。

まずは、
「望む結果が出ない」
という現象(現実)を
しっかり観察しましょう。
しかしそれだけで終えるのではなく、
次に自分の心もしっかり
観察しましょう。

その現象(現実)の前で
自分の真本音は
次にどんな一歩を
進みたいと思っているか?
を、
静かな心の状態で
見つめましょう。

現象(結果)に
捕らわれるのではなく、
現象(結果)から
逃げるのでもなく、
常に
次の一歩、次の一歩を
本当に腑に落ちたものに
するのです。

それが
人生を大切にするという
ことであり、
その連続によって
「望む結果を望むタイミングで
 得られる人生」
へと変わっていきます。

次の一歩を
大切に。
次の一歩を
落ち着いて。
次の一歩を
丁寧に。

結果を出す
大原則です。

つづく

2013年12月14日

8次元の愛 297 〜本来の自分はどこに?

本来の自分と
今の自分は
一致していますか?

本来の自分は
今どこにいますか?

もし
今の自分から離れた所に
いると感じたら、
慌てないでください。

今の自分と
無理に一致させるよりも
その
離れた所にいるという
状態を
大切にしましょう。

そして
自分から離れた
その場所から
すべての物事を
観察してみましょう。

いつもの自分の視点とは
まったく違った発想や
想いや願いが
浮上するかも知れません。

私達は
様々な視点を
もともと持っています。

本来の自分からの視点を
いつも意識しておくことは
本来の自分と
今の自分が
自然に一致し統合される
有効な一歩となります。

つづく

2013年12月13日

8次元の愛 296 〜自由になりたい人へ

心が
本当に自由になると、
私達は誰もが
自分自身との
「約束」
を思い出します。

約束を思い出せば、
それを果たすために
体が自然に
動きます。

そして
動けば動くほどに
幸せを感じます。

私達が最も
望んでいることは
自分自身との
約束を果たす
ことなのかも知れません。

反応本音の時代においては
その約束を
思い出せないままに
人生を終える人が
とても多かったようです。

でも今は
違います。

約束は
誰もが
思い出せる
土壌ができました。

本当の自由とは
約束を果たすこと。

逆に言えば、
本当の自由を
手に入れれば、
人は皆、
約束に向かいます。
とも言えます。

私は
私自身と
どんな約束を
交わしただろうか?

そんな視点から
日々、
自分自身と
向き合ってみることを
お勧めします。

それが
本当の自由への
一歩となるはずです。

つづく

2013年12月11日

8次元の愛 295 〜今の恐怖感・不安感は・・・

漠然とした恐怖感や
不安感を
感じている人は
今、
多いのではないでしょうか。

その恐怖感・不安感は
必要なものです。

それを消し去ろう
とはしないでください。

それを消し去るために
どうしよう?
とは考えないでください。

むしろその感覚を
大切にしましょう。

その恐怖感・不安感を
大切に抱いたまま
前に進みましょう。

それが今は
必要な時期なのだと、
それがあるからこそ
最善の一歩を踏み出せるのだと
捉えればよいです。

変な表現ですが、
安心して
恐怖感・不安感を
感じていてください。

つづく

2013年12月09日

8次元の愛 294 〜自分の心をもっと操作したい人へ

私達人間の心は
操作しようと思えば思うほど
操作できなくなります。

そのように
できています。

操作することをあきらめ
そのままでいよう。
あるがままでいよう。
とすることで、
心は操作できませんが、
自分自身を操作できるように
なります。

自分自身を操作する、
とは
心を操作するのとは
異なります。

自分自身の操作とは
その時その瞬間、
自分の本当に望む一歩を
踏み出すことを
言います。
それは、
心を操作しなくても
できることです。

次の真実を
私達は
肝に銘じましょう。

心とは
操作できない
ものである。

ということです。
自分の心も
他人の心も
です。
もちろん部分的には
できることもありますが、
全操作は
できないように
なっています。

最も怖いのは、
操作できていないのに
操作できているつもりに
なること。
そして
そんな自分は素晴らしいと
思い込むことです。

これを
傲慢と言います。

傲慢な生き方は
必ず淀みを起こし、
道を閉ざす方向に
働きます。

そして、
心の操作を
諦めたときに
初めて観えてくることが
あります。

心がいつも
自由なまま
あるがままで
あるからこそ
観えてくることが
あります。

それは、
どんな心の状態でも
真本音をきちんと意識すれば
私達の行動は
寸分たりとも
変わらない、
という事実です。

ですから、
心の状態に
一喜一憂するよりも
それをそのまま受けとめる
自分自身でいましょう。
その瞬間から
とても楽になります。

それができるようになれば、
その人の行動は
どのような選択をしたとしても
いつでも
最善となります。

そして、
最善の一歩一歩を
歩み続けることで、
今度は心の一喜一憂こそが
人生を彩り
豊かにしてくれる
宝物であることを
実感できるでしょう。

つづく

2013年12月07日

8次元の愛 293 〜心の目を開く方法

本当は
心の中の曇りが
すべて取り払われているのに、
それでも答えが
わからないときが
あります。

目の前に
答えが明確に
あるにも関わらず、
それでも答えが
わからないときが
あります。

目を
瞑っているのです。

答えを観るのが
怖いからです。

それを観てしまうと
その方向に進んでしまう
自分を
誰よりも自分自身が
一番よく
わかっているからです。

答えを観てしまうと
進まなければならない。
進むのが
怖い。
だから
目を瞑って
答えを観ないようにする。

ということです。

実は私達は、
それをしているときが
最も苦しみます。

それが
真本音の答えであれば、
その内容が
どのようなものであっても
観れば
スッキリします。

そして
踏ん切りが
つきます。

観るまでが
怖いだけです。

だから
目を開ければ
それでよいのです。

心の目を
ギュッと閉じてしまって
いる人はよく
開け方がわからない
と言います。

目を開けるための
方法は
ただ一つです。

目を開ける、
と決めるだけです。

私は目を開ける、

呟いてください。

できれば
実際の自分の目を
鏡で見つめながら
呟いてください。

呟けば
様々な反応本音が
出るでしょう。

いやだいやだ、
という気持ちが
出るでしょう。

その一つ一つを
しっかりと観察しながら、
それでも
私は目を開く、と
呟き続けてください。

それだけで
OKです。
それを続ければ、
自分自身が観念して
目を開きます。

本当は
目を開きたがっているのが
本当の自分です。

最後は
そんな自分が
必ず浮上します。

もう、
目を閉じ続ける
なんて無駄なことは(笑)
やめましょう。

あきらめて
目を開き、
自分の本当の答えを
見つめましょう。

すると、
一気に気持ちよく
道は開くものなのです。

つづく

2013年12月05日

8次元の愛 292 〜奇跡へ向かう一歩を

もし
奇跡を起こす力を
得たとしたら、
どんな奇跡を
起こしたいですか?

これから、
この問いは
とても大切なものと
なります。

なぜなら、
これまで奇跡だと
思っていたことを
これからは当たり前のように
実現することができるのが
これからの「現実」
だからです。

ただし
その事実に本当に
気づくには
体験
するしかありません。

一つの体験をすることで
次の勇気が生まれ、
さらに大きく
深い奇跡を
起こせるようになります。
しかしそれはもう
奇跡とは言えず、
普通のことになりますが。

反応本音の時代の人達からすれば
奇跡だと思ってしまうことを
真本音の時代に生きる
私達は
これから起こしていきます。

どんな奇跡を
起こしたいか?

その答えの中に
自分自身の願いが
込められているはずです。

ですからこの問いを
大切にしましょう。

そして
奇跡に向かう一歩を
今日
歩いてみましょう。

つづく

2013年12月02日

8次元の愛 291 〜笑顔でいたい人へ

人が笑顔になっているときは
たくさんありますが、
本当の笑顔になれているときは
少ないようです。

もちろん
作り笑顔であっても
笑顔でいようとすることは
大切です。

しかし自分の
本来の魅力が溢れて出るのは
本当の笑顔のとき
のみです。

本当の笑顔が
出ているときは
本人ですらそれに
気づいていない場合が
あります。
「いつも笑顔だね」
と言われても、
えっ、そう?
と本人がびっくりします。

その状態が
あまりにも普通であり
自然だからです。

笑顔を作ることも
大切ですが、
本当の笑顔
自然な笑顔で
いられる状態創りこそに
真剣になってほしいですね。

本当の笑顔が出やすい状態とは
私達の心が
オープンになっている
状態です。
もっと言えば、
私達の魂が
オープンになっている
状態です。

魂とは
イジけてしまうときが
あります。
そんなときは決して
笑顔にはなれません。

魂は
どんなときにイジけるか?
それは、
「今」を大切にしていないとき
です。
それが続くと、
魂はイジけて
閉じてしまいます。

「今」を大切にする
とは、
「今の生き方」を
大切にすることです。

自分が本当に望む生き方を
今この瞬間に
実行することです。

これに
尽きます。

「自分の生き方」
を大切にしましょう。

今、
大切にしましょう。

できるできない、
ではありません。

大切にしようと
するのです。

その連続が
魂を元気にして
くれます。
すると魂は喜び、
オープンになり、
心もオープンになり、
自然に笑顔が
溢れます。

そのときこそ、
その人の本来の魅力が
周りに
溢れているのです。

つづく

2013年11月29日

8次元の愛 290 〜答えがわからない人へ

答えは
私達自身の中に
あります。
必ず
存在しています。

誰かに
答えを教えてもらって
一歩を出し続け、
仮にそれで
物事が上手く行ったとしても、
それはもう
その人の人生では
ありません。

答えは
自分自身で
出します。

出ます。

それが
真理です。

今、
この答えを知りたい
と、強烈に思えば思うほど
その答えは明確に
自分の中で
形創られています。

自分の中に
すでに存在する答えを
導き出す刺激として
他の人の意見や
外部からの情報を
得るのは有効でしょう。

しかし
あくまでも
刺激です。

いつ
どのタイミングで
刺激を入れるか?
も自分で
丁寧に決めましょう。

そして。
いつ
どのタイミングで
決断するか?
も自分で
丁寧に決めます。

決めるタイミングでない
と思うときは
決めるのは
やめましょう。

そのかわり、
今、決めるタイミングである
と思えるときは
それがどんな答えであっても
その答えに
決めてしまいましょう。

完全に
決めることが
大切です。

完全に決めて初めて
あぁこの答えではなかった、
と、わかるときも
時にはあります。

それはそれで
よいではありませんか。

決めるときに
決める。
決めるならば
完全に決める。

それをやり続ける人が
自ら決断できる人へと
成長していくのです。

自らの人生の舵を
取れる人へと
成長していくのです。

答えは
必ずあります。
ないことは
ありません。

そしてそれは
自分で決める
ために
そこにあるのです。

つづく

2013年11月28日

8次元の愛 289 〜傲慢になってしまう人へ

傲慢さは
誰にでもあります。

自分は
傲慢ではないか?

そんな問いが
浮かんで来たら、
その問いそのものを
いつも大切に
していましょう。

本当に傲慢な人には
問いそのものが
浮かんできません。
ですからその問いは
とても大切です。

人は誰でも
いついかなるときも
傲慢に陥りやすい
生き物です。
どれだけ謙虚に
振る舞っていても
根底が傲慢な人は
たくさんいます。

傲慢とは
何でしょうか?

傲慢とは
自分の真本音よりも、
自分の中の
強い反応本音、
パワーのある反応本音を
優先しようとする
心の動きです。

傲慢な人は
心の表面では
ある種の気持ちよさに
浸っています。
しかし根底は
どことなくいつも
不安です。
不安を解消するために
さらに強気になり
傲慢度合いを強めます。

どれだけ
自信のない人でも
一つのきっかけさえあれば
誰もがそんな状態に
入ります。

私には
傲慢さなど
あり得ない。

と思っている人ほど
要注意です。

反応本音の時代では
傲慢さのパワーでも
それなりに
道を拓くことは
できましたが、
もうこれからは
不可能です。

この道は
傲慢ではないか?

その問いと
真摯に向き合いましょう。

そして、
それでもやっぱり
この道を行ってみよう。
と、静かな心で
本当にそう思えれば
それはもう
真本音の道です。

真本音の道を進めば
真のパワーが
湧き上がります。
それは
傲慢さによるパワーとは
本質的に異なるものです。

傲慢さは
誰にでもあります。
大切なのは
その存在を認め
向き合う真摯さ
ですね。

つづく

2013年11月27日

8次元の愛 288 〜思い通りに進めようとする人へ

自分の思い通りに
物事を進めよう、と
意図しない方が
結果的には
思い通りに進みます。

真本音の希望は
必ず叶います。

しかし現実は
思い通りには
進みません。

思い通りには
進みませんが、
希望は
必ず叶います。

希望が叶うその道のりを
楽しむこと。
何があっても
何がなくても
そのすべてを
楽しみながら進むこと。
それが
真本音の時代の
行き方です。

すると
当初思い描いていた
以上の現実が
待っています。

希望は叶いますが、
その希望の叶い方も
思い通りには
いきません。
なぜなら
私達の思い描くことなど
たかが知れている
からです。

それを大きく超えることが
現実として
起こります。

希望は描く。
でも思惑には
捕らわれない。

希望を大切にする。
でもそこに
固執しない。

でも
希望を抱き続ける。

それが
これからの時代における
道を拓く原則です。

つづく

2013年11月25日

8次元の愛 287 〜人を責めてしまう人へ

人を責める人の多くは
心の根底では
自分自身を
責めています。

いついかなるときも
責め続けています。

その事実に
気づけばよいのですが、
なかなか
その事実そのものを
受け入れられません。

自分を責めるのと
自分に厳しくするのは
根本的に
異なります。

自分を責めることで
得をする人は
誰もいません。

つまりはそれは
自己満足の類に
入ります。

本当に自分に
厳しい人は
自分自身を
愛しています。

誰よりも
自分を信じ、
自分を慈しんで
います。

だからこそ
厳しくなれるのです。

自分を責める人は
自分の何ものをも
信じていません。

それは悲しい
行為です。

真本音の時代とは
自分を愛そう
と思えばすぐに
愛せる時代です。

自分を責め
人を責め、
その苦しさから逃れるために
自分を愛するのは
自己満足の愛です。

そういった
面倒なことをやめて
本当にシンプルに
ただ純粋に
自分を愛してみましょう。

どうすれば
愛せるか?
などとは考えないで
ください。

ただ
愛すれば
よいのです。

愛そうと思えば
よいのです。

つづく

2013年11月22日

8次元の愛 286 〜空気を読み過ぎる人へ

「空気を読む」のと
「あるがままを観る」のは
本質的に異なります。

空気を「読む」ということは
自分で解釈をしていることに
なります。

「あるがままを観る」という
行為には
解釈は入りません。

ただ、
あるがままを
観察する
だけです。

意識は自分にはなく、
ただ外に向け続けて
います。

そのまま自分を
その場に
委ねてみてください。

自然に
自分の取りたい行動が
わかると思います。

ひょっとすると
わかる前に
勝手に体が動くかも
知れません。

もし
わからなかったとしたら
何も動かない方がよい
ということです。

どのような人と
向き合うときも、
どのような場に
出るときも、
ただそれだけを
大切にしてみましょう。

これが
自分自身の
人間関係における
これまでのクセを
超えることのできる
簡単な方法です。

安全だと思える場から
試してみましょう。

つづく
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。